「ごめんね、日向君に聞いたわ。鉄平のやつ、貴方のところへ行ったんだって?」

「キャプテン眼鏡が来るのがあと五分遅ければ殴ってた。確実に」

「あいつ、超がつく天然ボケだから。ごめんなさいね」

「次は殴るって言っといてくれ。それで、用件は?」








たとえばこんな恋の話











相田リコの第一印象はとにかくサバサバした意思の強い女の子だということだった。

目的のためにがむしゃらに努力する、そんな人間性に好感が持てる。

武道を習ったら、かなり迫力がありそうだ。




「もう聞いてると思うんだけど、マネージャーやらない?」

「断る」

「理由は?」

「やる理由がない」

「まぁ・・・そうよね」



きっぱりと断ったにも関わらず、気分を害した様子もなく彼女はあっけらかんと笑った。

ちなみに他の二人、土田と小金井の視線は私の手に注がれている。

言わずもがな、それは私と水戸部の手が繋がれたままだからだ。というかいい加減離せ、お前は。



ちょいっと手を離そうとすると、水戸部の手の握力が強くなり指と指が深く重なる。

お前分かってるか?それ、恋人繋ぎって言うんだぞ、思いつつも口には出さない。口に出したらそれこそ恥ずかしい。

水戸部にはきっと悪気も他意もないのだ。これでもし水戸部が何か企んでいるような腹黒だったら、確実に人間不信に陥りそうだ。




「おい、逃げないから離せよ」


けれどさすがに視線が痛くなってぼそりと呟くと、少し考えたように視線を彷徨わせて首を横に振る水戸部。

もしかして木吉と同じ種類の天然ボケ属性なのかと思いつつ、強引に手を引き剥がすとしゅん、と眉尻を下げる。犬かおまえは。



「ね、水戸部君もこう言ってることだし」

「いや、なんにも言ってねーだろ。それにもっと他にいるだろ、マネージャー向きの生徒が」



何故私のような人間に声をかけるのか、一番分からないのはそこだ。

やっぱりマネージャーと言えば笑顔の可愛い優しい女の子、というのは全国共通の認識だろう。



「確かにいるわ。でも、私達が目指すのは全国制覇よ。本気で全国を目指してくれる子はその中に果たして何人いるかしら」

「そりゃあ・・・まぁ・・難しいだろうな」



新設校で一年しかいない部で、全国なんておとぎ話でしかない。

鼻で笑うやつはいても信じるやつなんていないだろう。今時スポ根なんて流行らない。



「ねぇ、さん、空手やってるんでしょ?しかもテコンドーも習ってない?かなりの腕前と見たわ」

「空手はともかく・・・テコンドーはなんで分かった?」




助けた時に見せたのは、正拳突きと横蹴り、空手の基本的な技だけだ。

さすがに驚きつつも頷くと、彼女は悪戯が成功したかのようにウィンクをした。



「貴方の筋力値を見れば一目瞭然よ。空手は腕を使う技が多いのに、貴方は足の筋力の方が発達してる。女性が男性に勝つためには威力がより強い足技を使うことが必須だわ。けれど空手の蹴り技だけじゃきっとあなたには物足りなかったのね。足技を補う為に選ぶならテコンドーがもっとも自然な選択だわ」

「へぇ・・・本当にすごいんだな」


足の筋力なんて、見た目ではそうそうわからない。スケート選手のように目に見えるほどの筋肉があるわけじゃないし、細くも太くもない足は見た目には普通だと自分では思っている。

聞いていた以上の彼女の実力に驚きつつも、まだ疑問は解決されていない。



「でもそれがバスケ部となんの関係がある?」

さん、貴方中学三年の時に全国制覇してるわね。空手女子部で個人優勝を果たしてる」

「え?そうなの?」(土田)

「すっげぇ!」(小金井)

「!!」(水戸部)

「わざわざ調べたのか・・・」



彼女のいうことは確かに本当だった。

だが道場が実践空手形式だった為に、部活の大会で採用されるグローブを着用した試合は私には肌の合わないものだった。

近年試合ルールが改訂され、学生試合ではフルコンタクトの直接攻撃は反則とされる。いわゆるスポーツ空手というやつで、私はそれが嫌で空手部のない新設校へと入学したのだ。

もちろん道場へは変わらず通っている。止めたのはスポーツ空手だけだ。




「ジャンルが違っても貴方は全国を目指すということを肌で知っている。鉄平も多分、貴方の中にある気迫とでもいうのかしら、そういう常人にはないものを感じ取ったんだわ」

「いや、大袈裟な・・・」

「大袈裟なんかじゃないわ。私も貴方に普通ではないものを感じ取った。身体能力だけじゃなくてね。だから調べたの。その結果が全国制覇を成し遂げた人物だという事実。私も正直驚いたわ、自分の勘のあまりの正しさにね」



切々と語るカントクの目には気迫すら感じる。もしかしてこの中で一番の大物は彼女なんじゃないだろうか。

彼女がトレーナーにつけば確かに選手は伸びるだろう。



「と、いうわけでバスケ部に入らない?」

「い、いやいやいや。あんたも強引だな。バスケなんて体育でしかやっとことねーし」

「ルールなんてすぐ覚えるわよ。大丈夫!」

「いや、そういう問題じゃなくて。第一、私だって道場に通ってんだ。そんな暇はねぇよ」

「うーん、じゃあ、とりあえず見学だけでもどう?時々手伝ってくれるだけでもありがたいわ」

「悪いが断る。そこまでする義理はねぇよ」




このままいるとこのまま乗せられてしまいそうだ。

もう昼休みも終わる。教室のドアに手をかけると水戸部の手が私の腕を掴もうと動く。

私はそれをひらりとかわすと廊下に出た。さすがに追いかけては来ない。

まぁ、これでもう勧誘されることはないだろうとため息をつきながら、私は授業開始5分前に自分の席に着いた。















のが、甘かったのだろうか。






















「うん?誰だ?」


その日の夕方。登録されていないメールアドレスから一通のメールが届いた。

覚えはないが、アドレスを見るととりわけ不審なメールでもなさそうなのでフォルダを開く。

すると短い文章で簡潔にこう書かれていた。




『こんばんは。今日は驚かせてごめん。

でも入部して欲しいのは本当です。

明日、練習見に来ませんか?待ってます。

                 水戸部凛之助』







・・・・・・・・・・・ちょっと待てアドレス誰に聞いた?

怖すぎるだろ!なんで知ってるんだよ!そして相田リコならともかくなんで水戸部!?

あれか!メールだと喋るのか?デジタル世界でしか会話出来ないのか!?



無視するか返事するか悩んだ末に的確に言いたいことだけを打ち込んだ。




『誰にアドレス聞いた?返答次第じゃぶん殴る』


送信してすぐに返信が来る。


『木吉がさんの友達に頼んで聞いたそうです。それについてはごめんなさい』



「やっぱあいつか!!」


一番の曲者は間違いなく木吉だ。あいつは昼休みに乱入してきた時私の友達とも顔を合わせてる。



『いますぐ果てろ、バスケ部』



素早くそう打ち込むと、携帯の電源を切って机の上に放り投げた。

これでまだメールが来るようならアドレスを変えよう。そして明日は必ず殴る。待ってろ、木吉!


















「で、なんだって?」(伊月)

「・・・・・・・(凹)」(水戸部)

「いますぐ果てろ、バスケ部、だってさ。いや、俺でもそう言うね。とりあえず木吉明日から夜道に気をつけろよ」(日向)

「うーん、アドレス手に入れるの苦労したんだけどなぁ」(木吉)

「さすがに手強いわね。まぁその方がやりがいあるけど」(リコ)

「でもまずくない?すごい怒ってるよ、さん」(土田)

「だよなぁ・・・・水戸部もすごい凹んじゃったし。やっぱカントクがメールした方が良かったんじゃない?」(小金井)




アドレスを無断で聞いたにしても、相手が同性か異性かで印象は大きく異なるだろう。

練習後の体育館でバスケ部がしたこととは、に勧誘メールを送ることだった。

制服に着替えたメンバーは輪になって、水戸部の携帯のディスプレイを見つめている。




「でも珍しく水戸部君が自分からやりたいって言ったんだしね」(リコ)

「水戸部、本当にあの子のこと気に入ったんだ」(伊月)

「・・・・・・・・(コクコク)」

「でもなぁ。脈があるとは思えないけどなぁ。これじゃ本当にストーカーだって」(小金井)

「確かに。俺は木吉のこと間違いなくストーカーだと思ってるけどな!」(日向)

「そんなに根に持つなよ、日向」(木吉)

「それで、まだメール返すの?」(土田)




土田の言葉に一同は顔を見合わせた。

果てろ、と言われて一体どんなメールを返せばいいのか。

うーん、とリコがうねり声を上げて、ポンっと水戸部の肩を叩いた。




「じゃああと任せるわ、水戸部君!」(リコ)

「え、水戸部に丸投げ!?」(日向)

「だってあんまり皆で言うと、逆効果かもしれないし。いいわね、水戸部君」(リコ)

「・・・・・・・・(コクコク)」

「本当に珍しくヤル気だね、水戸部」(小金井)

















かくして翌朝、が携帯の電源を入れたと同時に、何通ものメールを受け取ることになったになるのだった。