ある晩、珍しく誰一人欠けることなく揃った夕餉の席で、新撰組の父、井上源三郎は呟きました。



「生きている内に・・・・君の花嫁姿が見たいねぇ・・・・」





その言葉にある者は箸を落とし、ある者は固まり、ある者はにやりと笑いました。




局長、近藤勇はその言葉を聞いて感涙し、こう言いました。




「源さん!俺がその願い叶えるぞぉおおおおお!!!!!」




そんなことを言ってしまったから、さぁ、大変。





かくして屯所で花嫁争奪戦が始まったのです。










花嫁争奪戦★花婿は俺だ!!













「ど、どうしたんですか、これ!?」




珍しく近藤の部屋に呼ばれたはその部屋の光景を目の前にして、しばし立ち往生していた。



部屋の中には自慢げに腕組みをして笑っている近藤。

その隣で額に手を当てて俯いている土方。

そして雪のように真っ白な、白無垢と花婿の衣装。




「いやぁ、きっと似合うだろうなぁ」

「楽しみだねぇ」


部屋にはなぜか幹部が勢ぞろいしている。

そして当然のように近藤の言葉に相槌を打つ井上。






「あの、どなたか結婚するんですか?」








それならば目出度いことだ。

新撰組は近藤以外はほぼ独身だ。女性に人気もあるようだから、誰が結婚してもおかしくない。



幹部を一通り見回すけれど、誰一人頷かない。

それどころか剣呑とした雰囲気だ。とてもおめでたい感じではない。

思わず首を傾げると、井上がいつもの笑顔での肩を叩いた。




「何言ってんだい。君が着るんだよ」

「そうだぞ、君!父親役は立派にこの近藤勇が努めてみせよう!!!」

「おやおや、困ったね。それは私も譲れないねぇ」

「え、え、ちょっ・・・待って下さい!どういうことですか!?」





ばちばちと、らしくもない火花を散らす二人はの言葉を全く聞かず睨みあっている。

普段穏やかな二人だけにどうしようかと幹部達を振り返ると、彼らは彼らで睨み合っていた。












「ねぇ、ちょっと、まさか皆ちゃんの花婿になるつもりじゃないよねぇ?」

「おいおい、総司、そう言うお前はどうなんだ?」

「って言うかさ!!皆狙ってるんだろー!だったら剣で決着つけようぜ!!」

「望むところだぜ!あとで泣き見んのはおめぇらだからなぁ!」




沖田、原田、藤堂、永倉はぎゃーぎゃーと今にも掴みかからんばかりの殺気を放っている。

その横では土方・山崎・斉藤が静かに火花を散らしていた。



「やれやれ、面倒くせぇことになったぜ」

「面倒ならば下りて下さって結構です、副長」

「・・・・・同感です」

「てめぇらこそ、こんなことにかまけてねぇで、仕事しやがれ、命令だ」

「副長、そのご命令私事と判断します。よってお断りします」

「・・・・・・・・・父親役は副長にお譲りします」

「なんで、俺が父親だ!!てめぇら、いい度胸だ、表出やがれ」





「あの、何言ってるのか、さっぱり分からないんですけど・・・・」



そう呟くも誰も聞いてはくれない。



「おーし、全員表出やがれ!!!」

「望むところだぁ!!」

「「「「「おおーーー!」」」」」




あ、駄目だ、これ。

は鍔鳴りの音を聞いた瞬間そう思った。

原田達はとにかくいつも歯止め役の斉藤や山崎、土方、しまいには近藤と井上まで言い合いを始めてしまった。

これを止めることなどとてもじゃないけれど出来そうにない。




それにしてもよく分からない。事態が飲み込めない。

本当の結婚式じゃないなら、この人達そんなに結婚式の真似ごとがしたいんだろうか。

だったら、その辺の女の人口説いて勝手にやってればいいのに、と騒いでいる男連中の傍ではため息をついた。

まだお日様が上がっている内に洗濯だって済ませたいし、お布団だって干したい。

こんなことに付き合っている場合じゃない、さっさと済ませなければ。

やるべきことはいっぱいあるのに、と半ば呆れているが、そんなの心情を察してくれる者はこの場に誰一人としていない。




「よく分からないんですけど・・・・・・くじ引きが何かで決めればいいんじゃないですか?」






やけくそにそう呟くと、それまでの喧騒がぴたりと止み9人が一斉に振り返った。





藤「!お前そんな適当でいいのかよ!!」

原「そりゃあいくらなんでもねぇだろうよ」

永「そうだぜ、!こういうことはきっちりとだなぁ・・・」

山「君、君の発言には毎度驚かされるが・・・今回ばかりは賛同しかねる」

斉「・・・・・・・・俺もだ。伴侶となるべき相手をくじで決めるなどと」

土「お前、自分が何言ってんのか分かってんのか、馬鹿野郎!」

源「まぁ・・・・父親役はそれでもいいかもしれないけどねぇ・・・・」

近「そうだなぁ、源さん。じゃあ俺達はそれで決めるかい?」




幹部らが口々に文句を口にする中、沖田だけは面白そうににっこりと笑った。



沖「いいんじゃないの?本人がそう言ってるんだし。ついでに父親役も一緒に決めちゃおうよ」

藤「え?どういうこと?」

沖「花婿と父親役のくじとはずれを人数分作って引いちゃえばってこと」

永「はぁ!?でもよーそれって・・・・」

沖「もしかしたら花婿が源さんで、父親が平助ってことになるかもねー」

原「そ、そりゃキツイだろ・・・・・」

源「そりゃどういう意味だい、原田君」

沖「じゃ、ちゃっちゃと作っちゃうよ。〜〜〜〜〜〜〜出来た!」





まるで手品のようにあっという間に作られたくじは全部で9つ。




沖「ちゃん、これ、適当に混ぜて持っててね」

斉「なるほど。それで公平だな」

土「・・・・つーか、総司がなんの罠も仕掛けねぇわけがねぇだろ」

山「同感です、副長。君、きっちり混ぜてくれ」

近「みんなやる気満々だなー!よぉし!俺も負けないぞーー」

土「空気読んでくれよ、近藤さん・・・・」








は何が何だか分からないまま、言われた通りにくじを混ぜ手のひらにそれを乗せた。

九人の間に再びどす黒い殺気が流れる。

沈黙が支配する中、沖田がにやりと笑みを浮かべた。



「いい?せーの、で一斉に引くんだからね。せーの!!



獲物を目の前にした狼の如く、皆が一斉にの手に襲いかかる。手の中のくじはあっという間に姿を消した。






沖「さぁて面白いことになったね」

藤「あ、それ俺が狙ってたやつ!!」

原「甘いな、早い者勝ちだぜ」

源「ああ、よかった、取れたよ」

土「誰だ、俺の髪引っ張った奴はぁ!!」

斉「・・・これはもう開いても?」

近「よーし、中を見るぞ!」

山「・・・・・・・どうしました、永倉組長」








皆、それぞれ奪ったくじを握りしめる中、一人で何も握っていない手をわきわきと動かしている永倉に山崎が声を掛けた。

も顔を上げる。




「俺の、俺の分が無ぇ!!誰か二個持ってったんじゃねぇだろうなぁ!!」





わなわなと怒りに震える永倉が一同を見回すが、誰も心当たりはなく手の中にあるくじは一つだけ。

も慌てて周囲を探すが、床に落ちているわけでもなさそうだ。





「ど、どこ行っちゃったんでしょうか・・・・・・」

〜〜〜〜、俺のくじ〜〜〜〜」

「見苦しいなぁ、永倉さん。武士らしく潔く諦めてよ」

「諦めるか!!だったら総司、てめぇの寄こせ!」

絶対イヤ





「おや、皆さんどうしたんです?なんだか楽しそうですねぇ」



永倉と沖田の間にひょこりと顔を出したのは市中見廻りに出ていた島田だった。

その手には何か握られている。








「おお、島田君、お帰り」

「只今戻りました、局長。一体なんの騒ぎです?」

「ああ、実はちょっとくじを引いててな。」

「くじ?ああ、もしかしてこれのことですか?」




そう言って島田が見せたのは、無くなったはずのくじ。

しかも沖田の字で大きく「当たり」と書いてある。



島「さっき風に飛ばされていたのを拾いまして」

沖「あらら・・・・よりによって島田君とはね」

土「総司、当たりってのは花婿って意味か?」

藤「もし、そうなら・・・・・島田さんが花婿ってこと!?」

永「ってか、それ俺のだろ!どう考えても俺が花婿だろ!!!」

斉「・・・・・・待て。では父親役は誰だ?」

源「私じゃないんだけどねぇ」

山「俺も違います」

原「あ、俺」





はい、っと挙手したのは原田。だがその顔はにやりと笑っている。



原「義理の父親ってのもオイシイ立場だよな。夜の営みとかよ、実地で教えたりな」

藤「ななななっ何言ってんだよ!烝君、この女たらし、殺っちゃってーーー!」

山「藤堂組長、了解しました」

沖「あ、僕も手伝う」

斉「俺も手伝おう」

土「島田!!てめぇもだ、腹括りやがれ、この野郎!!」

島「・・・・・・・・・・・・はい?」

沖「それもそうだね。まずは島田君からだよね」

源「う〜〜ん、これはまずいねぇ。島田君、逃げなさい」

近「おいおい、みんな喧嘩はダメだぞー」

永「駄目だぜ、近藤さん!こればっかりは譲れねぇ!!」







何も分からぬ島田に皆が一斉に殺意を向ける。その目は真剣だ。

以前二度の切腹騒動を経験した山崎だけは気の毒に、と心の中で合掌した。





島「み、皆さん・・・どうしました!?」

沖「島田さん、毒殺、絞殺、刺殺、切腹、どれがいいですか?」

斉「・・・・・毒ならば丁度良いものがある」

永「覚悟しろよ!」

原「運が悪かったな、島田さん」

藤「骨は拾ってやるからな、島田さん!」

土「辞世の句は出来たか?」



じりじりと責める鬼たちに、追い詰められる善人島田。




「た、助けて下さい、山崎君!!」



咄嗟に相方とも呼べる仲間の名を呼ぶ。が、返事はない。



「島田君、いい人だったんだが・・・・・・」



山崎はどこか遠い目をして、呟いた。その手にはクナイがしっかりと握られている。











ぎゃーーー!!!!











かくして善人島田は鬼たちに成敗された。

新撰組屯所内に愛はあっても正義はない・・・・・かもしれない。