天霧は思った。やはり風間は正しかったのだと。

土方歳三、彼は確かに骨の随まで武士だった。生まれ変わっても尚、その気迫と気概を持っている。


木刀と素手、一見土方が卑怯に見えるが実際は天霧の方が押していた。

だが土方とて負けてはいない。打ち合うほどに戦いの勘を取り戻しているようだ。

末恐ろしい男だ。そして惜しい男だ。こんな不抜けた時代に生まれたことこそが不幸。


天霧はしばし目的を忘れて土方との勝負に興じた。それが、後に後悔に繋がるとも知らずに。














誰もが二人の勝負に見入っていた時、山崎の携帯が静かに震えた。

目の前の勝負に心奪われながらも、いつもバイブモードにしてある携帯をそっと取り出すとそれは原田の携帯だった。

数歩後ろに下がり、勝負の邪魔をしないよう小声で通話に応じる。

息もつかせぬ二人の勝負は、今まで見たどんな試合よりも価値があるように思えてあの沖田すら何も言わずに見入っている。




「山崎です」

『おう、今そっちどうなってる?』

「天霧と土方先輩の一騎打ちです。正直、二人の実力がこれほどとは・・・」

『おいおい、目的忘れんなよ。ちょうどいい、山崎、お前だけ抜けて門の裏に回ってこい』

「裏、ですか?」



今土方達は正面玄関で天霧と対峙している。この家は庭も広い。



『裏門から中に入れる。不知火が一緒だから心配はいらねぇ・・・それと、は風間と一緒だ』

「本当ですか!?」

『風間の立ち位置はまだよく分かんねぇが・・・不知火が一度電話した限りじゃ無条件で天霧の味方ってわけでもねぇらしい。とにかく天霧の目を盗んで動くにはいましかねぇ!とっとと来い!』

「・・・・・了解しました」




山崎はそっと電話を切ると、斎藤が顎で庭の方を指した。行け、ということらしい。

頷き、物音を立てないようにそっと走り出す。土方との勝負に興じていて天霧が気づいた様子はない。

庭を囲っている屏沿いに走り出すこと5分、屏に切り目が見え小さな門の傍に不知火と原田の姿を見つけた。



「大丈夫なんですか?」

山崎が不知火を見上げる。腹を押さえているがそれ以外に外傷はなさそうだ。

「おう、悪ィな。ま、こっちもやられっぱなしじゃ収まらねぇからな。手ェ貸すぜ」

「呑気に話してる場合じゃねぇ。おら、とっとと行くぜ。」




原田の言葉に、不知火が先頭を切り走り出す。

庭の木の間をぬうように走り抜けると、大きな木で影が出来ている薄暗い屋敷の角へとたどり着いた。

その角にあたる部屋の窓が開いている。不知火は壁に足を掛けると迷うことなくその窓に乗り上げる。


「よっ、と」

「おいおい、なんか慣れてねぇか?」

「ま、勝手知ったる他人の家ってな」


いつものように軽口を叩きながら、土足で踏み込んだ不知火は部屋の中に誰もいないことを確認する。

部屋の中には誰もいない。が、そのベットのシーツが少し乱れていることに気付いた。

ここはいわゆる客室で、もっぱら不知火が終電を逃した時などに勝手に使っている部屋だ。

常識の範囲外の時間に来てもいいようにとの家人の心遣いで、この部屋の窓だけはいつも鍵がかけられていないし、毎日ベットメイキングをしていてくれる。



まさかはこの部屋にいたのだろうか。だったら一足遅かったか。

舌打ちをしつつ、手招きをして外の二人を中に呼び寄せる。

遠慮がちに中に入る二人を尻目にどこを探そうかと思案していると、部屋のドアが唐突に開いた。




「来たか」

「生徒会長・・・・」


姿を見せたのは、風間だった。

そしてその背にはの姿があった。




「おま・・・無事だったか!」

!!っ・・・はぁ・・・とりあえず風間が犯罪者じゃなくてほっとしたぜ」

「・・・・ふん、あいつと一緒にするな」



先に声を上げた原田と不知火は、どちらともなく顔を合わせて笑った。

その様子を忌忌しげに風間が舌打ちする。

そして山崎は、というと壁に背をもたれさせて大きくため息をついていた。

当人のは状況が読み込めず右往左往している。




、こっちへ来い」



相変わらず腐れ縁の幼馴染にだけ遠慮を見せない山崎は命令系でに軽く手招きする。

おずおずと近寄ると腕を引かれ、抱きしめられた。腰に手を回され、肩に山崎の顔が埋まる。




「す、すすむ!?」

「・・・・無事で良かった・・・・」

「う、うん・・・・」



その言葉に、はようやく自分がどんな目に遭ったのか、そして自分がどれだけ恐怖を感じていたのかを実感して、涙腺が刺激されるのを感じた。

泣かないように腹筋と喉に力をいれるけれど、多分効果はない。自分の意思とは関係なく溢れ出てくる涙を、山崎が指でぬぐう。

そんな二人に背を向けた風間は静かに歩きだした。向かうのは庭。まだ天霧の件が片付いていない。

玄関から足早に庭へ出ると、すぐに剣道部全員が目に入った。土方と天霧の白熱した勝負に目が離せないのだろう。





「おい、貴様ら」

「わっ!生徒会長!」

「此処は危険だ。中に入れ。と他の連中も中にいる。勝負が見たいなら二階の好きな部屋を使え」




風間の言葉に皆が目を見開く。だが沖田はまっさきに玄関へ走り出す。


「おい、総司!」

ちゃんの無事を確かめてから、2階の部屋使わせてもらうよ!」

「・・・俺達もそうさせてもらおう」


戸惑う平助をよそに、総司の姿はすぐに見えなくなってしまった。

斎藤が平助と永倉を促して、総司の後に続く。彼らにとっては風間の存在よりも最早二人の勝負の行方こそが大事なのかもしれない。

残されたのは、勝負に興じる土方と天霧。

本当に意外だが・・・・戦国のままの天霧と、土方は同等の打ち合いを繰り広げている。

風間の中の疑念が確信に変わっていく。





「土方・・・・貴様・・・・・」





小さく呟かれたその声は、二人には届かない。

やがて打ち疲れたのか、二人の手が止まった。それまで無口だった土方が口を開く。





「そういえば・・・てめぇと闘ったのはこれが初めてだったな・・・」

「・・・・・」

「てめぇの中の鬼、俺が祓ってやるよ!!」




土方の姿が消える。否、消えたのではない。

素早く身を翻した土方が、人間の目で追いきれなかったのだ。

或いは鬼の肉体だったなら、それは見えたのかもしれない。だが、風間も天霧も肉体は人間そのものだ。

風間は初めて土方の本当の才能を知り、そして天霧は驚愕した。

或いはそれは奢りだったのかもしれない。人間に負けるはずないという―――鬼の奢り。





「てやっ!!」

「くっ!!」


土方の渾身の一撃は、見事に天霧の肩に決まり天霧は崩れ落ちた。

真剣だったならば確実に肩から臓物まで二つに裂かれていただろう。

獲物が木刀であろうともいまや人の身の天霧には致命傷に違いない。




「勝負、あったな」

「見境なくしやがって!馬鹿野郎が!」




風間の言葉に、土方が吠えた。だがその表情は怒りではなく苦渋に満ちている。




「・・・・なぜ、貴様などに・・私は・・・ただ・・を・・・」


勝負は付いた。それでも尚立ち上がろうとする天霧を土方は冷たく見下ろした。




「てめぇは別にを愛しているわけじゃねぇ。ただを愛している自分が可愛いだけだ。自分の幸せの為にを利用する、てめぇはただそれだけの男だ。あいつのことなんざこれっぽっちも考えちゃいねぇんだよ。それじゃどんなに腕が立とうがうちの山崎には勝てねぇぜ」




尚も狼は吼え続ける。



「それでもまだあいつが欲しいってんなら俺が相手になってやる。あいつらを護るのが、俺の仕事だからな」

「土方・・・貴様やはり・・・・」


風間は喉から出かけた言葉をぐっと堪えた。

それを口にしてしまえば、嫌でも血の匂いがする過去から逃げられなくなる。

立ち上がることを諦めた天霧を土方は一瞥し、まるで血を払うかのように木刀を一振りした。



「風間・・・・世話になったようだな。お前とも、決着付けるか?」

「ふん・・・それはまたの日にしておいてやろう。いつまでも人の家の庭ででかい顔をしていないでとっとと帰れ」

「くくくっ、違いねぇ」




年齢に似合わぬ笑みを浮かべ、土方は空を見上げた。もう陽が落ちかけている。

やがてドタバタと足音が聞こえ剣道部とが玄関から姿を表したのを認め、土方は安堵の息を吐いた。



、怪我はねぇか?」

「は、はい!ありがとございます!」

「んじゃ!帰るか!」

「結局俺達、なにもしてねぇじゃんか。つまんねぇーの」

「なんだ、平助。お前相当ビビってたくせによ!」

「それ言うなら新八っつあんだって!絶対天霧相手じゃ勝てなかったじゃんよ!」

「まぁ、それは二人ともでしょ。僕は勝てるけどね〜」

「総司・・・それはどうだろうか」

「うるせぇんだよ、てめぇら!!とっとと帰んぞ!!」

「「「「「うっす!」」」」」









「ふん・・・・相変わらず騒がしい奴らだ」



そう言って静かに微笑んだ風間の頬を沈みかけた夕陽が照らしていた。






















翌日、いつものように学校へ行くと、玄関の掲示板に天霧が短期留学に行くことになった旨が淡々と記されていた。

驚く者、悲しむ者、無関心な者、様々な反応を背に風間は生徒会室を目指す。

そこにはあらかじめ呼んでおいた土方の姿があり、風間は軽く手を上げた。



「待たせたな。処理に少々手間取った」

「構わねぇよ。こっちが頼んだことだ」

「見返りは剣道部の予算に宛てておいてやる」

「ふん、期待してるぜ」



処理とは天霧の留学の件とそれに伴う学園の風紀の管理を土方が代役を務めるというものだった。

天霧は学園の不良の一掃と牽制に一役買っていた。その天霧がいなくなればこれ幸いと暴れだす者も出てくる。

その牽制役として剣道部主将の土方が名乗りを挙げたのである。極めて妥当な人選だ。



「あの二人の様子はどうだ?」

「どの二人だ?」

「とぼけおって・・・とあの山崎とかいうガキだ」

「ああ・・・気になるか?ま、進展がねぇとだけ言っておく」

「釣り橋効果は無しか?やれやれ、それでは天霧も浮かばれんな」

「いいんだよ。まだガキなんだ。時間はたっぷりある・・・・・・昔とちがって・・・な・・・」

「・・・・・・・・そうだな」













   誰が彼女を殺したか   即ち、彼女が誰を愛したか




その答えを目の前の男は知っている。その確信が風間にはある。

だがそれを問うことはしない。

少なからず近い未来で、その答えはと山崎が過去とは違う新しい答えを導き出すに違いないから。











       

鬼の宴 終宴