轟々と、音を立てて街が燃えている。

炎が全てを焼き尽くし、何もかも消えてしまう。



追いかけなくては、

早く、早く!!

追いかけなくては、





なにを・・・?

誰を ――――?









呪宴2











「っ!!!」



ひどい夢を見て息苦しさに瞼を開いた。

瞼を開いたはずなのに、目に光が入ってこない。

どうして?そう思い、頭を左右に振り気だるい感覚を無理矢理覚ます。

頭がずきりと痛んで目だけで周囲を見回す。すると、薄暗い中に棒のような影を見つけて身体が一気に凍りついた。


ひと・・・か・げ・・・!?


それは明らかに人の形をした影で、途端に何があったかを思い出す。




「・・・・っ・・・!!」





恐怖で声が擦れる。

混乱する頭で懸命に身体を動かそうとして、手が柔らかい何かを掴む。

それは白いシーツだった。もがく身体が上下に揺れるのと同時にギシギシと音がした。

どうやらベットの上に寝かされていたらしい。けれど手足は自由なままだ。

人影がゆっくりとこちらに近づいてきた。


「・・・っ・・・!」



後ずさってすぐに、壁にぶつかる。ベットが壁の角に置かれているようで、背後と左が壁で遮られているのだ。

どうしよう、どうしたらいい?

何も思いつかない。さっきから喉がぴたりと閉じてしまったかのように息が出来るのに声が出なかった。

そうしている間にも影が近付いてくる。私よりも大きい、男の影。

すべて厚いカーテンで塞がれている窓。その一つだけがカーテンずれてぼんやりとした光を放っている。

その光が金色の髪に反射して煌いた。





金色・・・・・!?




「あっ・・・あっ・・・・」



思わず指さしてしまう。だって・・・  影は天霧じゃなくて・・・・・



「ちー様!?」


咄嗟に出た声に反応して影が、ぴたりと止まった。
















「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・念の為聞いておくが、そのふざけた呼び名は俺のことか?」




一呼吸置いた後、いまだ顔が見えない影の男が額に手を当てながら呟いた。

顔が見ていたならば多分その口元はひきつっていただろう。

緊張が吐いたため息と共に消えて、私はおずおずと壁にぴったりと付いていた背中を起こし前かがみに座り直す。


「念の為に言っておきますが、言いだしたのは私じゃなくてファンクラブのお姉さま方ですよ」

「ほぅ。しかし貴様もそのふざけた呼び名で呼んでいるならば同罪だろう?」

「風間生徒会長ってよりは呼び易いですし。『ちー様』なんて三文字ですよ、三文字」

「・・・・呆れるほどのんきな女だな。今がどういう状況だかその軽い脳みそでは把握できないらしい」

「・・・・・・・・は・・・・あ!!誘拐犯!!!」



さっきと同じように風間を指差して叫ぶ。てっきり天霧かと思ったから、違う人間を見てつい気を抜いてしまったけれど、この場にいるということは間違いなく風間は天霧の仲間だ。

急いで辺りを見回す。薄暗い部屋。大きなベットに机しかないけれど、部屋の間取り自体は相当広い。

壁に絵のような物がいくつか掛けられているが私物はなく生活感が感じられない。どうやら物置きと言うよりずっと使われていなかった部屋のようだ。



「ちょっ、やっ!どうしよっ!!」

「落ち着け。貴様は客だ。なにもせんから、まずは落ち着け」

「きゃ、客って!!そっちが勝手に―――」

「連れてきたのは天霧だろう。俺は貴様を預かっただけだ。」

「それが共犯だって言ってんじゃないですか!!」

「俺は天霧から貴様を保護してやっただけだ。感謝するんだな」

「へ?」



その言葉に、目を丸くする。ベットの縁まで近づいてきた風間の顔がようやく見える。

その表情は思ったよりもずっと柔らかかった。




「貴様とて分からんわけでもあるまい。好いた女を手に入れた男が次に起こす行動を」

「な、・・・そ、そんなんわかるか!!」

「くくっ・・・怯えるな。だから俺が保護してやったのだ。感謝するんだな」


ぐいっと風間に顎を引かれる。互いの顔が近付いて、笑いを堪えている風間の息がかかる。

それは厭らしい笑いじゃなくて、悪戯小僧のようなあどけない笑いに近かった。



「腹が減っただろう。餌を用意してやったぞ。食すがいい」

「なっなっ・・・減ってなんか・・!」

「嘘を付くな。寝ている間にぐぅぐぅと腹の虫が聞こえていた」

「え!あっ!・・・・・・・・そういえば空いたかも・・・?」




思わずお腹を抑えるといつも憎らしいお腹の肉がかすかに凹んでいるようだった。

今日はまだお昼は食べてなくて・・・・そう、お昼を食べに行こうって・・・・


「ぇ、あ、し、不知火先輩は!?ていうか今何時!?まさか日付変わってないですよね!?」

「不知火なら心配はいらん。頑丈な男だ。それと今は夕刻・・・もうすぐ日が暮れる頃だ。俺が貴様を預かってまだ3時間も経ってはいない」

「せっかく用意してくれんなら食べてやるけど、餌付けされないですから!!というかここ何処!?」

「くくくくっ、本当に頭の足らん奴だ。まず最初にする質問だろうが。俺の家だ。思う存分堪能するがいい貧乏人」

「ちー様の家ってことは・・・・うわぁ、大富豪の家だ!」

「貴様はいつもその調子なのか?」

「そういうちー様も檀上の上で見るよりはまともに見えますよ。俺様何様ナルシストの風間生徒会長」

「貴様は・・・・・・・変わったな」



ぽんぽんと軽口を叩き合っていると、ふと風間が小さな声で呟いた。

よく聞こえなくて「え?」と顔を上げるとそれを大きな手で阻まれる。

その手は私の頭をわしわしと撫でて、けれどその力は強く私は上を向けずに無理やり下を向かせられる。

まるで風間自身の顔を見られることを厭うかのように。



「貴様は変わった」

「変わったって・・・ちー様と話すのはこれが二回目のはずですけど」

「・・・・貴様にとってはな」

「?」




頭を掴んでいた手が離れ、見上げるとやけに神妙な顔をした風間がいた。

まるで何を言うべきか迷っているようにじっと考え込んでいる。




「ちー様?」

「・・・・・・その呼び方は止めろ。行くぞ」



風間の中で、何も言わないという結論に達したのだろうか。

さっさと身を翻すと、扉を開いた。廊下の灯りは暗闇に慣れていた目には眩しい。

よく見ると、風間はいつもの制服ではなく、少し派手目の和服を身に纏っていた。

見た目はそのまんま外人みたいなくせに、妙にその和服が似合っている。



「行くぞ」

「あ、はい!」



開け放たれた扉の向こうは明るく、一瞬天霧ことが頭をよぎったけれどそれを頭の隅においやった。

今はあの人がどうしているかなんて、知りたくない。

立ち止まった私を訝しんで、風間が振り返る。

どうしてだろう。

その姿が妙に懐かしく感じられ、思わず着物の袖に手を伸ばした。

























こんな気分は久し振りだ。ケンカで負けなしだった不知火が最初に負けた相手が天霧だった。

まだ入学したての頃。真っ先に声をかけてきたのは、やたら身体のでかい貫録のある男だった。

さっそくこの学校の頭がおでましか、と拳を繰りだせば全てかわされ一撃を鳩尾に喰らった。

たった一発。

それは不知火が今まで気付きあげてきた自尊心を打ち砕くには充分な一発だった。

今思えば空手の達人相手に無謀極まりないと思うが、その後度々不知火は再戦申し込んだが繰り出した拳は全て外れた。

欝憤は溜まり、それは当然のように別の人間に向けられた。不知火は誰かれ構わず喧嘩を売った。

不良同士の諍いはあっという間に学校に知られることとなり、退学処分となる―――はずだった。




『生徒会?はっ!正気か?』

『それが貴様が退学を逃れる唯一の手段だ』

『猫に鈴でもつけるつもりかよ?俺を在学させててめぇらになんの利益がある?』

『利ならば、ある。貴様には分かるまいが』



初めて会った生徒会長は思ったよりも遥かにイカれた奴だった。

金髪の髪に規定違反の白い学ラン。こいつに長髪や服装を注意された日には間違いなく殴っていただろう。

だが風間も、応援団長の天霧もそんな様子は微塵もなかった。

授業をさぼっても、煙草を吸ってもなにも言わない。不知火に与えられた仕事は学校の不良達を統率し、一般生徒に被害を与えないようにすること。それだけだった。

だがこれは天霧一人で充分に成せる仕事だ。わざわざ不知火を学校に留めてまで頼むようなことじゃない。

どこか違和感を感じながらも、少しずつ居心地の良くなっていく生徒会室のソファー。

気付けばいつの間にか喧嘩することも、天霧に勝負を挑むこともなくなっていた。






久し振りだ、こんな最悪な気分は。





部屋の天井を見上げながら、思う。

天霧も風間もわけの分からない連中だが、悪い奴らじゃない。

どうして、なぜだが分からないが、自分でもおかしいと笑っちまうくらいに、あいつらを気に入ってる。

懐かしささえ感じるのだ。もしかしたら何処かで会ったことがあるのかと尋ねたことがあるが、二人に鼻で笑われたのはいつのことだったろう。




そして本当に何故だか分からないが。

その懐かしさをにも感じた気がした。




「わっーてるよ、うるせぇな」




さっきから繰り返し携帯が鳴っていた。

痛む腹を押さえながら、寝ころんだまま携帯に手を伸ばす。そこには予想通りの名前。



「よぉ、原田。そっちどーなってる?」

『し、不知火!?おまえっ!大丈夫なのかよ!?』

「まだ起き上がれねぇけどな。お前が迎えに来てくれんだろ?」

『ああ、今向かってる!が天霧に連れてかれた!どこ行ったか、知ってるか!?』

「知らねぇが・・・・まぁ、風間が一枚噛んでるだろうな。を無理やりどうこう・・ってのはねぇ、と思いてぇが・・・」

『あと十分で着く!待ってろ!!』

「おう、待ってんぞ、親友」






親友。その言葉はかつて天霧に言われた言葉でもある。

気恥ずかしくて返事もしなかったが、不知火もそう感じていた。


「今度こそ、一発ぶん殴ってやんよ」




やられっぱなしは趣味じゃねぇ。

痛む腹を押さえて立ち上がったのと同時に、ドア越しに原田の声が聞こえて不知火は不適に笑った。