拝啓、お母さん。


只今絶賛大ピンチです。












手繰られる縁














「ねぇ、ちょっとさ、教えて欲しいんだけど」

「どうやって剣道部に取り入ったわけー?」

「有り得ないでしょ!あんたみたいなガキがさぁ!」






え、もう大体状況は把握出来たと思います。

そうです、あれです、少女マンガのヒロインとかによくあるアレです。

ついでに言えばこの人達絶対千鶴ちゃんにも同じことしてきたと思うんだ。





「あーお姉さま方何か誤解なさっているようですが、私剣道部とは一切関係がありません」


とりあえずダメ元で棒読みしてみる。てか今日剣道部の日じゃないし、早く帰りたいんですが。

千鶴ちゃんとは普通に友達だし、平助はクラスメイトだし、他はほら、顔見知り。



「はあ!?あんだけ道場に出入りしといてよく言うわ!!」

「あんたがマネージャーの仕事してるってもうネタは上がってんだよ!」





あまりにお約束過ぎるセリフに言葉もありません。お姉さん方、ベッタベタですね!

こういうのって、何を言っても聞いてもらえないパターンですよね。

どうしよう、すごい面倒くさい。沖田でも通ったら、こんなお姉さま方一蹴してくれるのに。

あ、でも沖田に借りは作りたくないかも。あとが怖い。




「黙ってないで、なんとか言えよ!」

「はぁ・・・」

「あんた!!」


気の抜けた返事をしたからいけなかったのだろうか。

リーダーっぽい女が腕を高く振り上げた。

そんな簡単に殴られてやるほど大人しくないんだけど、と腕を構える。



「何をしている!!!」

「へ?」

「あ、天霧君!」



突然の叫び声に驚く私と、慌てる三年生達。

先生か、と思って顔を上げると、そこには長ランを着た長身の男が立っていた。

おおお、王道お助けマン参上!!でもえ、なんで学ラン?



「貴方達ここで何をしているんです」

「いえ、なにも」



ものすごい迫力で三年生を睨む天霧と呼ばれた人。

三年生は怯えたように小さくなり、誰ともなく走り去る。って、逃げられた!




「大丈夫ですか?」

「はぁ・・・助かりました。ありがとうございました」



とりあえず頭を下げてお礼を言ってみる。あれ、この人どこかで見たことないか。

うーん、と顔を見つめていると、さっきとは全然違う顔で優しく微笑んだ。



「私の顔に何か?」

「えー、いえ、あの、」

「ああ、失礼。私は生徒会の天霧九寿です」

「ああ!生徒会の・・確か、応援団の、」

「団長も務めています。知っていてくれるとは光栄ですね」




ふと天霧さんの伸ばされた腕が私の腕を掴んだ。

手の平を握られ、びっくりして後ずさる。


「失礼。怪我はないかと思いまして」

「いえ!ないです!大丈夫です」

「もしやと思いますが、剣道部絡みでしょうか?」

「へ?」



いきなり核心を突かれて慌ててしまう。もしかして最初から聞いてました!?



「貴方が剣道部に出入りしていることは知っていますから。さん」



まるで私の心の中を呼んだかのように紡がれた言葉。そして、


「あれ?私名前・・・」

「剣道部の連中とは大抵顔見知りですから」

「あ、そうなんですか。じゃあ、このこと皆に言わないでもらえますか?」



お願いします、と手のひらを合わせて頭を下げると、少し驚いたように天霧が目を見開いた。


「でも・・・いいんですか?」

ちらりと彼女達の走り去った方角を見つめている。多分、この人彼女たちの名前も知っているんだろう。

「いいです、別に。気にしてないし」

まぁ、多少は頭にきたけど、みんなに言うと心配するし。あ、千鶴ちゃんもこんな心境だったのかな。




「わかりました。ただし、条件があります」

「へ?」


まさか条件、なんて言われると思わず声を上げた。え、この人正義の味方じゃないの?

――、とお呼びしても?」

「え?あ、そんなことですか!?だったら全然・・・」

「あと、私のことは九寿と呼んで下さい。」

「・・・ぇ、あぁ、九寿先輩?」

「はい」


名前を呼ばれて嬉しそうに微笑む天霧。

なんだろう、この人。みんな仲間さ、仲良くなろうぜキャンペーンでもしてるんだろうか。

まぁいい人そうだし、生徒会とか応援団って皆フレンドリーなのかもしれない。

見るからに体育会だしな。平助とかも名前で呼べって言ってきたぐらいだし。




「じゃあ、九寿先輩、ありがとうございました!」

「ええ、それではまた、

「はい!」



体育会らしく、返事をしてさぁ帰ろうと踵を返す。

まさかの生徒会に知り合いゲットだぜ!!






















が去った後、天霧はいつまでもその場から動こうとはしなかった。

口元から零れるのは歪んだ笑み。


”彼女”に名前を呼ばれたことなど一度もない。閨の間でさえ。

それがこうも容易く叶うとは。存外、人の生など分からぬものだ。

”彼女”は最初から諦めを持って天霧の元へ来た。定められた運命、決められた相手。

だから天霧を愛そうともしなかった。きっとその考えすら浮かばなかっただろう。






けれど今のならば。

案外手に入れることは容易なのかもしれない。

ひねくれも、諦めもしていない、今のならば――――――








「逃がしはしない」








天霧は弛む口元を手で覆った。