そもそもだ。 ちょっとした仏心をだしてしまったのが悪かったのだ。 これで縁が出来たのだとしたら、縁結びの神様はその座を下りるべきだろう。 たとえばこんな恋の話誠凛高校、出来たばかりの高校に進学をしたのは、単純に上下関係のわずらわしさがないというのが理由だった。 なにせこちとら、長い黒髪に一本の赤メッシュ、指につけたクロムハーツ、おまけに目付きと言葉遣いが悪いとくれば、上級生というただ一つ二つ先に生まれただけの能無しに絡まれる、絡まれる。 しかし一つ否定しておこう。断じて私は不良なわけじゃない。 中学の時だって遅刻も早退も欠席も病気以外の理由じゃしなかったし、成績だっていい方だ。 ただちょっと人より目付きが悪くて、小さい頃から空手を習っていて男所帯に慣れているせいで口が悪いだけだ。 そしてそのせいで、絡まれた挙句、関東最強を誇っている道場の門下生である私はめっちゃくちゃに勝ってしまうわけだ。 日本語が少しおかしいが敢えて二回言おう。そりゃもう完膚なきまでにめっちゃくちゃに勝つ。 そんな私が今なにを後悔しているかと言うと目の前にいるやたらオロオロしているでかい男が原因だ。 「ねぇねぇ、あんた、ちょっと金貸してくんない?」 「いーじゃん、すぐ返すからさー」 そんなありきたりのむしろ昔のドラマかサスペンスでしか聞けないようなセリフの男達に絡まれていた一人の男。 背は高いが下がった眉尻は迫力がなく、カツアゲの絶好の鴨として看做されたのだろう。 背負ったバックと制服は誠凛のもので、同じ学校のよしみだし、新参校だと舐められてはいけないと仏心を出したのがまずかったのか。 「おーい、あんたらさぁ、私が貸してやるよ、金」 低い声でそう言えば、見るからに頭の悪そうな二人は振り向くや否やニヤニヤと笑いだした。 見咎められたと思ったら、女だったのだから笑いたくもなるだろう。 だがそれが、『私』だったという事実には彼らに同情する。心底する。 「へぇ、あんたが払ってくれんの?もしかして身体で?」 「ああ、こいつでな」 嫌な笑いを浮かべた男の顔面に喰らわしたのは、握りしめた拳だった。 決して喧嘩する用に付けているわけではないクロムハーツの指輪がメキッと嫌な音を立てる。 続けて足で隣の男の足を払い、体制を崩したところで腹目掛けてひざ蹴りを喰らわした。 「痛ぇ!!」 「なんだてめぇ!!」 「あ”?まだやんのかコラ」 そう言って凄めば、顔を合せて逃げだしていく男達。 そいつらの姿が見えなくなったところで、私はため息と共に再び低い声を腹から捻りだした。 「で?てめぇはなにやってんだ、コラ」 「・・・・・・・・・・」 説明しよう。私が怒っているのには訳がある。 実はこれでこの男を助けるのは、 「何度目か言ってみろ!」 「・・・・・・・・・・」 男は無言で大きな手の中三本を立てた。そう、三度目。 入学からわずか一か月でこの男を助けたのは今日が三回目なのである。 「つーか、この道さけろって言っただろうーが!今何時だ?七時過ぎてっぞ!こんな時間に制服着てウロウロしてりゃ絡まれるの当然だろーが!何時に学校終わったと思ってんだ、言ってみろ!!」 捲くし立ててみた私だけど、返答がないのは分かっていた。 どうもこの男、喋らないのか、喋れないのか、はたまた私が怖いのか(これが一番のような気がする)とにかく一言もまだ言葉を交わしたことがないのだ。 当然ながらも男の名前も知らないし、こっちも名乗ってはいない。 私は帰宅済みで制服を着ていないから、同じ学校だって事もわからないだろう。 「・・・・・・」 「・・・・・あ?」 もういいや、と踵を返そうとすると控えめに袖を引かれて、不機嫌な声が喉から自然と滑り落ちた。 190近くあるだろう長身を見上げると、ペコペコと頭を下げながら一枚の紙を差し出していた。 「バスケ部、結成。部員募集・・・?」 「・・・・・・(コク)」 それはバスケ部の部員募集のちらしだった。 バスケ部といえば朝礼で大騒ぎをした連中で、確か本気で全国目指すとぬかしていた奴等だ。 だが評価すべきはそれが口だけで終わらなかったことだろうか。 部員数が少ないにも関わらず、下校時間ギリギリまで猛練習しているというのもまた、生徒の中では有名な話だ。 「なんだ、お前、バスケ部なのか」 「・・・・・・(コクコク)」 続けて出したのは、生徒手帳。水戸部凛之助、か。 やたら長くて覚えにくい名前の横には生真面目そうな証明写真がこの男が水戸部凛之助であることを証明している。 「ふーん、水戸部か。じゃ、二度と会うことのないよう祈って今度からこの道は避けろよ」 「・・・・・・(フルフル)」 「あん?」 もう用は済んだろ、と目で威嚇すれば、動揺しながらも私の袖から手を放さない男、もとい水戸部がいる。 元々目付きが悪い私が睨めば、たいていの人間は怯むのだが、水戸部は意外にも強情らしい。 トントン、と生徒手帳の自分の名前の部分を叩き、次に私を指差す。 こちらが怪訝な顔をすると、何度も同じことを繰り返し、ようやく名前が知りたいのかと思いついた。 「。つーか、普通に聞けよ。まさか本当に喋れないんじゃないよな?」 そう言うと、水戸部が少し悩んだように首を傾げた。 どっちだよ、分かんねーよ、通訳どこに置いてきたんだ、お前は。 「じゃあな」 今度こそ踵を返して歩きだすと、ようやく袖から手が離れた。 まぁ、これっきりだろう。次は絶対ェ助けねェ。そう胸に誓って。 |