「ま、適当にその辺座れよ」

「はーい、ていうか不知火先輩、部屋汚いですよ」

「いいんだよ、座るとこだけ適当に片付けろ」

「了解しましたー」


部屋の中は服や本が散乱している。私はそれを適当に押しのけて、勝手にクッションを敷いて座った。

場所は不知火先輩が一人暮らししているアパート。







呪宴しゅえん















どうして私が不知火先輩の家にいるかというと、遡ること30分前。

中間テストを剣道部の勉強会で乗り越えた私は、まぁそれなりの点数を親に見せる事が出来て、ゲームソフトが一本買えるだけのお金を手にして悠々と買い物に出かけた。

目指すは行きつけのゲーム屋。小さいけれどどこよりも安く、購入特典だってきちんとついてくる人気のあるお店。

休日らしく子供の姿も多い中、新作のポスターが貼ってある入口を通って、すぐ横の棚に立つ。



「こっちかこっち・・・・どっちも捨て難い・・・」


目当ては最初から二つに絞られていた。けれど買えるのは一本だけ。

どうしても決められなくて現物を見てからどっちにするか考えよう、なんて思ったのがそもそもの間違いだった。

現物を見ても決められない場合はどうしたらいいんだろう。

二つのケースを手に取り悩んでいると、後ろから笑い声が聞こえて振り向いた。



「よぉ。何悩んでんだ?」

「あれ、不知火先輩?」


丁度私の真後ろに立っていたのは膝に穴の開いたジーンズに派手なシャツを羽織った不知火先輩だった。

鎖のようなアクセサリーが腰にじゃらじゃら付いていて、ウルトラマンみたいな形したサングラスをかけている。正直、知らない人だったら絶対避けて通ってるくらいのヤンキー度だ。


「そういやお前ゲーマーだっつってたな」

「そういう不知火先輩こそ・・・それ、買うんですか?」


大きな腕がこちらに伸びてきて掴んだのは私の肩・・・ではなく、私が悩んでいるソフトの内の一本だった。

スタイリッシュ戦国アクション、ストレス解消にぴったりなはちゃめちゃ設定の歴史ゲーだ。


「おう。お前は、どっち買うか悩んでんのか」

「そーなんです。どっちのシリーズも前作買ってるんですけど、今回発売日重なっちゃって」


もう一本のソフトの方は和風のホラーゲームだ。二本のゲーム系統が違うだけにすごく迷う。


「その分だとテストは上々だってみてぇじゃねーか」

「斉藤先輩のおかげですよー!不知火先輩はどうだったんですか?」

「・・・聞くなよ。それより、どうせならお前、こっち買えよ」


不知火先輩は私の手の中にあった戦国アクションを取り上げ、元の棚に戻した。

そして自分はさっさと会計に向かってしまう。


「え、ちょっと、不知火先輩ー!」

「俺がこっち買うから、後で貸してやるよ。だからお前それ買えよ」

「え!?マジですか!!」

「おう。あと、お前このあと暇か?」


レジで会計している不知火先輩の言葉に小躍りしながら後ろに並ぶと財布を取り出しながら先輩が振り向く。


「暇ですけど?あ、つーか、ゲームする予定だったんですけど」

「だったら俺ん家でやろうぜ。ハード揃ってんぞ」

「え!?いーんですか!!」

「このゲームは一人より二人だろ」



会計が終わり先輩が私の横にずれる。ひらひらと私の目の前にかざすのは戦国アクションゲーム。

キャラのテンションの高いこのゲームは確かに1Pより2Pの方が断然楽しい。


「行きます、行きます!!」

「よし、じゃあさっさと帰ろうぜ」






















「ぎゃー!!政宗様!政宗様!!」

「松永ぁあああ!!」




そんなこんなでゲームをプレイし始めて約二時間。

ようやくあるキャラのストーリーをクリアしてエンディングを迎えて二人して床に倒れこむ。


「あー、疲れた」

「だな。腹減ったぜ。どっか店でも行くか?」

「えー、めんどくさい。あと何キャラ残ってると思ってるんですかー」

「全部今日クリアできるはずねぇだろ!・・と、」



ピンポーン。ありきたりのチャイムが聞こえた。どうやら訪問者のようだ。

ちらりと私を見て、足早に部屋を出て行く先輩を見て何気なく自分の携帯を見る。

13:00過ぎ、ちょっと夢中になり過ぎたかもしれない。本当にお腹が空いてきた。





「お・・・・待・・・って・・・」

「・・・じゃ・・・ない・・・・」





お腹を押さえながら床に転がっていると、不知火先輩と誰かの声が聞こえた。

少し、揉めているように聞こえるのは気のせいじゃないと思う。

まさか彼女!?と思いつつ耳を澄ませると、声の主は男のようだ。

やがてバタバタと廊下を歩く音が聞こえ、部屋に二つの影が乗り込んでくる。

それは、出来れば今は会いたくなかった、




「あ、天霧先輩・・・」

・・・・不知火、これはどういうことです」

「関係ねぇだろ、てめぇには。とっとと帰れよ」



私の姿を認めると、天霧先輩が不知火先輩の胸倉を掴んだ。

その形相はまさに鬼と言っても過言ではない。だが不知火先輩は動じることもなく天霧先輩を睨みつける。



「何故が貴方の家に?」

「答える必要ねぇだろ!てめぇはのダチか?男か?違うよなぁ、ただの赤の他人だろうが!!」

「・・・・不知火、あまり私を怒らせないで下さい」

「怒ってんのはだろうよ。突然、てめぇにつきまとわれたこいつの身にもなってみろ!」



それは咆哮、と言ってよかった。不知火先輩の怒鳴り声に私まで身体がすくんでしまう。

だが天霧先輩にそれは通じないようだった。

少しの瞬間沈黙して、そしてシュッとなにかが動く。



「し、不知火先輩!?」


何が起こったか分からなかった。

風切り音がしたと思ったら、不知火先輩が倒れこんでしまったのだ。

慌てて駆け寄るが、その手は届かずに天霧先輩の腕に阻まれてしまう。


「あ、天霧先輩・・・」

「九寿、と呼んでくれと言ったでしょう?」




そう言って微笑む男。けれど目は全然笑っていない。

大きな腕に私の身体が包みこまれ、ぞくりと走った嫌悪感に握っていた携帯は私の手の中から滑り落ちた。




























「よし、これより一時間昼食休憩とする!」



土方の声が道場に響き、一同は一斉に礼をする。

白熱した練習でいつもよりも少し遅い昼食となってしまい、部員達は一斉に弁当へと手を伸ばした。




「あーー!腹減ったぁ!!」

「そうだな」


平助の叫びに山崎も相槌を打つ。自分のカバンから弁当を取り出すと、鞄の中でランプがチカチカと瞬いているのに気付いた。

不在着信を知らせる携帯のランプだ。開くと 伝言メモ1件となっている。



「珍しいな・・・」


友人間ではメール機能がある為、めったに伝言メモなど使われない。

もしや家からだろうかと履歴を見ると、そこには登録されていない11桁の数字が並んでいた。

しばらくそれを見つめ、もしかしてと思いつく。

山崎は性格上、気心の知れた相手にしか携帯の番号は知らせていない。そして知らせた相手の番号は全て登録してある。

登録されていない番号で思い当たるのは一つ、の番号しかない。

以前、の携帯に触れた時に本人には言わずに番号だけを登録した。何故そうしたかと言われれば指が勝手に動いたと言うほかないのだが、何を期待したのだろうと自分でも苦笑せざるを得ない。

言葉では表すことのできない青臭い感情につられて登録された番号は、今の今まで発信された形跡はなかった。

が自分で登録した覚えのない番号に気付き掛けてきたのだろうかと思い、山崎は伝言メモの再生ボタンを押し携帯を耳に当てた。








途端、ガサガサと耳に不快な音が響く。

何を落としたような音、もしかしたら携帯を落としたのだろうか。

想像していたものとは違う内容に山崎は眉を顰めながら耳を澄ませる。





『不知火先輩に何をしたんですか!』


途端、響いたのは若い女の声だった。


『気絶させただけです。それよりも貴方には一緒に来て頂きます』


続けざまに男の低い声。


『や、やだ!!触らないで!!』

『大人しくして下さい。貴方に危害を加えるつもりはありません』

『や、やだぁ!!怖いよぉ!!誰か・・・誰か助けて・・・!!』



ガシャン、再び何かが割れる音がする。


『ブツンッッ――――ピーー―――伝言メモの再生が終わりました』



無機質な機械音が響く。山崎は今聞いたものが一体なんなのかすぐには理解できず、呆然とした。




「烝君?どうかしたの?」


携帯に耳を当てたまま微動だにしない山崎を不審に思い、弁当を広げたまま平助が声をかける。

その声でようやく我に返り、山崎は原田の名前を大声で呼んだ。





「原田先輩!不知火さんの番号知ってますか!!」

「あん?おお、もちろん知ってんぜ」

「かけてください、今すぐ!!!」

「あ?どうしたんだよ、山崎。そんなに慌てて」



すぐにその場にいた全員の視線が山崎に集まる。

何を言ったらいいかわからなくてみるみる内に口の中が渇いていく。

動かない口の代わりに山崎は震える手で携帯を動かした。

再び伝言メモの再生ボタンを押し、その音をスピーカーボタンを押してその場の全員に聞こえるように流す。






ガシャン・・・・ガタッ・・・ガッ・・・・





『不知火先輩に何をしたんですか!』

『気絶させただけです。それよりも貴方には一緒に来て頂きます』

『や、やだ!!触らないで!!』

『大人しくして下さい。貴方に危害を加えるつもりはありません』

『や、やだぁ!!怖いよぉ!!誰か・・・誰か助けて・・・!!』



ガシャン!!


『ブツンッッ――――ピーー―――伝言メモの再生が終わりました』







繰り返された伝言に全員が呆然とする。

今、聞いたものがなんなのか、考える事を頭が拒否している。

考えたくない。だが聞こえたのはと天霧の声・・・・!





「原田ァ!!不知火の携帯にかけろ!!」

「お、おう!!」

「斉藤、天霧の携帯だ!!」

「了解した」



最初に動いたのは土方だった。練習の時にいつも聞いている怒鳴り声。

だがその声には焦りと怒りが入り混じっている。




「全員すぐに着替えろ!平助、総司、職員室に行って生徒会メンバーの住所聞き出して来い!!」

「わ、わかった!!」

「偉そうに命令しないでよね!!」


憎まれ口を叩きながらも沖田は素早く着替えを済ませると、職員室へと駆けだした。

一歩遅れて平助もその後に続く。



「山崎、永倉、木刀を用意しろ!竹刀袋に人数分詰めておけ!!」

「ぼ、木刀を使うのかよ!?」

さすがに永倉が戸惑いの声を上げる。だが山崎は真っ先に自分の名前の刻まれた木刀を袋に詰めて背中に背負った。

「お、おい、山崎!」

「天霧は空手の達人だ。竹刀では歯がたたん」


そのやりとりに斉藤が携帯から耳を外して口を挟む。その顔色は暗かった。


「繋がったか・・!?」

「いや、電源が切られている。まさか天霧がこのような行動に出るとは・・・・」

「原田ァ!!」

「こっちはコールするばっかで繋がらねぇ!!くそっ、天霧にやられちまったのかよ!!」


不知火は見た目だけでなく実際の喧嘩も強い。だがそれは所詮ストリートファイトの領域だ。

武道を極めた天霧とは比較にならない。だからこそ、土方は真っ先に木刀を選んだ。




ちゃん・・・・!」


ガタガタと千鶴が震える。こんな状況一体誰が想像しただろう・・・!

天霧がを連れ去って何をしようとしているのかなんて考えたくもない。









「住所聞いてきたよ!!」


その場の全員が竹刀袋を手にしたところで、沖田と平助が戻って来た。

その手に握られた一枚の紙を土方に渡す。




「原田と平助はとにかく不知火を見つけて事情を聞きだして来い!斉藤は天霧の家に行って、所在を確かめろ!
残りの連中は俺と風間の家に行く。天霧の家は一人暮らしのアパートだ!が連れていかれたとしたらむしろ風間の家の可能性が強ェ!」


風間は財閥の御曹司で、大層大きな屋敷に住んでいると聞いたことがある。

そして不知火とは違い、風間は何故かの事に関して天霧に協力的だ。



「千鶴はどうする?」

斉藤が今にも泣き出しそうな千鶴を横目で見た。

「わ、私も行きます!!」

「駄目だ。お前にはやってもらいてぇことがある。千と連絡が取ってもらいてぇ。不知火以外にもいざという時の為に味方が必要だ」

「!!!・・・はい!!」



「おい、てめぇら!!事は一刻を争う!連絡を怠るなよ!動きがあったらすぐに連絡しろ!!」


「「「「「「おう!」」」」」



土方の号令に全員が一斉に動く。

山崎は言いようのない怒りに袋の上から木刀を握りしめながら走った。

天霧がになにをしようとしているかなんて考えたくもない。

けれど男が女にすることなんて思いつくことは一つしかない・・・・!




「山崎、怒りに身を任せるなよ。こういう時こそ冷静になれ」


土方の声に、山崎は答える事が出来なかった。

もし・・・・もしもになにかあったとしたら、自分は天霧を殺してしまうかもしれない。そうとさえ思う。



青臭い感情と幼い意地と見栄で、突き放して歩み寄れなかった幼馴染。




『助けて』



耳に残った声はどこまでも響いて、山崎は木刀を更に強く握りしめた。