さてさて縁結びの神様よ? あんた、とうとう私を本気で怒らせたようだな? その座から引きずり降ろすだけじゃすまねェから今まで付き合った男の数でも数えて待ってな。 たとえばこんな恋の話学生にとって唯一の憩いの時間、お昼休み。 いつもならご機嫌でコンビニのパンを頬張ったり、時々作る弁当をつついてみたり、そんな風に過ごしている昼休みが今日は違った。 誰か教えてくれマジで。 何故こいつがここにいるのか。 「お、今日はそぼろ飯かぁ。俺の好物で、ばあちゃんよく作ってくれるんだ」 にこにこと何処で売ってるんだってくらいでかい弁当を私の横で頬張っているのは昨日会った天然ボケ男、木吉鉄平。 友達と天気がいいから外で、なんて新設校らしく綺麗に整えられた中庭の芝生の上で弁当を広げてわずか5分。 いきなり現れたと思ったら、横で弁当を食べ始めたこいつに、私の口の悪さにも動じなかった友人達が木吉のボケっぷりに引いて逃げた。 私も逃げたい、とは口が裂けて言えない負けず嫌いが今は憎い。 「おい、てめぇ、いい加減にしろよ!」 「で、マネージャーやらないか?」 「なにが、『で』なのかわからねぇよ!!」 さっきからこの調子で、何かくだらないことを言った後に「マネージャーやらないか?」と言う木吉に私はキレる寸前だった。 そこらのチンピラだったらとっくに殴ってる。それをしないのは、スポーツマンを怪我させるわけにはいかないという私の有難い良心のおかげだということをこいつに分からせる為にはどうしたらいいのだろうか。 青々と輝く空も太陽も何もかもが憎い。 いっそ雨だったら中庭なんかに来ることもなく、こいつにも出逢わなかっただろうか。 いや、違う。屋上だろうが教室だろうが、こいつは来る。絶対来る。 しかもどうしてマネージャー云々の話になるのか。マネージャーってのはタオル持った可愛い女の子のことを言うんじゃないんだろうか。 「とりあえず見学に来てくれないか?」 「ほっんとーーーーーに人の話を聞かねぇなてめぇは!つか昨日の女の子がマネージャーじゃねぇのかよ!?」 「リコか?あれは監督だ」 「はぁ!?」 「リコはスポーツトレーナーの娘でな。身体能力の分析や練習方法の考案についてはプロ並みだ」 「へー、そりゃあ・・・・すげぇな」 木吉の意外な言葉に怒鳴ることも忘れ、思わず称賛の言葉を吐いた。 自分も空手という一種のスポーツを嗜んでいるため、優秀なトレーナーがどれだけ選手に与える影響が大きいかをよく知っている。 しかも男しかいない部の中で、監督して命令を下し、それに部員が従っているということは、部員全員が彼女の実力を認めているということだ。 空手道場という一種の男社会で育ってきたからこそ理解できる。それは並大抵のことではない。 「リコもキミのこと褒めてたぞ。気が合いそうだとも言ってたな」 「あーーーー、そりゃどうも。てめぇとは気が合いそうにねぇけどな!」 「え?そうか?俺はそう思わないが」 「・・・・・・・・・・ほんと、一回でいいから殴りてぇ」 いっそ誘惑に負けて殴ってしまったらどれほど気持ち良いだろうか。 「おい、木吉!なにやってんだ!」 「おお、日向」 「おー、じゃねぇよ。木吉はやめとけってカントクに言われてただろ」 「いやだってなぁ。元々俺が提案したことだし」 「なにごちゃごちゃ言ってやがる。ちょうどいいキャプテン眼鏡、こいつ引き取れ」 「きゃ、キャプテン眼鏡って・・・・なんか海賊みたいだな、それ」 「るせー!文句はこいつ連れて行ったら聞いてやる」 「俺はどこにも行かないぞ?」 「「てめぇ(おめー)は黙ってろ!!」」 疲れる。すごく疲れる。なんなんだ、こいつは。 日向を睨むと、ごめん、とジェスチャーで謝ってきた。まぁ、分かる。お前も被害者なんだな。 けれどそんな茶番に付き合い義理もないので、さっさと残りの弁当の中身を口に入れて立ち上がった。 大きな弁当を喋りながら食べていた木吉は当然まだ食べ終わらないから、それを置いてさっさと歩きだす。 「あ、おい!ちょっと待ってくれ!話はまだ・・・・」 「付き合ってられっか」 「やめとけ、木吉。俺はともかく女の子付け回したら完全ストーカー扱いだぞ!」 「でも日向の時はそれで入部してくれたじゃないか」 「確信犯か、お前は!!あれ、すげぇウザかったからな!今でも根に持ってんぞ、俺は!」 「え〜〜、そうか?」 「あー、殴りたい。マジ一発でいいから。俺、さんと同盟組んでこようかな」 昼休みの半分を無駄にして、不機嫌ながらも教室に戻ろうと歩いていると後ろからクイっと袖を引かれた。 木吉か!と思い勢い良く振り向くと、後ろにいたのは水戸部だった。 今度はお前かよ・・・となんとなく脱力していると、水戸部は小さく首を傾げた。 「何か用か・・・・」 聞かなくても、木吉の様子から用件は一緒だろう。 腕ごとがっしり掴んでくるあいつとは違って、制服の袖だけをつまんでいる水戸部は体格のでかさがなければ小さな子供のようだ。 「・・・・・・・(クイクイ)」 「なんだよ」 「・・・・・・・(クイクイクイ)」 「テレパシーは使えねぇぞ」 まぁ、分かるは分かる。話があるからこっちへ来いと言いたいんだろう。 けれど分からない振りをしていると、段々と焦った表情になってくる水戸部が面白くて素知らぬ顔を続けた。 するととうとう剛を煮やしたのか、水戸部の手が私の掌を握る。 それはまぁ普通に手を繋いでいる状態で、驚いて見上げるとそこには赤い顔をした水戸部がいた。 いや、そんな顔するくらいなら、手なんか握るなよ・・・・。 「なんだよ」 怒っているわけはなく、繋がれた水戸部の手を何度か引いてみる。 多分この手は無口な水戸部なりの意思表示、アクションの結果なのだろう。 なんとなく弟の引率をしている気分になりながら、手を握り返すと水戸部は嬉しそうに微笑んで歩きだした。 「で、何処に行くの?」 答えがないのは分かっている。いくら私でも人畜無害を標本にしたような人間を引っぱたくわけにもいかず、一応諦めたように口にしてみる。 バスケ部らしく大きくごつごつした手の持ち主は、静かに微笑みながらそれでも歩くのを止めない。 比較的ゆっくりと人気のない廊下を進んでいくと、まだ何も使われていない空き教室に辿り着いた。 まだ一年生しかいない新設校である誠凛校舎は当然ながら二、三年生用の教室が使われずにいる。 あと一年後、二年後には生徒を迎えるだろう教室にはまだ机すら置かれていない。 そんな教室は生徒達には格好のたまり場になっている。 「あーー、やっぱ帰るわ」 「・・・・・・(フルフル)」 空き教室の中に人影を見て、やっぱりついてくるじゃなかったと後悔した。 話さない水戸部相手ならどうにでもなると思ったけれど、敵が一人で陣中に飛び込んでくるわけもなく。 見えたのは、三人。内一人はカントクと呼ばれる女生徒だった。 |