ようやく長い一日が終わろうとしていた。

午後の練習までたっぷり雑用をこなしたの身体はあちこちが筋肉痛のように引き攣っている。

明日になれば確実に筋肉痛になっているだろう。

だがの数倍以上の運動量をこなしている部員達と千鶴に比べればまだマシなはず、と顔を上げれば部員達はまだまだ元気いっぱいというように、広間でそれぞれの時間を過ごしていた。








「あ、俺、お笑い番組見たいー!」

「はぁ?もうすぐドラマ始まるんだよ。後輩は遠慮しな」

「ちょ、左之先輩!そんなの関係ねぇって!」

「おーおー、威勢がいいねぇ、じゃ、腕相撲で勝負しようぜ!」

「新八、それは少々大人げない」




お笑いが見たいと騒ぐ藤堂にドラマ派の原田と永倉がタッグを組んでチャンネル争いをしている。

それをやんわりと止めたのは斉藤だったが、口を出しただけで手を出すつもりはないらしい。

永倉と藤堂の腕相撲が始まると、その騒ぎに乗じて騒ぎ出した部員達を避けるように斉藤はひょいと身を翻す。






「・・・・騒がしい連中だ」

「元気だよねぇ」

「総司・・・・千鶴知らないか」

「千鶴ちゃんだったら、土方さんと明日の打ち合わせしてたよ」

「そうか」







千鶴の元へと席を立つ斉藤、沖田はそれを興味なさげに見送ると部屋の隅で呆けているに目を止めた。

さすがに疲れているのだろう。顔色はお世辞にもいいとは言えない。

さして興味がない相手だったが、斉藤が推薦し、土方が気に入ったに今は少しばかり興味が湧いていた。

その興味は正直に言えば彼女に対してではない。

沖田は天性の勘から、と山崎の間に何かあると感じていた。それは下衆の勘繰りではあるが沖田は確信している。

そしてそれが山崎の弱みになるだろうことも。





「ねぇ、さん、大丈夫?大分へばってるみたいだけど?」

「え?ああ、大丈夫です。ええと、沖田君」

「そうは見えないけどね?あまり無理しない方がいいよ」




沖田は人の良い笑みを浮かべながら、の隣に座った。




「もう仕事はないんでしょ?寝てもいいと思うけど」

「うん・・・・いいのかな・・・・」




時間にすればまだ8時である。健全な高校生が寝るにはまだ早い時間だが、合宿の規定ならば10時には就寝となる。

先に休むことを勧めると彼女は少し戸惑ったように沖田を見上げた。

身体的には一刻も早く休みたいが、それを自分から言うには憚られたのだろう。

誰かに背中を押して貰わなければ、四面楚歌とまではいかないまでも知り合って間もない人間ばかりの中では、なかなか自分から休みたいと言い出せなかったようだ。




「じゃあいいかな・・・・」

「うん。部屋まで送るよ。僕が休めって言ったことにしておけばいいでしょ」

「そんな・・・・悪いよ」

「じゃあ、明日にでもお礼してもらおうかな?ほら、行くよ」





沖田が立ち上がり、座っているの手を引くと、余程疲れているのかすんなりとそれに従った。

自然と繋いだ手をそのままに歩き出すが、眠気に押されているはそんなことは気に掛からないらしい。

男部屋と女部屋の別れ道に差し掛かった瞬間、ふと沖田は思い立ちの手を引きそのまま自分の部屋――――すなわち男部屋へ向かった。






さん、ほら着いたよ」







部屋には既に三つ布団が敷かれている。

その部屋は千鶴とが使っている二人部屋と大きさは違うものの、間取りは一緒だった。

この部屋は一年の平助、総司、そして山崎の三人があてがわれている。






「ありがと・・・・沖田君」

「どういたしまして」





もはや夢の中に片足をつっこんでいるはなんの違和感もなくその布団の上にダイブした。

風呂はもう済ませてある。歯磨きは・・・まぁいいや、と勝手に結論付けてごそごそと布団の中に入りこむ。

ふわふわの布団に緊張していた筋肉が一気に弛緩するのを感じ、なんの疑いもなく瞼を閉じる。

沖田の存在など、全く気にしないまま。








沖田はその様子を見守ると、くくっと忍び笑いをした。

そして部屋に近づいてくる足音を感じ、の髪を少し乱暴に撫でる。






「じゃあね、お休みちゃん?」






部屋のドアを開けると、予想通りそこには山崎がいた。

風呂に入ってきたのだろう、肩にはタオルが掛かっている。





「ああ、山崎君、おかえり。もう寝てる人いるから、静かにね」

「寝てる?・・・・・なんだ、平助もう寝てるのか」





沖田と山崎がここにいるのだから、単純な引き算で寝ているのは平助ということになる。

山崎はなんの疑いもなく頷くと、沖田は部屋の鍵を山崎に渡した。




「じゃあ僕居間でテレビ見てるから、あとよろしくね・・・・・・・

「ああ」




沖田はするりと山崎の横を通り抜けるとくすりと笑った。

それは沖田を知っている者ならばロクなことを考えていない時見せる笑みで山崎はなんとなく眉間に皺を寄せる。




なんとなく嫌な予感がしつつも、部屋に入ると、沖田が言った通り一人、すでに布団の中に入っている者がいた。





「・・・・・平助?」




じゃないのは、一目瞭然だ。

にも関わらず、名前を呼んでしまったのは目の前にある事実を否定したかったからかもしれない。






(何か・・・・したのか・・・・・?)







布団の傍にしゃがみ込む。規則正しい寝息。本当に寝ているだけのようだ。

点いたままの部屋の明かりが眩しいのだろうか、布団を顔まで被っている。

布団からはみ出した長い髪がなければ、それが誰だか気付かなかったかもしれない。






「おい、






戸惑った末、名前を呼び、布団の上から肩を強請った。

だが起きる様子はない。今日一日の彼女のスケジュールと疲労を考えれば当然だろう。

だがこのまま寝かすわけにはいかない。





(沖田のやつ・・・・)







沖田の真意が見えず、思わず舌打ちをする。

きっとさしたる意味などないのだ。嫌がらせか、あるいは悪戯か、山崎を(或いは平助を?)困らせよう、とその程度の思惑なのだ。

その沖田の思惑にまんまとハマり、動揺かつ困惑している自分は傍からみれば滑稽に違いない。









の肩を揺らす度、さらりと黒髪が流れるように山崎の手に触れる。

お転婆だったの髪はいつの間にこんなに長くなったのだろう、自分と同じシャンプーの匂いがする。

空白だった中学時代、その3年間は思ったよりも長く二人の溝を大きくしてしまった。




さらりと揺れる髪に誘われるように、山崎の指が、の髪に触れる。














何故だろう、その感触が無性に懐かしく、そして切なかった。