天霧にはどうしても確かめなければならないことがあった。

それはずっと胸につかえていたこと。天霧の執念の原因と言ってもいい。

これはあくまで一つの賭けだった。

非日常的な事件を起こし、彼女の、彼らの記憶の匣を無理矢理こじあける為の。

あの出来事さえなければ、

ゆっくりと何も知らぬを時間をかけて懐柔しても良かった。

だがそれでは、永遠に機会は失われてしまう。

天霧の妄執の根底にあるもの。それはたった一つの疑問。




誰がの遺体から遺髪を切り取ったのか、


即ち、


が誰を愛したか――――――――――







呪宴3












天霧九寿が風間と違ったのは、天霧は最初から天霧九寿として生まれてきたということだった。

前世の記憶があるのではない。初めから、むしろ疑問は心よりも身体の方で、何故自分の身体が子供であるのか――――そんな感覚を持ちながら天霧は幼少時代を過ごした。

死んだ記憶はない、だがどうやら自分は生まれ変わったのだと分かるのに、さして時間は掛からなかった。兎角、頭の中は大人で身体は子供であるから両親にとって子供らしからぬ子供であったが、それでも鬼として育った時よりもずっと穏やかにこの世の生を満喫した。



ただ一つ不満があるとすれば、それはやはり愛した女が傍にいないことだった。

文明がやたら発展している世で、人を探し出すことは容易に思えたが、子供の身体ではやはり困難で。

大切に育ててくれる両親にも申し訳がなく、四苦八苦に子供を演じながら身体の成長を待つ日々。

両親が呆れるくらいに品行方正に育った天霧が言った我儘と言えば、空手を習いたいと言ったことだろうか。

母は怪我でもしたら、と困惑し、父はさすが男の子だ、と笑った。だが彼らは知らない。知る必要もない。その言葉に隠された本当の意味を。


身体を鍛えたかったのは、必ず彼女を手に入れるため。

どんなことをしてでも、その為に障害があるなら、例えそれがどんなものでも必ず”排除”出来るように。

そしてを絶対に逃がさないため。

何処にいても、どんなことをしてでも、必ず見つける、手に入れる、その、力とするため。








そんな天霧に転機が訪れたのは、風間との再会だった。

中学時代、空手の試合会場の隣で行われた剣道の試合で、風間の姿を見つけた時は、さすがに冷静ではいられなかった。

思わず名前を叫んだ天霧を、風間は少し困惑したように見つめ、一言こう言った。


『夢ではなかったのか』、と。


その時初めて、風間と自分との違いを知る。

風間が前世の記憶を取り戻したのは、何故か惹かれた剣道を始めたここ数年の間だということ。その記憶が前世ではないかという疑問を持ちながらも確信がなかったこと。

姿形はそのままなのに、どこか少年の面影を隠せない風間は、少しくせのあるものの、ごく普通の中学生だった。



天霧は風間との違いを、こう思っている。

前世の魂をそのままに生まれてきた天霧は、この世の理を壊すほどに、神が恐れるほどの執念を持って生まれてきたのだと。























「天霧!」





聞こえた声に振り向いた。そこには予想通りの人の姿。

場所は風間の家の広い庭。そこで天霧は彼らが来るのを待っていた。

本当はの傍から離れるつもりはなかった。けれど腕に気絶したを抱えて天霧が風間の元を訪れた時、さすがの風間も焦ったようで無理やり天霧の腕の中からを奪い去ったのだ。

困惑している風間を天霧は嗤った。




『貴方だって昔同じ事をしようとしたでしょう』



そう言うと、風間は苦虫を噛み潰したような顔での身体を強く抱きこんだ。






やはり、そうなのだ。



今の風間は記憶の欠片は持っているものの、天霧が知るままの風間千影ではない。

記憶はあるものの、記憶が戻る度に言動や行動が似てこようとも、結局はただの高校生なのだ。

新選組もまた然り。姿は同じでも彼らの誰一人、前世の記憶を持つ者はない。



自分だけが。自分だけが取り残され、自分だけが本当の意味でこの世に蘇った。

なんの為に?それはもう知っている。









「てめぇ!一体どういうつもりだ!」

「土方・・・私はどうしても確かめたいがあるんです」

はどこだ!!」

「土方、貴方は報告を受けているはずです。誰が彼女を殺した・・・・・・・・か」

「!?」




土方が目を見開いた。後ろにいた他の剣道部のメンバーも困惑している。

やはり、ここまでしても記憶の蓋は開かないのか。失望と共に怒りが襲う。






「せっかくですから手合わせでもしましょうか?さすがに真剣で、というわけにはいきませんが」

「てめぇ・・・わけのわからねぇことをごちゃごちゃと・・・」



土方が背に背負っていた袋から木刀を取り出す。

だが、相手にもならない。昔ならいざ知らず、どんなに土方が強いとしてもそれはこの平和な世の中での話だ。



天霧が拳を構えると、土方もゆっくりと木刀を構える。

それは天霧が考えていたよりも遥かに気迫の入った構えで、天霧は少しだけ意外だと思った。

その姿は新選組時代の鬼の副長、土方歳三と見事に重なる。もしかしたら身体が真剣での遣り取りを覚えているのかもしれない。


存外、面白くなりそうだ―――――天霧はゆっくりと最初の拳を繰り出した。




























「そういえば、ちー様、私の携帯知りません?」

「本当にのんきな女だな。もう少し早く気付け。そして話すならまず食うのを止めろ」



もぐもぐとリスのように口を動かすに風間は呆れながらも口端を上げた。

風間の記憶の中にいる鬼のは、もっと冷静で冷めた女という印象があった。

それに比べれば、目の前の女は姿が同じだけでまるで別人のようだ。

いや、事実別人なのだろう。風間とて、記憶が戻る前はそれなりに年相応の子供だったはずだ。

財閥の長男に生まれ、帝王学を幼少のころから学ばされていたから、普通、とは形容しがたい性格に育ったが、少なくとも鬼の風間千影のような男ではないと断言できる。

種族繁栄のために女を攫おうとしたり、人を人と思わず斬り伏せたり、鬼の風間千影の尋常ではない行動の記憶に、風間は時折苦しまされていた。



だからこそ、現世の風間は同じ世にいる鬼の仲間達を集めた。

不知火、千、君菊、、そして天霧。

過酷な鬼の運命に翻弄された仲間達を見守り、人として幸せになる為に。

天霧もそうなのだと―――――勝手に思っていた。

けれど、違った。あの男は過去のままの天霧、つまり”鬼”なのだ。

今は犯罪でも江戸の世ならば許された非道を躊躇なく行う、真の意味での、鬼。



を攫ってきた天霧を見た瞬間、それを確信した。

だからこそ、鬼の手からを奪い去ったのだ。それこそ、殺されることを覚悟して。






「お前は身一つだった。携帯もなにも持ってはいなかったぞ」

「じゃあ、不知火先輩の家ですかね・・・大丈夫かなぁ、不知火先輩」

「人の心配より自分の心配をすることだな。とりあえず、早く食え」

「らっておいひんれふもん、これ」

「口を開きながら、食うな!」








を救うにはどうしても新選組の力が必要だ。自分一人では、あれはとても手に負えないだろう。

なんの縁があって元鬼のが元新選組の彼らと行動を共にするほど親しくなったかわからないが、それで幸せならそれでいいと思う。

縁、とは本来自由であるべきなのだ。

しがらみや鎖に縛られた縁は、人を不幸にするだけで決して幸せにはなれない。

前世に縛られるなんてあまり馬鹿げた話だ。前世で恋人であったから、現世でもそうでなければならないなんて理屈はない。それはあまりに傲慢で独りよがりな我儘だ。




・・・貴様は好きな男はいるのか?」

「へ!?・・・なんですか、いきなり!」

「単なる好奇心だ。だが答えずともいい。今の反応でわかった」

「な、なにがですか!」

「くくっ、貴様は正直だな」




顔が真っ赤になったにそれは誰だか問おうとして、止めた。それは意味のないことだ。


が誰を好きだろうと、それは当人の自由で、過去は関係ない。風間がそうであるように。




風間は、千に惚れていた。

が、それは鬼の風間千影が女鬼の千姫にではなく、

ましてや、今の風間が記憶の中の千姫にでもなく、

現世の風間が現世の千、という一人の女生徒にだ。



だが風間は知っている。過去の自分が、かつて子孫繁栄の為だけに取引して彼女を娶ったことを。

鬼の夫婦は決して互いを愛さず半生を共にした。その過去が、今の風間に千に思いを告げることを躊躇させている。

過去は関係ない、と言ってもやはり迷いは生じる。その迷いを、過去を吹っ切るには今回の件は都合が良い。







「お前が俺を利用したように、俺もお前を利用させてもらおう、天霧」







に気付かれぬよう、締め切った部屋のカーテンの隙間を覗く。

そこには対峙した土方と天霧の姿があった。

タイミング良く手の中の携帯が震える。ディスプレイには不知火の文字。

―――――役者は揃った。