合宿一日目の午前中の部活メニューは基礎練習から始まった。

ランニングから始まり、柔軟、筋力トレーニングを終えて、各々自分の今の状況に合わせて強化トレーニングをする。




やれ、と言わずとも皆、己の弱点を理解しそれを補う為の練習法も心得ている。

それがこの剣道部の強さの秘密であり、顧問の近藤の指導の賜物でもある。

黙々と個々がトレーニングする中で、一人いつもと違った人物が懸命に手を動かしているのを土方は遠目から見ていた。








「最初はどうなるかと思ったが、斉藤の見る目は確かだな」





千鶴も斉藤の推薦で決まったマネージャーだった。

その友人で、やはり斉藤が推したは一見、最近の女子高生と言った感じだが、与えられた仕事を文句も言わずに黙々とこなしている。

本来ならば部員が分担してやらなければならない仕事をこちらの都合で押しつけているにも関わらずだ。






「おーし、午前の練習はこれまでだ!」

「「「「「「はい」」」」」」」






土方は時間通りに午前の練習を終わらせると、部員達を食堂に促した。

だが練習が終わったことさえ気づいていないは動かずにまだ残っている。

の周りには防具がいくつか並んでいた。

慣れない作業で戸惑っているのだろう、時々山崎にもらったという入門ブックを見ている。






(山崎・・・・・そういやあいつ、妙だったな)





バスの中で山崎がに入門ブックをあげたという話は後で永倉から聞いた。

それは本来自分の役目のはずで、一年のくせに妙に気が利くやつだと感心して声をかけた。






「山崎、に剣道の本やったんだってな」

「え・・・・・、はい」

「気が利くじゃねぇか。ありがとな。お前ももしかしてと知り合いなのか?」

「! ・・・・・・そんなわけじゃ」




その時山崎は土方から視線を逸らした。まるで何か後ろめたいことでもあるように。

山崎が口籠るなど珍しい。何事も実直ではっきりとした器質の人間だからだ。





「ま、とりあえず俺らの都合で仕事押し付けちまったからな。気にかけてやってくれ」

「いえ・・・・・俺は・・・・・」








それきり山崎は黙ってしまった。

土方としては難しいことを言ったつもりはない。

「はい」といつも通りの返事が戻ってくるとばかり思っていたのだが。























そんなやりとりを思い出しながら、土方はに声をかけた。













、まだ終わらねぇのか?」

「え?あ、すいません!!」





びくりと肩を震わせて顔を上げるに心の中で苦笑する。

考え事をしていたせいで、知らず怖い顔をしていたらしい。それでなくても怖がられることが多いというのに。








「別に構わねぇよ。慣れないことさせてんのは俺らだ」

「いえ、あの・・・・すいません」

「とりあえず飯にするぞ。手洗ってこい。」

「え、でも終わってなくて、これ」






そう言ってが指さした先にはまだ手が付けられていない防具が一つ。

防具自体には名前が書かれていないので部員以外にはわかりにくいが、それは山崎のものだった。






「これだけやったら、すぐ行きます」

「・・・思った以上に真面目だな。斉藤が推薦するわけだぜ」

「い、いえ!や、そういうわけじゃないんですけど・・・・・」

「じゃあ、待っててやるから、早く終わらせて来い」








(こいつに頼んで良かったぜ)





一生懸命与えられた仕事をこなそうとするの姿を見て、土方は肩の力が抜けるのを感じた。

本人にその気はまるでないというのに、女生徒や周囲の人間に騒がれることが多い土方は、気を張らずに接することのできる相手がそう多くはない。

自然と手は、の頭を撫でていた。

その瞬間、の顔が赤く染まり、妙な具合に動き出すのを見て、土方は笑うのを必死で堪える。

入部した頃の千鶴を初めて褒めた時の様子によく似ていたからだ。

と千鶴ならきっと良い友人関係を築けるに違いない。

















土方が食堂に着くと、部員達が全員席について一斉に土方を見た。



「土方先輩〜〜、さっさと号令かけてよ〜〜!」

「腹減って背中と腹がくっついちまったら、どう責任取ってくれんだぁ、土方!!」

「おう、悪ぃ。・・・・じゃ、頂きます」

「「「「「頂きます」」」」




土方が適当に号令をかけると、部員達がまるで競争のように食事に手をつけ始めた。

おかずを護る為に身体を丸めながら、互いの膳を狙い合っている藤堂と永倉。

その横では原田が漁夫の利を虎視眈々と狙っている。



「あー、これうめぇ!!新八先輩、これ、ちょうだい!!」

「はぁ!?馬鹿言ってんじゃねぇよ。てめぇこそ先輩様にそれ献上しやがれ!!」

「やだ!!絶対ェやだ!!」

「おいおい、やめとけって、二人とも。お、これ旨そうだな〜〜」

「「左之(さん)!!」」

「じゃあ、これ僕もらおうっと」

「総司〜〜!!!」




ひとつの皿を巡り、まるで小学校の給食の時間のようなやりとりに、土方の額に怒りのマークが浮かぶ。



「てめぇら!!静かに食いやがれ!騒ぐんじゃねぇ!!」



その怒声にぴたりと動きが止まる三人。

沖田だけは全く動じずに飄々と箸を動かしている。





「そんなに怒らなくてもいいじゃんか、土方よ〜」

「新八!先輩の自覚があるんなら、ちったぁ静かにしやがれ」

「土方さん、食事中に騒がないで下さいよ」

「総司、誰のせいだ、誰の!!」

「つか・・・・土方さん、食わねぇの?」





原田が指差したのはまだ手が付けられていない土方の膳だった。

その瞬間、土方の膳に向かって動いた新八の手を箸ごと手刀で叩き落とす。





「いってぇ!!!」

「人の話聞いてたのか、てめぇは!!」

「土方先輩、召し上がらないんですか?」




痛ぇ、痛ぇと騒ぐ永倉の横で、山崎が問いかける。




「俺は、が来んのを待ってんだよ。てめぇらは先食ってろ」

「え、あ?そういやちゃんは?」




今気づいたと言わんばかりに原田が周りを見回した。

千鶴と斉藤が顔を見合わせる。




「俺も先ほどから気になっていたが――――君は?」

ちゃん、どうしたんですか?」

「あ、心配いらねぇよ。頼まれた仕事がまだ終わってねぇから、それ終わらせてから来るってよ」

「うわっ!さすが鬼部長。終わるまで食事はとらせないとか言ったんですか?鬼!」

「総司・・・・・てめぇ、池に沈みたいらしいなぁ」

「やだなぁ、遠慮しますよ。それより僕は手合わせの方がいいなぁ」

「最終日の乱戦試合の時に泣き見せてやるから、覚悟しやがれ。
の方は自分からそう言ったんだ。別に無理やりじゃねぇ」








そう言いながら土方は腕を組み、やたら進みが早いと感じる時計を見上げた。

あれからもう20分は経っている。呼びに行くべきか思案していると山崎が立ちあがった。




「呼んできます」

「あ、だったら私が!」

「いや、いい、雪村君は食事を続けてくれ。土方先輩、すぐに呼んできますので」

「そうか。じゃあ頼む」





立ち上がりかけた千鶴を制し、山崎は素早く食堂を出ていく。

その表情には、苛立ちが含まれているように思い、土方はやはり妙だと、首を傾げた。