お腹が空いたまま昼休みが終わって、鳴いたのはチャイムじゃなく腹の虫。

空腹を必死で我慢して、ようやくホームルームが終わる、というところで担任から配られたのは見るも無残なテストの日程表だった。



「げ」


ああ、学生の本分って勉強でしたっけ?















縁の行方













それは学生なら誰にも訪れる試練。とりわけ高校生活最初の難関でもある。

一年の一学期なんてようやく受験地獄から抜け出して憧れの高校生活にハメを外しかけたまさにその矢先。

学生の内はどうしたって抜けられない試練に、私は鳴いているお腹の虫と共に悲鳴を上げる。




「またゲームできないよ・・・・」




それでなくても最近は剣道部の手伝いでまともにコントローラーを握っていないというのに。

すっかり健康的になってしまった生活習慣に喜んでいるのは親だけで、あくまで自分は手伝いだけのつもりだというのに。

気が付けばすっかり入り浸っていて、確かにこれじゃあお姉さま方に誤解を受けても仕方がないのかもしれない。



「おーい、行くぞーー」



担任の号令が終わり、帰宅となったところで平助の声が掛かる。

そう、入り浸っている原因の一つはこいつだ。

いつもいつも放課後になると当たり前のように声を掛けてきて、下手に同じクラスなものだから逃げられない。まぁ、沖田と違って悪意がないだけマシなんだけど。

だけどっ、



「悪いけど、私今日は帰るわ」

「えっ、なんでだよ!なんか用でもあんの?」

「ある。超ある。つーか、どんだけ私のこと暇人だと思ってんの?」

「えー、でもさー。行った方がいいと思うぜー。、あんま勉強得意そうじゃねーし」

「は?」




勉強?それが剣道と一体なんの関係があるのだろうか。

意味が分からず鞄に伸ばした手が止まりかけると、平助は私の机の上に置きっぱなしのプリントを指さして言った。



「今日からテストまでの二週間部活動禁止だろ。だから今日から部活じゃなくて勉強会やんだよ」

「・・・・それは剣道部のみんなで?」

「そ。俺はイヤなんだけどさー。まー土方さんや一君に教わっとけば赤点は取らねぇだろうし」


平助が肩を竦める。文武両道を掲げるこの学校では赤点を取った生徒は公式試合には出ることが出来ない。

それはどこの部も同じで、だからこそ二週間という部活停止期間を設けてまで生徒に勉強を促す。

けれどそんなことは、帰宅部の私には関係ない。問題はそのあとの言葉で。



「土方先輩と斉藤先輩が勉強教えてくれるってマジ?」

「大マジ!だからも行こうぜ?」


そう言われてせっかく決心がぐらつく。

なんたってあの二人はこの学校の成績ランキングTOP10に入る実力者なのだ。

ちなみに10位内には入らないものの、永倉先輩も意外にも成績は良いらしい。

そんな人達に教えてもらえれば、いつもよりいい点取れるのは確実だろう。



「私、テストで良い点取ったら新作ゲーム買ってやるって言われてるんだよね」

「じゃ、決まりだな!」


にっかりと平助が笑って、じゃあ行こうぜ、と歩き出す。

どこへ行くのかと聞いたら、国語準備室、と返事が返ってきた。確かにあそこならファンや他の生徒の邪魔は入らない。










「あ」




国語準備室に着くと、既に中から賑やかな声が聞こえていた。

開けてみると自分達以外はみんな揃っていて、けれど一人だけ見慣れない人物がいたことに思わず声を上げる。

当人も私が自分を見て驚いたことに気付いたようで、「よぉ」と軽く手を上げた。


「不知火さん、なんでここに?」

「俺も赤点取ると天霧達がうるせぇからよ。左之についてきたんだよ」

「なんだ、ちゃん、不知火と知り合いだったのか?」

「おー、ちょいとな」


私への問いに不知火さんが答えると、原田さんは興味を持ったのかどこで知り合ったんだ?、と不知火さんの肩を小突いた。

どうやら原田先輩と不知火さんは仲が良いらしい。二人も笑いながら小突き合っている。


「平助、、さっさと座れ。文系は俺が教える。理系は斉藤と新八に聞け」


そんな中土方先輩は一人たんたんと皆を二つのグループに振り分ける。

土方先輩のところへは千鶴ちゃん、平助、沖田、原田先輩、私と烝と不知火さんが斉藤先輩と永倉先輩のところへ座った。




「三人とも数学でいいのか?」

普通の教室とは違う、国語準備室の長机にそれぞれが出した教科書を見て斉藤先輩が言う。

全員同じ数学だけれど、烝の教科書は買ったばかりのように綺麗で、私の教科書は表紙からして落書きだらけ、不知火さんに至っては丸められてぐにゃぐにゃになっている様は個性を表していてなんとも笑える。


「はい、お願いします!」

「お願いします」

「っす」



私と烝が軽く頭を下げるのに便乗して、不知火さんも口だけで礼を表す。

三年二人組はそんな不知火さんには慣れているのか、特に気にする様子もなく早速問題に目を落とした。



「ではと山崎は俺が教えよう。新八は不知火を頼む」

「おーし、不知火!俺様とマンツーマンだ!感謝しろよ!!」

「げっ、あんたかよ!どっちかっつーと斉藤の方が・・・」

「んだとぉ!!俺のどこが不満か言ってみろーーー!」



まるで原田先輩相手にそうするように、永倉先輩が不知火先輩の頭に腕を回しぐりぐりと額に拳を当てる。

途端にぎゃあ、と叫び声が上がり、机がガタンッと揺れた。


「わーったよ!!わかったから放せ!!」

「わぁ。私斉藤先輩で良かった――」

ちゃんまでそういうこと言うのか!山崎!お前は斉藤より俺の方がいいよなー!!」

「・・・・・・・・返答しかねます」

「山崎ィイイ!!」

「うるせぇぞ、新八!!」



怒号と共にポカーンと新八先輩の頭に空のペットボトルが当たった。

怒鳴ったのは土方先輩だけど、ペットボトル投げたのは間違いなく沖田だ。

ニヤニヤと笑いながら知らん顔してあらぬ方向を向いている辺り間違いない。




「山崎、君、気にするな。始めるぞ」



永倉先輩の反論が室内に響く中、斉藤先輩は何も聞こえないと言わんばかりにテスト範囲の書かれたプリントに目を落とす。

それに習って私と烝も手元の教科書を開くとそこには奇天烈な文字列が広がっていた。



「どこかわからないところはあるか?」



私が微妙な顔をしていたのに気付いたのだろう。

優しく斉藤先輩が訪ねてくれるが、どうにも答えようがない。だって、ほら、あれ・・・




「「どこがわからないのかわからない」」


正直に口にした言葉が何故か低い声と重なる。

驚いて横を向くと、烝がさらさらとシャーペンをノートに滑らせながら横目でこちらを見ていた。



「いかにもそんな顔しているぞ」

「よ、余計なお世話!!」

「あまり斉藤先輩の手を煩わせるな」

「じゃあどうしろってのよ、これ!」



バンッと教科書を開いて見せると、烝はそのページに目を滑らす。

そしていかにも呆れたかのように頬杖をついてため息をついた。


「基礎問題だな」

「えー、そーですね!!」

「公式は覚えたのか?」

「こ、公式って・・・」

「これだ」



丁寧に爪の切られた指が教科書の文字列を指す。そこにはアルファベットと数字の折混ざった公式がさも大事な公式ですといわんばかりに太字で書かれていた。




「うん・・・見たことある

「覚えろ、今すぐ」

君は山崎に任せておけば大丈夫そうだな」

「え」



私と烝のやりとりを黙ってみていた斉藤先輩がくすりと笑いながらそう言って席を立つ。

そして不知火さんのところへ行くと、二年の教科書を開いた。


「不知火、希望通り教えてやるぞ」

「おい、これ二人掛かりか?そうなのか?」

「有難く思えよ、不知火!俺と斉藤でみっちり教えてやるぜ!?」

「明らかに人数配分おかしいだろうが!土方一人で四人みてるぞ!一人あっち行け、あっち!!」

「文句言わずにさっさと問題を解け・・・・いや、まず聞きたいことがある」

「あん?なんだよ、斉藤」



斉藤先輩が教科書を開いたまま不知火さんの胸倉を掴んだ。

「生徒会は何を企んでいる?」

その言葉に部屋の中が静まり返る。その居心地の悪さに不知火は眉を顰めた。



「・・・・・俺が知ってんのは天霧がやたらに執着してるってことだけだ」

「それは何故だ?」

「知らねぇよ!ただ・・今まで散々女には興味がねぇって面してたからな。それを考えりゃ今の天霧の行動はちょいと異常だぜ」

君、なにか心当たりは?」

「それが・・・全然ないんです。というか、この前知り合ったばっかだし」

「はぁ!?マジで!?でも名前で呼び合ってたじゃん!」

「だーかーらー!それは先輩にそう呼んでくれって言われたんだって。というか体育会系って皆そんなもんなんじゃないの?」

ちゃん、僕等も体育会系の枠の中に入ると思うけど?」

「そういやそうか。あ、でも不知火先輩勝手に呼び捨てしてますよね?」

「俺はいいんだよ。それに俺は気に入ったやつしか名前呼ばねぇし」

「私のどこか気に入ったと?」

「馬鹿さ加減」

「はーい、その面いっぺん凹ましたろかー」

「やれるもんならやってみな」




不知火先輩と軽いやりとりをしながら考える。

けれど心当たりなんてあるはずもなくて。

無駄な時間ばかりが過ぎて、あっという間に下校時間になり、その場はお開きとなった。

















下校時刻が過ぎても外はまだ明るい。

夏の気配を感じさせる陽の長さは帰り道を夕日色に照らしている。

最近恒例になってしまった剣道部で集まった後の烝との二人きりの帰り道、いつものようにあまり会話もないまま家の前に着くと、ふと烝が口を開いた。



「お前、最近なにか変わったことなかったか?」

「へ?ああ、天霧先輩のこと?」


それならば散々斉藤先輩や平助に問い詰められた。けれどやっぱり、頭に浮かぶことは何一つなく。

その代わりに浮かんだのは、全く別のこと。


「そういえば最近・・・・」

「なんだ?」

「よく寝てる」

「・・・は?」

「なんか最近、あの夢見なくなったなぁ。なんでだろ?」

「お前の夢の話なんか聞いていないが」




興を削がれたのか、もういい、と烝は家の中に入って行ってしまった。

自分も家に入ろう、と歩きだして、そういえば、と思う。











夢の中には何人か、登場人物がいる。

場所はいつも戦場。焼かれた街と逃げ惑う人々。それをとても高いところから眺めている自分、いや、自分達がいる。

あれは誰だろう。私の隣にいるのは。

そして誰だろう。そんな自分達に刀を向けてくるのは。











私が見つめていたのは、一体誰だったのだろう。