マネージャーに憧れる女の子はきっと大勢いると思う。 それがサッカーだろうが野球だろうが空手だろうが剣道だろうが関係無い。 そんな夢見る乙女達に一言言いたい。 にっこり笑って部員にタオルを渡すマネージャーなんてただの偶像だ。 少女マンガだ。 マネージャーなんて要するに、ただの雑用・・・・もとい、奴隷だ。 「おい、」 「はい、なんでしょう、土方先輩!!」 「ちゃんー?」 「はい、なんですか永倉先輩!」 「!!」 「なに、藤堂!?っていうか、どさくさにまぎれて名前呼びすんなー!!」 バスを降りて、合宿所に着いた剣道部一同は休憩を挟むことなく、早速練習を始めた。 さて、マネージャーなんてなにしたらいいんだか、分からない私はとりあえず千鶴ちゃんについていくことにしたのだけれど。 「君、少しいいか?」 「はい!斉藤先輩!」 さっきからこまごまとした雑用をひっきりになしに頼まれて休む暇もない・・・というか休めない。 剣道というのは、ただ竹刀で打ち合うだけではないらしい。 どこの部活でもやってそうなランニングから始まって、筋力トレーニングなどを部員達がしている間に防具の手入れをするのが今の私の仕事なのだけど。 バスの中で簡単に入門ブックを読んだだけの私は、防具の手入れ一つにも戸惑ってばかり。 それに加えて合い間、合い間に雑用を頼まれるものだから防具の手入れはちっとも進まない。 「超ハードなんですけど・・・・!」 そんなに大した仕事はないよ〜〜〜と、千鶴ちゃんは笑って言っていた。 確かに仕事自体は大したことじゃない。タオルを洗ったり、ドリンクを作ったり、雑巾取ってきたり。 けれどその量が半端ないのだ。専業主婦も裸足で逃げ出す超ハードワーク。 ちなみに千鶴ちゃんは別の場所でテキパキと私の2倍の仕事をこなしているのだから文句を言いたくても言いようがない。 午後の練習が始まるまでに、防具全部磨いておけと土方先輩に下された命令はまだ半分も終わっていない。 なのにあと30分もすれば午前中の練習予定は終わり、食事の時間になってしまう。 終わらなかったら飯抜きだからなーと冗談交じりに言った藤堂が憎い。 胴胸の部分を専用のブラシでブラッシングした後に、硬く絞った雑巾で拭く。 たったそれだけの作業に見えるがこれがなかなか難しい。 汚れが気になれば落ちるまで拭かなければならないし、それをするには随分と力がいる。 適当に終わらせれば後で土方先輩のお説教が怖いからと丁寧にやってはいるが、それでは時間が足りない。 「絶対、お昼抜きだこれ・・・・!」 まるで罰ゲームだ。何が哀しくて楽しい連休に道場の隅っこで雑用こなしながら汗臭い防具の手入れなどしなければならないのか。 一言で言ってしまえばそれは断りきれなかった自分のせいなのだけど。 (けど、やっぱり、断るべきだったな・・・・) 自分の為に剣道の入門ブックを買ってくれた、その行為に正直少し、浮かれた。 けれど結局お礼すら言えていない。言わせてくれなかったという感じもある。 バスの中で一度も振り返ることなく山崎が放った空気は、拒絶そのものだった。 (ちゃんと勉強して足手まといになるな、ってことなのかな――) 真新しい本は、本当に分かりやすくイラストが描かれている。 でもなんだかそれが余計に悲しい。好意からではないと分かってしまったから。 (これ以上嫌われないように、か・・・・・) そんなこと可能なのかすら怪しいところだ。 ガサツで騒がしいだけの自分は、きっと何をしていても山崎の癪に障るに違いない。 (千鶴ちゃんみたいに可愛い子だったら・・・・) 斉藤先輩のように、山崎も傍にいてくれただろうか。 そんなことは自分が自分である以上不可能だ。そう分かっていても羨む気持ちは止められない。 こんなこと考えちゃいけない、心の中に湧き上がってくる気持ちを打ち消すように雑巾を磨く手に力を込める。 情けない、けれど、こんな風に思ってしまう自分も、また自分なのだ。 「、まだ終わらねぇのか?」 「え?あ、すいません!!」 防具磨きに没頭していると、ふいに名前を呼ばれて慌てて顔を上げるとそこには眉を寄せた土方が立っていた。 懸念していた通り、いつの間にか午前の練習が終わってしまったらしい。 声を掛けてきた土方に慌てて頭を下げる。 「別に構わねぇよ。慣れないことさせてんのは俺らだ」 「いえ、あの・・・・すいません」 「とりあえず飯にするぞ。手洗ってこい。」 「え、でも終わってなくて、これ」 指差した先にはまだ手つかずの防具が一つ。 さすがに最初に比べればだんだん慣れてきたから、そんなに手間取らずに終わるだろう。 「これだけやったら、すぐ行きます」 「・・・思った以上に真面目だな。斉藤が推薦するわけだぜ」 「い、いえ!や、そういうわけじゃないんですけど・・・・・」 「じゃあ、待っててやるから、早く終わらせて来い」 土方は微かに目を細めて笑うと、の頭にポン、と手を置いた。 その手は髪を撫でるように、頭を上を滑る。 初めて見た鬼部長・土方の笑顔には思いっきり赤面してしまう。 (ふ、不意打ち・・・・・!!!!!) 軽く手を上げ去っていく土方。顔立ちは良くても始終しかめ面な印象しかなかった鬼とあだ名される部長。 けれどたまにしか見せない笑顔もそれはそれでレアなわけで。 三年生のお姉さま方が騒ぐ理由も・・・その笑顔を近くで見ることを許されている千鶴に対して嫉妬を抱くのも分からなくは、ない。 (だからと言って、イジメは絶対許さないけど・・・・) けれども、結局は同じ穴の狢なのだ。 三年生も自分も、千鶴を羨んで、嫉妬している。 もし山崎と、千鶴が仲良くしているところを見せ付けられたら、どうするだろう。 あの三年生がしたように、千鶴に対して辛く当たってしまうんじゃないだろうか。 そんなことしたくない、けれど時として感情は暴発する。それをコントロール出来るほど大人じゃない。 (あんな風に可愛く、なんてなれない・・・・) それはあまりに分かりきっていること。 のろのろとブラシを掛けて、雑巾掛けを再開する。 他の防具と比べ、最後の一つはあまり汚れていなかった。 多分誰か几帳面な部員のものなのだろう。 胴に編みこまれた革紐の部分に注意しながら、丁寧に拭いているとふいに足音が聞こえた。 「――――まだやっているのか。さっさと食堂に来い」 聞こえた言葉が自分に対してだと理解するのにしばらく時間が掛かった。 随分と久し振りに聞く、幼馴染の、山崎の声だったから。 「え、えと・・・・・」 「聞こえなかったなら、もう一度言うが?」 「き、聞こえた!」 「なら早くしろ。土方先輩がお前が来るのを待ってる。集団行動の輪を乱すな」 「ご、ごめん・・・・・・・・なさい」 ぴしゃりと言われた言葉の中には明らかに棘が含まれていた。 どうして、お前がこんなところにいるんだと、言われている気がして、情けなくも泣きたくなる。 まだ途中だった防具を仕方なく、床に置く。 昼を食べ終えてすぐやれば、練習には間に合う。 歩き始めた山崎の後を、少し離れた距離で追った。 肩を並べることを、一歩後ろすら歩くことも出来ず。 もちろん、本のお礼なんて言えるはずもなく。 昔気軽に繋いでいた手はもはや、手を伸ばすことさえ許されない。 |