昼休み、皆で食べようと誘われて私はお弁当を持って教室を出た。



、いくぞー」

「了解―」



同じクラスの平助と二人で国語準備室へ向かう。

剣道部の近藤先生のテリトリーだから邪魔が入らないのだ。

大体剣道部はいつもここで集まっているらしい。

時々誘われて私も参加するようになった。


そして今日も適当に平助と話をしながら歩いていると、突然後ろから声を掛けられた。











絡まれた縁











、今からお昼ですか?」

「あれ、九寿先輩。こんにちは」



声の主は昨日助けてもらった九寿先輩だった。

すぐに分からなかったのは、今日は普通にブレザーを着ているからだ。

まるで見本のようにきっちりと閉められたボタンにネクタイは斉藤先輩のよう。

昨日は放課後だったから、応援団の格好をしていたのかもしれない。





「こんにちは。良かったらご一緒出来ないかと思ったんですが――」

「へ?なにを?」

「お昼、先約がありましたか」



ちらりと九寿先輩が平助の方を見る。

平助は驚いているのか、私と九寿先輩の顔を交互に見つめる。




、応援団長と知り合いなのかよ!?」

「え、−っと、」


昨日知り合ったばかりで、お昼一緒に食べるような仲じゃないんだけど、

とは言えず言葉に詰まる。

すると九寿先輩が、にこりと人の良さそうな笑みを浮かべた。


「どうせ剣道部で集まるのでしょう。たまには彼女を貸していただけませんか?」


その言い方はまるで、いつも剣道部のせいでと食べれないと言わんばかりの声色だ。

藤堂が九寿先輩の勢いに押されたのか慌てて頷く。


「じゃあ、!千鶴には言っておくから」

「え、ちょ、平助!?」



いや、私まだこの人と食べるなんて言ってないけど!

声なき声は平助には届かず、その場には私と九寿先輩が残される。

一体どういうつもりなんだろうか、この人は。

そう思ってちらりと見上げると、微笑む先輩。

からかったり、悪気がある感じじゃないから、真意が読めない。




「では、行きましょうか」

「どこに、ですか?」

「生徒会室でどうですか?今日は風間も不知火もいませんから」

「せ、生徒会室!?」



風間って確か土方先輩と人気を二分する超絶イケメンの生徒会長じゃなかっただろうか。

不知火って人も確か生徒会の人だった気がする。生徒会も剣道部並に人気があるらしいし、きっと九寿先輩も人気があるんだろう。

生徒会室に連れて行かれるということは・・・・やっぱり昨日のことが気になるんだろうか?

生徒会の人間としてはイジメ放っておけないのかもしれない。

そう考えればお昼というのは口実なのだろうか。





「じゃあ、お邪魔します」

「ええ、どうぞ」


ぺこりと頭を下げると、九寿先輩は私の手を自然と握り歩き出す。

あまりに自然過ぎる動作に口を開く間さえ与えない。

これも体育会系のスキンシップなのだろうか。だとしても応援団員が揃って手を繋いでいる所なんてあまり見たくないけれど。



ガヤガヤと騒がしい声があちこちに広がる廊下を突き当たり、階段をのぼる。

幸いあまり人はおらず、数人かにちらちらと見られるだけで済んだ。




「さぁ、どうぞ」

あまり一年生が足を踏み入れることのない四階の一番奥の教室。

それは教室というよりは社長室のような重厚な扉で、中もモデルハウスのような上品な雰囲気で纏めてあった。


「し、失礼します」

少し緊張しながら、足を踏み入れる。部屋の中央にソファーとテーブル。

その奥には生徒会長と書かれた札が置かれたデスクと皮の椅子が鎮座している。

美形生徒会長の白ランを連想させるまっ白い壁には何処かで見たことのある絵画が飾ってある。

もしかしたら校長室よりこっちの方がお金掛かってるんじゃないだろうか。



「すごいですねー」

いくら金持ち学園でもこれはやり過ぎだと思いながら、促されるままソファーに座る。

ソファーもやはり高級品らしく、やわらかなクッションの反動が心地いい。



、とりあえずお昼食べましょうか」

「あ、そうですね。ええと、ここで食べても?」

「もちろんです。私もご一緒させて頂きますから」



九寿先輩がテーブルの上に置いたのはお花見でよく見るような重箱。

中には色とりどりのおかずが詰められていて、こちらもお花見気分のようだ。


「すごいですね、いつもこんなに豪華なんですか?」

「いえ、今日は特別ですよ。もともと貴方を誘うつもりでしたから」

「へ?」

「貴方の為に作らせました。ですから、お好きに食べて下さい」


そう言って差し出されたお弁当。

他に誰もいない生徒会室で、いつの間にか九寿先輩は私の隣に座っている。



「や、そんな気を使わないでください」

「貴方が食べてくれないと無駄になってしまうんですが」


笑顔でそう言われては断れない。なんだか妙な強引さを感じながら、自分の箸で重箱のおかずをつつく。


「ところで、、一つお聞きしてもいいですか?」

「あ、はい、なんでしょう?」

もぐもぐと口を動かす私に対して、九寿先輩は姿勢を正す。

ようやく本題だろうかと私もお箸を置いた。




は付き合っている男はいますか?」

「・・・・・・・・はい?」

「どうなんですか?」



あまりに予想に反した言葉に一瞬止まってしまった私に、九寿先輩は答えを迫る。

笑顔も敬語も崩さない。けれどその奥に感じるのは優しさではなく、もっと別の何か。




「いないですけど・・・・」

「では好きな男は?」

「ぇえ!?や、そんな、別に・・・・」



何故そんなことを聞かれるのか分からずに、言葉を濁す。

すると九寿先輩の手が私の頬に添えられ、上を向かせられた。

それは、有無を言わせぬ強さで。



「いるんですか?」

「は、放して下さい!!」



ようやく何かがオカシイ、と背筋に走った悪寒が警報を鳴らす。

立ち上がろうにも、ソファーに身体を押し付けられて動けない。




「いい加減にしないと怒りますよ!」

「貴方は私に怒ってばかりですからね。別に気にしませんよ」

「? 何言って、」

「まぁいてもいなくてもいいでしょう。どの道手に入れますから」

「何を・・」



そう問うと、九寿先輩がゆっくりと体重をかけてきた。

ソファーに押し倒されたのだと、理解した時にはもう遅く、











箸が一つ、ころりとテーブルの下に転がった。