部活帰りに寄った本屋で何冊か目当てのコミックを手にした平助は、いつも小説しか買わない山崎が雑誌のコーナーの方へ歩いていくのを見つけた。

なんとなく興味が湧いて、そっとその後をついていってみる。

明るい性格のおかげで誰とでもすぐ仲良くなる平助にとって、山崎は少し不思議な存在に映っていた。

性格は決して無口でも大人しくもない。

礼儀正しく、何事も慎重に選んで発言する性格のようで、少し寡黙だと思われがちである。

それに加えてあまり目つきがよくないというか・・・・口を開けて笑う性格ではないから少々近寄りがたい面がある。

年相応に育った自分より、山崎は幾分か大人っぽい。その雰囲気に少し憧れるが到底平助にそれを真似するのは無理そうだ。

沖田とは別の意味で何を考えてるのか分からないと時々思うのは・・・まだ付き合いが浅いせいなのだろう。





読んでいる本を知る、というのは相手をよりよく理解するためのベクトルになる。

平助は興味半分で雑誌の少し先の棚の前で足を止めた山崎に声をかけた。




「烝君、何買うの?」

「ん・・・・ああ、平助か」



後ろから声を掛けたことに少し驚かせてしまったようだ。

少なからず動揺した山崎を見て、珍しいな、と思った。

あまり表情を変えない、そこも”大人っぽい”と平助が思う山崎の雰囲気の一つだ。




「・・・・・剣道入門 初心者編?」


手に持っていた本のタイトルを思わず読み上げてしまったのは、自分達には不必要だと咄嗟に思ったからだ。

首を傾げて山崎を見ると、少し気まずそうに視線を逸らされた。


「・・・・・あいつは、剣道のルールなんて知らないだろうからな」


呟いた山崎の言葉に、あいつとは誰だろうと考える。

剣道部にはもちろん、初心者用のルールブックを読まなければならない部員などいない。

ならば誰だろう。自分の知ってる人にそんな人いたか?

そう考えて、数日前の出来事を思い出して、あ、と本屋に似つかわしくない声を出してしまった。




「もしかして、?」




思ったままを口にすると、静かに山崎が ああ、と頷いた。

本来ならば真っ先に思い当たらなければならない人物だが、少し考えてしまったのは、山崎がその人物を”あいつ”と言ったからだ。

普段から礼儀正しく言葉遣いも丁寧な山崎が、”あいつ”なんてぞんざいな言い方をするのを平助は初めて聞いた。

男同士ならまだ分かる気もするが、相手は女子だ。




「そういえば、って剣道知らないんだよな。さすが、烝君、気が利くなぁ」




自分では彼女に剣道の入門書を渡してやるなんて思いつかなかった。

本気で感心しながら山崎を褒めたつもりだったが、山崎は相変わらず表情は硬いままだ。




「平助・・・・頼みがあるんだが」

「なんだよ?」

「これを、あいつに渡してくれないか」



”これ”とは入門書のことだろう。

じゃあ”あいつ”とはやっぱりのことか。



「え、自分で渡せばいいじゃん!」

「いや・・・俺はいい」

「意味分からねぇし!まー、別にいいけどさ・・・じゃあ俺も半分金出すよ?」

「金はいらない」

「えー、ちょ、烝君!」







レジに行ってくる、そう言い残して山崎は早足で行ってしまった。

一人残された平助はこれはどういうことだろうと考える。

の為に自腹で本を買ってやる、その優しさと、

千鶴にさえ、苗字に君付けする山崎が”あいつ”と呼ぶそのそっけなさ。





噛み合わない。





「変なの・・・・」






後で聞いてみようか。

そうは思ったが結局聞けないまま、別れ際に山崎に本屋の紙袋を無理やり鞄の中にねじこまれた。