男爵ディーノというのはえらく得体の知れない男だ。 怪しげなシルクハット、髭、マント、言い出せばキリがない。 中でも一番怪しいのは本人だと、決して口に出せはしないけれど。 薬指にキス人の寄り付かない古臭い神社の横に、今にも潰れそうな道場がある。 栄えていたのは50年以上前のことで、今では所有者さえ定かでない。 それをいいことに女でありながら日々武芸に命を賭け全国を修行しているは、この道場にしばらく留まることを決め汗を流していた。 「ああ、もう夕刻か」 近くの寺から聞こえる鐘の音が、日暮れの刻を告げている。 仕込みトンファーを武器とするは三つに折りたたんだトンファーを太もものベルトにさした。 汗を拭きながら道場の扉を開くと、トンビが一羽空をぐるぐると迂回していた。 「また来たのか・・・・」 ため息をつきながら、汗を拭いていたタオルを右腕に巻いて空に差し出す。 すると待っていた、といわんばかりにトンビがの腕に止まった。 指二つ分ほどしかない小さな額を撫でてやれば、ぐるぐると喉を鳴らす。 「これはこれは、さんではありませんか」 「何が、『これはこれは』だ」 トンビに気を取られていると、さきほどいた道場の奥から声がした。 入り口はが立っていた道場の入り口以外にはない。 一体どうやってに気付かれずに道場の中に侵入したかなど無粋なことはもう問わない。 なんせ相手は怪しげな髭にシルクハット、自称マジシャンだ。 「いい加減妙な現れ方をするのは止めろ」 「マジシャンたる者、神出鬼没が原則ですので」 「誰が言ったんだ、そんなこと・・・・」 「さて、誰でしたかな?」 顎に手を当てて、とぼける姿ももう見慣れた。 この男はなんの酔狂か、週に一度ほどここを訪れる。 初めはかなり警戒したが、全く敵意がなく、口八丁でを巻いて手品を見せて帰るだけの男にすっかり毒気を抜かれてしまった。 互いの名以外は特に何も知らず、特に敵だと知人だとも言えない実に奇妙な関係だ。 「実は殿にお見せしたものがありまして・・・・」 「今度はなんだ?象か?虎か?」 「お望みならばそれはいずれお見せしましょう」 「さっさと済ませろよ」 風が吹いたのと同時に道場から消えたディーノは、道場前の空き地に音もなく現れた。 は特に驚きもしない。 「まずはご挨拶」 そう言ってディーノがシルクハットを取り一礼すると、それまでの右腕に留まっていたトンビが一瞬にして消えた。 その代わりの腕には桔梗の花束が収まっていた。 夏が終わり秋の訪れを告げる匂いがの胸元で風に揺られている。 「一週間前は確かリンドウだったか」 意外に風流人であるらしいディーノは会う度にその時期に合った花をに贈る。 初めて会った夏の日にはいきなり腕の中に向日葵が現れて、ひどく驚いたものだ。 よくもマメにこんなことをするものだ、と少々呆れる。 「まさか出会う先々の女にこんな真似をしているんじゃないだろうな」 「私はそれほど暇な人間ではありませんよ」 「私の所へ来ている分、暇だろうが」 そう言えば困った様子で髭を弄る。 この男が何処の誰なのか、本当にディーノという名なのか、何も知らない。 ただ自分も男の目的に気付かぬほど鈍くも目出度くもない。 女一人で旅をしていればそれなりに危険な目にも遭う。花を贈られて喜ぶような初心な女ではないのだ。 「いい加減回りくどいことは止めて目的を言え」 「目的ですか?私の手品をご覧頂きたく参上致しました」 「ならば他の者でも変わらないだろう。私とていつまでもこの地に留まるつもりはない」 もうこの土地に留まって二ヶ月になろうとしている。 冬が来る前にもう少し南へ移動しようと思っていたのは本当だ。 「それは・・・・知りませんでした」 「明日には発つ」 「!」 互いの話などしていたなかったから、当然が流れ者だということをディーノは知らなかった。 明日、と言ったのは今思いついたでまかせだったが、思った以上にディーノは慌てていた。 その様子に、は純粋に驚いていた。 口八丁に人巻く印象が強かった男は、考えていた以上に純粋な男だったらしい。 何を言おうか迷っているようで、大の男が慌てふためく様ははたから見ていても少々笑えた。 「暇つぶしの相手なら他を探すんだな」 少々意地が悪いと知りながら、はディーノに背を向けた。 言ってしまった以上は明日からこの辺に留まることは出来ない。 さて、次は何処へ行こうかとわざとらしく呟きながら荷物を片手に持つ。 するとその荷物は一瞬にして消えてしまった。 手の中に残ったのは桔梗の花のみ。 「・・・・・・・・おい」 少し怒気を含みながら、荷物の行き先を睨んだ。 本当はそれほど怒っていなかったが、先ほどから何も言わない男にイラついていたのは確かだ。 の荷物を片手に持ったディーノからはいつもの余裕の表情は見えなかった。 「殿」 「何だ」 「何処へ行かれるのですか?」 「お前には関係ない」 そう一蹴して、ディーノの元へ歩み寄る。 荷物に手を伸ばすと、の予想通りその腕を掴まれた。 二人の頭の上では、トンビが空を優雅に飛んでいる。 「教えては頂けませんか」 「聞いてどうするんだ」 「それは・・・・」 言葉を濁すディーノにの額に青筋が立つ。 幾人もの男に口説かれたことはあるが、それをは全て拳一つで一蹴してきた。 下心見え見えの馬鹿な男などに興味はなかった。 けれどディーノは違った。 が自分から接近しなければ決して近寄ることもなく一定の距離を保ち続けた。 男は女を自分の所有物にする為、あれこれと過去を聞きたがるがディーノはそれすらもしなかった。 嬉々として手品を披露する姿は、ただ二人で居ることが嬉しい、と物言わず語っていた。 だからこそ、待っていてやったのに。 ガツン!!! 掴まれていた腕を振り解き、の拳がディーノの顎を捕らえる。 不意を突かれたディーノは呆気に取られたようにを見た。 「殿?」 「煮え切らないんだよ、お前は!!言いたいことがあるならさっさと言え!今すぐ!!!」 「そ・・・それは・・・・」 「言わないなら、二度と私の前に現れるな!」 「それは困ります!!!」 意を決したのか、の身体をディーノが抱きしめる。 それは恐々としていて、の身体を拘束する効果のない弱いものだった。 まるで触れることすら怖がっているような。 ここまで来てその態度か、と毒付きたくなるのを堪えてはディーノの言葉を待つ。 「年甲斐もなく、貴方に一目惚れを致しました・・・・」 「それで?」 「出来るならば、もっと貴方のことを知りたく思います」 「ならもっと早く言え!!」 バシっ、ともう一度、今度は額を軽く叩く。 そしてそのままディーノの胸に顔を伏せ、体重を預けた。 その意図が伝わったのか、伝わらないのか、ディーノがの左手を取る。 ディーノがの左手の甲にゆっくり自分の手をかざすのを、は抵抗することなく見ていた。 すると、さっとディーノの手がの甲を撫でた。 ほんの微かに感じた温かい感触の中に、何か冷たいモノが指に留まっていることに気付く。 その感触の正体は、薬指に光る、小さな指輪だった。 「傍に居ることを許してくれませんか?」 「手品抜きで女を口説けないのか、お前は・・・・・」 ため息をつきながら、小さな石が嵌められた指輪をは眺めた。 それはの誕生石のようで、そう言えば以前珍しく誕生日を質問されたことを思い出した。 キザなのかシャイなのか、全く良く分からない。 「返事を聞かせて頂けませんか?」 「言わなきゃわからないのがお前らしいな」 から身体を預けたこの状況で返事もなにもないだろう、と苦笑する。 けれどその愚鈍さこそが、が惹かれたものなのかもしれなかった。 返事をする代わりに、はディーノのくれた指輪に、口付けを落とした。 その意図をようやく察したディーノは、皮手袋を外しての左手を掴む。 そしてひどく愛おしそうに、指輪ごと薬指にキスをした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 以下ディーノ語り(お暇な方はスクロール)リクエストで頂きました、男爵ディーノです ひどく遠慮深げに頂いたリクエストに飛びつきました、だってうちはマイナー推奨サイト!! マイナーなほど萌えます、喜びます!ぶっちゃけ独眼鉄とかリク来ないかなと思ってましたもの!! 番人三人衆書けただけで満足です。ディーノリク下さったお客様喜んで頂けましたでしょうか? ヌルかったかもしれないですが、またリクがあったら今度はちゃんとしたヤツ書きたいと思います。 ディーノは多分口は上手いけど肝心な時にヘタレなんじゃないかと思って書きました。 普段ベラベラ喋る人ほど肝心な時に言いたいことを言えないものです。 比較的男塾の面々には武芸を嗜む強い女の人の方が似合う気がします。 さてさてディーノに反応して下さる方はどれだけいるのでしょうか(ちょっとドキドキ) |