何もせずとも朝はやってくるものである。

















本日恨めしいほどの快晴。世間で言うGWの始まりだ。

けれど私の心は晴れない。原因は言うまでもなく、今日から始まる剣道部の合宿のせいだ。

あの後、斉藤先輩と千鶴ちゃんに捨てられた子犬のような純な瞳で見つめられ、藤堂と原田・永倉の三人に捲くし立てられ、沖田という一年に脅迫まがいの笑顔で脅されて、挙句の果てに土方先輩に無理矢理首を縦に振らされた。

頭蓋骨をわしっと掴まれて・・・・文字通り振らされた。




そんなわけで私の意見などまったく無視されたまま、今日という日が来てしまった。

どっかの誰かさんとはなんの接触もないまま。



















早朝六時、全く人気のない通学路というのは案外味気ない。

自分だけ間違えて登校してきてしまったような違和感を感じながら校門をくぐるとまだ集合時間の15分前だというのに、ほぼ全員が部室前に顔を揃えていた。






「おはよう・・・・ございます・・・・・」





なんだろう、この場違い感は。

気だるそうな顔をしている部員なんて一人もいない。

まるで今から走って合宿所に行くぞ、なんて言いかねない雰囲気だ。




「おはよう!ちゃん」

「千鶴ちゃん、おはよう・・・・・元気だね・・・・」



なんだろう、このハイテンション。彼女の笑顔がいつもより3割増で眩しい。

斉藤先輩もいつも通り朝から爽やかで欠伸なんて微塵もしそうにない。



君、おはよう」

「おはようございます・・・・斉藤先輩」

「寝むそうだな」

「眠いです・・・・・」



正直に言うと、斉藤先輩にぐりぐりと頭を撫でられた。



「来てくれて助かった。礼を言う」

「いえ、お役に立てるかどうか」

「そんなことはいない。いてくれるだけで心強い」

「そうだよ!ちゃん!頑張ろうね!」

「そうだね・・・・」



やっぱこの二人癒し系だわ・・と思いながら他の部員を見ると、やはり朝からそれぞれ絶好調のようだった。
藤堂と目が合うと、笑いながらこちらにやってきた。





「よー!おはよう、!!」

「おはよ、藤堂。あんたも元気ね」

「俺らは朝練で早起き慣れてるからな!」

「あ、そう・・・・」

「そんな顔してると土方先輩にどやされるぜ〜〜?」

「・・・・それは嫌」





首を無理やり縦に振らされたことを思い出して、思わず眉を顰めた。

あれは本当に痛かった。その時腹を抱えて笑っていた藤堂への恨みはまだ忘れてない。




「合宿所へはバスで行くから少しだけど寝れると思うぜ。そんな遠くないけどな」

「そうなの?」

「毎年使ってる合宿所があるんだってさ。バスはもう来てるからあとは先生待ちな」

「先生?」




藤堂の言った通り、校門を通った時に中型の観光バスが道路脇に停めてあった。

けれど先生、というのは分からない。そういえば顧問の先生が誰だかまだ知らなかった。




「おー、皆揃ってるかーー!」

「「「「おはようございます!」」」」




部員が口々に挨拶する中、姿を現したのは先生にしては若そうな男性教師だった。

見たことあるような気がするけれど、1年生の担当教諭じゃないため名前まではわからない。

先生は一人一人に挨拶すると、私を見つけて笑顔で手を振ってきた。




「君がさんか。今日から三日間、よろしく頼む!俺は剣道部顧問の近藤、担当教科は国語だ」

「よろしくお願いします」

「親御さんから合宿の参加届に判押してもらったかい?」

「あ、はい」




鞄の中から言われたプリント取り出して先生に渡す。

学校の行事や外泊の際に、学校側に提出しなければならない書類だ。




「うん、これで大丈夫。君も剣道部の仲間入りだ!!」

「や・・・・あの・・ただの手伝いです・・・・」

「遠慮することはないんだぞ!皆、君は分からないことも多いだろうから、色々と教えてあげるように!」

「「「「はい!!」」」」




近藤先生の大声に部員が声を揃えて返事をする。

わー体育会系だーと心の中で叫んでみるけど、もちろん誰も答えてはくれない。

狼の中に一人紛れ込んだブルドックのような侘しさを感じながら、促されるままバスに乗り込んだ。














・・・・・・・・はいいのだけれど。






バスの中に足を踏み入れると、ほとんどの部員が先に座ってしまっている。

そして千鶴ちゃんは、当然のように斉藤先輩の隣に座っていた。

私、どこに座ればいいんだろう・・・・・としばし呆けていると座席の一番後ろの席からにゅっと手が伸びてきた。



ちゃん、ここ座んな」

「早く座らねぇと土方にどやされんぞ〜〜」



手の正体は原田先輩で、その隣りで永倉先輩がパンを加えていた。

このバスは観光バスと構造が同じで、左右にそれぞれ二人座り、一番後ろの席だけは五人席になっている。

そこに二人だけで座っている先輩たちが、自分達の座っている席をぽふぽふと叩いた。



「ここな、ここ」


原田先輩の笑顔に押され、二人の真ん中の席に座らされる。

前の座席の左の席には沖田が一人で、右の席には藤堂と烝が座っていた。

・・・・・・・・・・しょっぱなから気まずいんですが。





「よく逃げなかったな〜〜ま、逃げても追いかけるけどな」

永倉先輩がもぐもぐと口を動かしながら、他人事のように笑う。

「大方、土方さんが怖くて逃げるに逃げられなかったんだろ」

原田先輩も同様に笑う。

「一度引き受けたことですから・・・・というか、永倉先輩、そのパン下さい」

「お、お前ぇも朝飯食ってねぇのか。」

「食べてないです・・・・私も買ってくればよかった」





どんな経路で行くか分からなかったし、正直コンビニによる余裕もなかった。

ぐーっと鳴るお腹を押さえると、永倉先輩が大きなメロンパンを一つくれた。





「休みだってのに、俺らの身勝手でタダ働きさせちまうからな」

「いえ、そんなことは――――」

「あー、そうだ!!」




ありません、と言おうとしたら、藤堂がいきなり大声を上げて、前の座席から乗り出してきた。

手にはA4サイズの紙袋。それを上から放って寄こす。



「はっ!?何藤堂!?」


上から落ちてきた包みに思わずメロンパンを落としそうになりながら、何とかキャッチする。

睨みつけると悪戯が成功した子供のような無邪気な笑顔で藤堂がへへっと笑う。


「それやるから、今日読んどけよ!明日テストするからなーー」

「は!?テスト!?なに!?」


その言葉に慌てて紙袋を開けると、そこには簡単なデフォルメのイラストが描かれた本が出てきた。




「剣道入門 初心者編」


思わず本のタイトルを読み上げる。見たところどう見ても新品だ。


「なんだよ、平助にしては気が利くじゃねぇか!」

「やるなー、座布団一枚!」

「新八先輩、それなんか違うって!!」


感嘆の声を上げる原田先輩に永倉先輩が続く。

ペラペラと捲ってみると、分かりやすくイラスト付きで剣道のルールや防具の名称が書かれていた。



「わー、ありがとう!これ、借りていいの?」

「や、貰っていいと思うぜ。なぁ烝君」



・・・・・・・・・・・・・・・・・え?


今、なんて言いました、藤堂。




「買ったのは山崎君らしいよ」


それまで黙っていた沖田君がさも面白そうに振り向いて言った。


「なんだよ、やっぱりな、平助がそんなに気が利くわけねぇしな」

「じゃー、山崎に座布団一枚!」

「うわーっ、ひでぇっ!俺だって色々考えて―――、!分からないことがあったら俺に聞けよな!間違っても新八先輩だけには聞くなよ!」

「おーおー言ってくれるじゃねぇの!平助にルール説明出来るのかぁ?」

「出来るに決まってんだろー!」

「怪しいなぁ、平助じゃね。さん、僕なら手取り足取り教えてあげられるから、頼りにしてくれていいよ?」

「おいおい、総司の親切ほど怪しいもんはねぇな」

「そういう左之さんだって、十分怪しいけどね」





わいわいと皆の騒ぐ声に包まれる。

けれどその会話のほとんどが、私の耳には入ってはいなかった。

烝は原田先輩や藤堂に呼ばれてもほとんど声を出すことなく、一度もこちらを振り向くことはなかった。