暦も五月になると、すっかり高校という空気に馴染んでくる。

この子名前なんだっけ?、なんてこともなくなった頃には、一通りの人間関係も出来ていて。

特に女の子はグループを作るもんだから、色々とややこしいこともある。

雪村千鶴の周囲の環境をはっきりと認識したのもこの頃だった。









「千鶴ちゃん!これから部活?」

ちゃん、うん、そうなんだ」

「斉藤先輩こんにちは」

「ああ」




クラスが違うと千鶴は放課後と部活の間のちょっとした空き時間によく話をする。

最近ではその輪に斉藤が加わり、剣道部の話もよく聞くようになっていた。







「今日雨降りそうだけど、剣道部は天気とか関係ないのかな?」

「道場を使える日は限られているからな。使えない日は外で基礎トレーニングをしている」

「川を走ったりもするんだよ。でも、今日は道場の日だから、雨降っても大丈夫かな」

「そうなんだー」





話題はその時によって様々で、二人が部活に遅れないよういつも大体5分くらいで切り上げる。

けれどこの日はやけに二人とも饒舌で、何かそわそわしているようだった。






「あ、あのね、ちゃん!今日・・・・今から暇かな?」

「へ?うん、まぁ・・・・暇だけど、千鶴ちゃん部活でしょ?」

「うん、そうなんだけど・・・・・」




千鶴ちゃんが、ちらりと斉藤先輩を見る。



「よければ部活を見に来ないか?」

「え?私が!?」

「ああ」



静かに頷く斉藤先輩と一生懸命こくこくと首を縦に振る千鶴ちゃんの態度でそれが冗談じゃないということが分かる。

けれど確か剣道部は、部外者見学御断りのはずだ。・・・・・・・・・特に女子生徒は。




「部長の土方先輩も一度連れてこいって言ってくれたんだよ」

「え?部長・・・ってあの、怖そうな人?」



剣道部で私が話をしたことがあるのは、この二人くらいで他には何度か見かけたことがある程度だ。

土方さんは噂通りかっこいいけれど、私からすると始終眉間に皺をよせて今にも怒鳴り出しそうなイメージしかない。



「私・・・・・なんか怒られるようなことしたっけ?」

「ち、違うよ!ちゃんのこと話したら、今度遊びに連れて来いって言ってくれたの!」

「遠慮することはない」




善意の塊のような二人に誘われるとなんとも断りにくいものがある。

けれど、そこにはもしかして口も利けなくなってしまった幼馴染がいるかもしれないのだ。

会えば気まずいし、きっと向こうは私と言う存在が剣道部に関わることを嫌うだろう。

眉間を寄せてこちらをじっと睨むその姿が浮かぶ。




「いや・・・でも練習の邪魔するわけには・・・・」

「邪魔じゃないよ!」

「一度来てくれないか」

「や・・・でも・・・・っていうかなんで?」





そもそもどうして私を誘うのかよく分からない。

首を傾げると、二人はわずかに顔を見合わせる。




「実はね・・・・・今度のGWに合宿があるの」

「合宿?剣道部の?」

「うん、でね、ちゃん、合宿の間だけでいいから手伝ってくれないかな!?」

「へ!?」

「頼めないか?しか適任者がいない」

「・・・・・・・・・・はい?」




お願い、と手を合わせる千鶴ちゃんと頭を下げる斉藤先輩。

けれどどうしていきなりそんな話になるのか。




「だめ・・・かな。私、こんなこと頼めるのちゃんしかいなくて・・・・」

「や!、あの、千鶴ちゃん、ダメってことはないんだけど・・・・えと、でもね、ほら、え〜〜と」





千鶴ちゃんのクラスの雰囲気は、一か月経った今でもあまり良くなってはいない。

私に出来るのはせいぜい明るくふるまって、彼女を笑わせることくらいのものだ。

だからそんな風に私を頼ってくれるのも嬉しいし、手伝ってあげたいのは山々だけれど。

なんにせよ、剣道部、というのが問題なのだ。

だって、ほら、ものすごい目つきの悪いのが一人。




ちゃんならきっと皆と仲良くできると思うし」

「突然のことで戸惑うと思うが・・・・一度、部を見てから判断して貰えないだろうか」






まさかその部に、長年片思いしてて、なのに今は嫌われてるかもしれなくて口も利けなくなった幼馴染がいるんで、嫌です、なんてこと言えるわけがない。

どう断ろうかとオロオロしていると、後ろからやけに明るい声が響いた。





「お!あんたが噂のちゃんか!?」

「おいおい、こんなところで話してねーで、さっさと行こうぜ」

「はっ!?はい!??」




がしっと私の腕を掴んで強引に歩きだしたのは確か3年の永倉先輩と2年の原田先輩。

私から見ても背が高くて、ものすごく体格がいい。そんな男二人に挟まれて腕を掴まれれば、当然ずるずると引きずられてしまって。




「ちょちょちょっ!どこ行くんですか!?」

「道場に決まってるだろ」

「いやー、助かるぜ!何しろ人手が足りなくてよ〜〜千鶴一人じゃ大変だもんな!」

「いやいやいやいや、誰も行くなんて言ってない!言ってない!!!」





私の抗議もどこ吹く風、二人の足はすたすたと道場の方へ歩いていく。

後ろから斉藤先輩と千鶴ちゃんもついてきて、さながら捕まった宇宙人のようだ。







「ほら、到着!」

「連れて来たぜ、土方ー!」




永倉先輩が勢い良く道場の扉を開く。

そこには、道着姿の、土方先輩と他数名が揃ってこちらを見ていた。






「おう、連れてきたか」

「こ、こんにちはー」


この人が噂の鬼部長・・・・・とりあえずは棒読みで挨拶してみる。




「おー、、ご愁傷様ーー」





すると土方先輩の横ではははっと聞いた事がある笑い声が聞こえた。

いまだ原田先輩に腕を掴まれたままの私がよほどおかしいのか文字通り腹を抱えて笑っている。

それは同じクラスのムードメーカー、




「と、藤堂!?あんた剣道部だったの!?」

「おう!いやー、ようこそ剣道部へ!!」

「あんた知ってたわね!!」

「いやいや、口止めされてたんだって。でも俺もなら歓迎だぜ?」



「そうか、平助とも仲が良いのか」












私の後ろで安心したような斉藤先輩の声が聞こえた。

土方先輩も面白そうに私を見ている。

その土方先輩の背に隠れるような形で、・・・・・・・居た。





一見無表情に見えるその姿は何を考えているか分からない。

私を見てはいない。

多分、無関心なんだろうと思う。

道着に身を包み、白い上着の肩にしっぽのような毛束が揺れている。

手に竹刀を握ったその姿は私が知っている頃より、数倍逞しく見えた。






「俺が部長の土方だ。今日は見学して行け」

「い、いえ・・・・結構です・・・・」

「ああん!?その為に来たんだろうが!おい、お前ら!逃がすなよ!!」

「「了解!!!」」

「え、なにこれ!!なにこれ〜〜〜!!!」







土方先輩の怒声と共に、がっしりと私の横に原田先輩と永倉先輩が並び立つ。

もちろん両腕は彼等に抱えられていて、捕らわれた宇宙人再び状態。

そのままずるずると道場の隅にひっそりと置かれていた座布団の上に座らされてしまった。




「あの・・・・もしかして強制的に手伝わせようとしてません・・・?」

「いやいや、そんなことはしねぇぜ?なぁ、新八」

「そうそう、今日はとりあえず見学ってことだからな。とりあえず今日は

「とりあえずって何ーーー!!!!」





「うるせぇ!!そこ、静かにしてろ!!!」





抗議に腰を上げかけたところで、竹刀のしなる音と、怒声が再び聞こえる。

というか、無理やり連れて来てうるさいって言われても・・・・

土方先輩の声にビビりまくっていると、遠目に千鶴ちゃんと斉藤先輩が心配そうにこちらを見ているのが分かった。

そんなに心配なら助けて下さい。と叫べない今の自分の状況が憎い。









と、いうか、本当にまずいんです。

剣道部だけは勘弁して下さい。

これ以上嫌われたくないんです。



きっと今、最高に睨まれてる気がする。





・・・・・・・・・・・・・怖くて本人見れないけど。















私の心の叫びもむなしく、このあと2時間強制的に正座で練習を見学させられた。

烝と千鶴ちゃんが会話しているのまで見てしまって、思わず目を背けた。

どうしてだろう・・・・私は、自分が千鶴ちゃんには敵わないと思ってしまってる。

きっと、初めて会った、あの時から。


彼女と張り合う理由など・・・なにもない、はずなのに。