「呼んできます」










山崎は自分が、と立ち上がる千鶴を制し、一人道場に向かった。

この苛立ちが何を意味するかは自分でも分からない。

久し振りに聞いた幼馴染の笑顔が、声が、こんなにも癪に障るとは思わなかった。









あれはいつのことだったろうか。

背が小さい、とバカにされ続けた小学生時代。それでも時が来れば男女の差が当然のように現れ始める。

制服に袖を通すようになった頃には意識せずとも背を抜いていた。

厳格な雰囲気に憧れて入った剣道部の練習も功を奏したのかもしれない。

山崎に身長を抜かれたことを心底くやしがるの様子がやたら面白かったのを覚えている。






「だから言っただろう、お前なんかすぐ抜けるって」

「なによ、ちょっと前までは私よりチビだったくせにー!」

「チビはお前だろう。チビ」

「ちょっとくらい背が伸びたって坂本先輩には敵わないんだからーー!!」







が叫んだ坂本先輩というのは、中学で人気のある三年生のことだった。

思春期らしく、はよくあの先輩がかっこいいだの、クラスのどいつがかっこいいだのと騒いでいた。

その相手は月に一度か二度は変わるのだから、恋愛というよりはミーハー意識に近かったのかもしれない。

ただ、その言葉は俺を思った以上に不愉快にさせた。







「・・・・・・・・じゃあ、そいつのところへ行けばいいだろ」






小さい、とバカにされ続けてようやく身長を越すことが出来た、その嬉しさの反動もあった。

ただそれ以上に軽々と他の男の名前を出すのが気に入らなかった。

何故、こんなにもの言葉に腹が立つのか当時は分からなかったが、今は・・・・分かる。












きっと、それは、明確な言葉に出来ないような、形にならない想い。











それがきっかけだったのか、自然と言葉を交わすことのなくなった幼馴染。

当然のように、彼女との距離は離れ、今では他人よりも遠い。

その距離は想像以上にやっかいで。





「・・・・・・・・今更だな」





俺にどうしろというのか。

このまま他人のふりをし続けるのか。

それとも何もなかったかのように、昔のように話しかけるのか。



















道場の隅で防具の手入れをしているの姿が目に入り、山崎は足を止めた。

一呼吸置き、わざと大きな足音を立てる。








「――――まだやっているのか。さっさと食堂に来い」







何も考えずに出た言葉と声は、存外に冷たくの表情が強張る。
それが離れた距離を示すようで、山崎は視線を逸らした。








「え、えと・・・・・」

「聞こえなかったなら、もう一度言うが?」

「き、聞こえた!」

「なら早くしろ。土方先輩がお前が来るのを待ってる。集団行動の輪を乱すな」

「ご、ごめん・・・・・・・・なさい」






戸惑うに追い打ちをかけるように、言葉を重ねる。

その手の中にあるのが、山崎の防具だと、は気付いてないだろう。







今更どうしろというのか。

このまま他人のふりをし続けるのか。

それとも何もなかったかのように、昔のように話しかけるのか。






きっと、どちらも無理だ。






















三歩後ろをついてくるに構うことなく、早足で食堂に戻るともうほとんどの部員が食事を終えていた。

最初に気づいた永倉が、箸を持ったままの手を振り回しながら叫ぶ。





「山崎、は来たかーーー?」

「・・・・後ろに」



ちらりと後ろを振り返ると、小走りでが顔を出した。いつの間にか随分と距離が離れていたらしい。




、ここに座れ」




土方が声を上げる。ほとんどの部員の膳が片づけられたテーブルの上に二人分の手の付けられていない膳が置いてあった。





ちゃん、お疲れ様」

「千鶴ちゃん、なんか、私迷惑掛けたみたいで・・・・」

「そんなことないよ!私先食べちゃってごめんね。でも、土方先輩が待っててくれたんだよ」

「すいません、土方先輩。本当に待っててくれたんですね」

「なんだ、信用してなかったのか?ま、いいから食うぞ」




笑いながらに座るように促し、やっと食事を始めた土方の隣にが座る。

たったそれだけのことなのに、その光景を見るのが嫌で山崎は食堂を出ようと身を翻す。








「あれ、山崎君、まだ食事終わってないでしょ?」




沖田がそれに気付き声を掛けてきた。どうも、沖田とは相性が悪い。

人の良い笑みを浮かべながら心中では全く別の考えを持ち、時に人を嘲るように笑う沖田が山崎は苦手だった。



「いや・・・・もう、いい」

「だったら片づけてきなよ。君の分まだ残してあるよ」

「・・・・・分かった」



言われてテーブルを見れば、確かに山崎の膳はまだ残っていた。

まだ半分しか食べていなかったのだから当然と言えば当然だろう。

仕方なく片づけに行こうと踵を返すと、からかうような沖田の声が耳を掠めた。






「君ってさぁ・・・・さんのこと、嫌いなの?」




小さな声で呟かれた言葉は、山崎以外には聞こえていない。




「なんの、事だ」

「ただそう思っただけ。にしてはおかしいよね?剣道の本なんか買ってあげちゃってるしさ」

「別に意味はない」

「そう?まぁいいけど。あんまり意地悪すると嫌われちゃうよ?」

「・・・・・どうでもいいだろう」





威嚇するように低い声を出すと、沖田は面白いものを見つけたように意地悪く笑った。

テーブルからはと土方、それに千鶴達の笑い声が聞こえた。それがまた、気に入らない。













「手を、出すなよ」





吐き捨てるように沖田に言葉をぶつける。

沖田は何も答えずにただ口端を上げた。