火は全てを呑みこみ焼き尽くす。

美しく人の手によって作り上げれた街が燃えていく様を、女は正視できないと言わんばかりに顔を背けた。



「酷いことを・・・・」

「それが人間というものです」



呟いた言葉を、隣にいた男が拾う。

だがその男の顔も苦渋に満ちていた。この街がどれだけ美しいものだったかを知っているから。



パチパチと木が火によって弾ける音がする。

火が放たれた街より離れたこの丘も、もう安全ではない。



「我々は手を引くはずだったのに・・・風間は奴等を追いかけたのか」

「全く困ったものです。確かに新選組の人間は興味深い。だがあそこまで執着するとは」

「新選組・・・か」

「どうかしましたか」

「いや・・・・なにも」








あの男はどうしただろう。ふとそんなことを思った。

自らが影となり、己の信念の元に日の道よりも闇の道を選んだ男。

何故か記憶に残った。あの強い瞳。

もう一度会いたいと、不思議とそう思わせた。



























いくつ年を重ねただろう。

鬼というものは寿命が人間の何倍も長く、特に純血の鬼は数百年生きる者もいる。

余程の致命傷を負うか、寿命を迎えるかしなければ終わりが訪れない鬼という生き物には死という観念があまりなかった。

死に疎いと自然と生にも執着がなくなる。

あまりに長く生き永らえると、生きようという気概すら失くす。

子孫を残すためだけに繰り返される姦淫、鬼という一族、その全てに嫌気が差していた時、私はその男に出会った。






「何処へ行く」



風間の命令で何度目かの屯所襲撃の際、その男が現れた。

忍装束を身に纏った男、鬼を前に臆さず、刀を抜く様は美しくすらあった。

だが他の新選組が鮮やかな浅葱色の衣姿である中で、その男の黒はいささか目立った。

どんな組織にも裏がある。この男はその裏の人間なのだということは容易に知れる。





「そこをどきなさい。素直に退けば殺しはしない」

「断る。お前を仲間の元へは行かせない」



鋭い眼光。そこからは生きるという意思がはっきりと感じられた。

絶対の意思が宿った刀は時に実力以上の力を発揮する。

それでも鬼の自分からすればこの男を殺すことなど造作もない。

だが何故か、殺す気が起きなかった。




「退きなさい、山崎烝。無用な殺しは趣味じゃない」

「黙れ!何故お前たちはそこまでして雪村君を狙う?」

「もちろん、女鬼が貴重だからよ」

「ならばお前だって女鬼だろう!」

「私にはもう相手がいる。無理やり定められた相手がね。それを思えば確かに、雪村千鶴には同情するわ」



そんなことを言うつもりはなかった。

けれど男の刀を構える身体に一瞬の動揺が走った。

敵に同情されるほど、私は情けない顔をしていたのだろうか。




「雪村千鶴には好いた相手でも?」

「・・・・・それは知らないが、少なくとも風間千影には雪村君は渡せない」

「最もな答えね。無理矢理娶られた相手とは幸せになれるはずもない」

「・・・・・」

「ああ、もしかして。貴方が雪村千鶴のお相手だった?」

「馬鹿なことを。俺じゃない」

「・・・そう。まぁいいわ。でも幸せね、あの女鬼は。こんなにも愛されて」

「君は・・・・」

「少し喋りすぎたわ。今日は私が退こう。だが次はこうはいかない。覚悟しておきなさい」




刀を納め、身を翻す。男が追ってくる気配はない。

黒尽くめの男とは次会えば殺し合いは避けられないだろう。

そう、次に会う時はきっと、互いのどちらかが死ぬことなる。









































燃えさかる京の都を背に天霧と別れ、私は森を駆け抜けた。

森の中に見つけた二つの気配。一人は雪村千鶴、もう一つは山崎烝のものだった。

新選組本隊には今風間ら三人が向かっている。

風間の目的は最早女鬼ではなく、土方歳三との再戦にあった。どこまでもわがままな男だ。

ならば私が雪村千鶴を捕えなくても問題はないだろう。

段々と速度が落ちてきた千鶴を気遣うように時々振り向く山崎と、森の木々を挟んで目が合った。



「きたか・・・!」

「さっさと雪村千鶴をこっちに渡しなさい。そうすれば、命だけは助けてあげる」





不思議なほど心は静かだ。

死を望んだことはなかった。だがいつのまにか生きようとも思わなかった。

目の前の男の背に庇われる女が、ひどく羨ましく、妬ましい。

この感情が意味するものは一体なんだったのだろう。

その答えを見つけることは、もう出来ない。











鬼として生まれ、鬼としての生き方に全てを縛られた。

自由に生きられないならせめて死に方だけでも選ばせて。

生を望まぬ自分が、生を切望する者の糧になるのなら、それはとても幸せなこと。

その強い瞳に囚われた瞬間から、私はこうなることを望んでいたのだ。












だからねぇ、山崎烝。












  貴 方 の 手 で 私 を 殺 し て

















ここから第一話につながります。