欲しいものを力だけで手に入れられると思っていたのはまだ若かった頃だ。

今は力ずくでは手に入れられないものが数多く存在することを知っている。





とりわけ腕の中の女がその類のものだ。










賭け4















腕の中の女の髪に軽く口付けをする。

予定よりも早く目が覚めたからか、はまだ眠りの中にいた。

普段は可愛げのない唇も、今は静かに閉じられている。

薄紅色の膨らみに食いつきたい衝動を抑え、の細い腰に己の腕を回して引き寄せた。








大豪院邪鬼はに惚れていた。

どうしてかと言われれば、一目惚れとしか言いようがない。

それほど強い印象をは邪鬼に与えた。

燃えるような灼熱の瞳に、この女にならば己の背を預けることが出来るかもしれないと本能で悟ったのだ。

そして同時にこの強い女の弱さを知りたいとも思った。

己だけがその弱さに触れ、己の腕に抱きたいと、そう願ったのだ。

そしてそれは半ば邪鬼の思い通りになり、はこうして邪鬼の腕の中にいる。








手に入れた、







誰もがそう思うだろう。

だが邪鬼は本当の意味でを手に入れていないことを知っている。

その誰にも屈せぬ気高き心を、手に入れてはいないのだ。


簡単に男に依存するような女に、邪鬼は惚れはしないだろう。

誰にも頼らず、自らの手で全てを切り開いてきただからこそ邪鬼は惚れたのだ。

だがその反面、己を頼って欲しい、とそう思うのは男の身勝手なエゴなのかもしれない。

がそれをしないであろうことを知っているからこそ、頼って欲しいと、そう思うのだ。




矛盾している。

だが人の心などそんなものだ。














の柔らかな太ももに触れる。

天動宮に来てからも鍛練は欠かしていないようだが、それでも殺し屋だった頃に比べれば筋肉質だった身体は随分女らしくなった。

今のには他人の命を奪うほどの強さなど必要無い。

傷痕はあちこちに残っているが、それも惚れた女の生きてきた証だ。

普通の女なら嫌がりそうなものだが自身もその傷痕を隠そうとすることはない。

今までの己の人生を誇りに思っている証拠だ。そんなを邪鬼は誇りに思っている。




滑らかな肌を滑る指が、時折、その傷痕に触れる。

邪鬼は身体を起こし、シーツを捲るとその傷痕に舌を這わせた。

舌にざらりとした感触が残る。










「・・・・・朝からなんのつもりだ」









不機嫌そうな低い声が邪鬼の耳に届いた。

捲れ上がったシーツを手に取り、邪鬼を押しのけ足を隠す。

その様に邪鬼は笑いながら、の身体をシーツごと抱きしめた。








「おい、なんだ」

「何事もない」

「そんなわけないだろう!何をしていた」

「男が惚れた女に触れるのに理由などいらぬ」








の耳元で呟く。

耳が弱点だということを知ってからは、邪鬼はよくこうしての耳元で囁きかける。

また怒りを買うことを知っていて、邪鬼はの耳を甘噛みする。







「邪鬼!」






怒声を上げながらも、は身じろぎするだけで邪鬼を突き飛ばしはしなかった。

それに気を良くした邪鬼は続けての首筋に吸いつく。

白い肌に残った情痕の下には刀傷なのか肌がえぐられた膨らみがあった。

この肌に傷をつけたのは一体どんな男なのだろうか。







「なんだ!」

「たまにはお前の方からしてもらいものだ」

「・・・・何を・・・」





その答えを示すかのように、邪鬼はの古傷に口付け、それから強く抱きしめる。

邪鬼の意図が分ったは一瞬目を丸くし、そして動揺した自分を隠すかのようにシーツに顔を埋めた。







「朝から何を考えてると思えば・・・・」

「男などそんなものだ」






そう言って邪鬼は笑う。

の腰には熱を帯び始めた邪鬼のイチモツが触れている。

こんな些細なやり取りですら、邪鬼は欲情するのだ。

そしてもそうであれば、と望んでいる。

が出会ってきた数多くの男たちの中で最も強烈な存在で在りたい、と。















諦めたのか、それとも呆れたのかの唇からため息が出た。

しばらくして二人の耳に静かに響く足音。影慶だ。






「邪鬼様、お早うございます」






そう言って影慶が扉を二回叩いた。

「ああ、」と短く返事をすると影慶はドア越しに朝の挨拶を簡単に済ませ、また足音が遠ざかっていく。

残念ながら時間切れだ。邪鬼はを開放し、身支度を済ませる。








「邪鬼」





いつも通りマントを羽織ると、そのマントが軽く引っ張られた。

振り向けばが無表情に近い顔で、手招きをしている。

何事かと身をかがめると、の唇が邪鬼に触れた。



それはかすめる様な、一瞬の口付け。








これが夜ならば、

この後、朝議を控えていなければ、




邪鬼はを押し倒し欲望のまま抱いただろう。


だが今はそれが出来ぬ。

それをこの女は知っている。

不敵に笑うを見て、やはりこの女は侮れぬと思う。

この閻魔と恐れられた大豪院邪鬼を手玉に取る女など他にいない。

邪鬼は昂る己を抑え、マントを翻した。









「覚悟していろ、今夜―――――」







そう呟く。

部屋を出る瞬間、盗み見たの顔は真っ赤に染まっており邪鬼はしてやったりと笑った。


朝議に顔をだした邪鬼が上機嫌だったのは言うまでもない。















-----------------------------------------------------------------------
後書きお題でリクを頂いた人気が高い賭けのヒロインです。
次こそは影慶以外の死天王との話を書きたいですね。