山崎が紡ぐ言葉の一つ一つを、平助は静かに聞いていた。

それは平助が想像できるような内容でも、とても他人に口が出せるような事情でもなくて。

山崎の話は平助が今まで山崎に感じていた大人っぽさや年齢にそぐわない仕草や態度だとか、そういった山崎という人間を形作る全てのものの正体と言っても良かった。

山崎は自分のことを気味が悪いと思っているらしい。

そりゃあ、自分でも知らないはずのことを知っていたら、少し怖いとは思う。

けれど肝心なところはそこじゃなくて。

全てを話し終えて小さく息を吐いた山崎に、平助はさっき泣いた余韻で鼻をすすりながら口を開く。



「烝君はさ、もしかして自分のことあんまり好きじゃない?」

「そう・・・だな」

「そっか。でもさ、でも・・俺は烝君が好きだし、うちの部の連中だって皆好きだよ。
だってそうだし、それにさ、肝心なのはもっと別のところだと思う」

「別のところ?」



平助は真面目な話をするのは得意じゃない。

少ない語句の中で懸命に言葉を選んで心の中にある思いを伝えようとする。

山崎にもそれがわかるから、平助の目を逸らすことなく真っ直ぐ見る。

平助はそんな生真面目な山崎の態度にやっぱり好きだな、と思うのだ。





「烝君がどうしたいのか、俺には分からない」




平助の言葉に、山崎は少しだけ肩を震わせた。



「烝君はさ、いつも自分の言葉や行動で相手がどうするか、何を思うかを考えてるよな。
人が嫌がることは絶対にしないし、意見が衝突するようなことは最初から避けてる。
それは・・すごいことだと思う。俺は相手のことなんかいちいち考えてらんないし、
考えたとしても、自分の意見は押し通すしわがままだっていっぱい言う。
けどさ・・・、それって結局烝君の意見はどこにもないってことじゃん」


例えば同じ雰囲気を持つ者と言えば、斉藤がいる。

生真面目で静寂を好む山崎と斉藤、一見この二人は似ているようだが決定的に違う点が一つある。

それは斉藤が己の意見で自分が正しいと思ったことは是が非でも曲げず押し通すところ。

逆に山崎は己の心の内を隠し、周囲の意見に合わせようとする。それは大人の社会の処世術だ。

だがそんなもの、子供には必要ない。




「烝君ってさ人の悪口とかも言わないよな。でもさ、悪口っていうのも一種のわがままだと思うんだ。
あいつが嫌い、こいつが嫌だ、って勝手に言ってるわけだからさ。
だから烝君がのこと悪く言った時、マジでびっくりして、んで分かったんだ」


嫌いという感情は好きという感情があって初めて成り立つ。

普段心情を読ませない山崎が露にした感情。



「烝君にとってはいい意味でも悪い意味でも特別なんだって。だってには本音言えるってことだもんな」


両親にさえ、心を閉ざす山崎にとって、はどのような存在なのだろうか。

好きだとか嫌いだとか、そんな簡単な言葉ではきっと表現出来ない。

けれどだからこそ、平助は、山崎には必要だと思う。

どちらも大事な友達だから、二人一緒に笑っていてくれればもっと嬉しい。




「わがままもっと言っていいんだよ、烝君」

「わがまま・・・か」



平助の言葉を噛みしめるように、山崎はその言葉を繰り返した。

きっと彼には無縁だったろう、その言葉を。




「平助、ありがとう」



やがて彼の中で整理ついたのだろう。

幾分晴々とした表情で、静かに笑う。それにつられて平助も笑った。



「じゃあさ、のところに行こうぜ」




怒っても、笑っても、喧嘩しても、それは二人の自由だから。

だから他人のふりをするだなんて、悲しいことはしないで欲しい。








平助のお腹の虫が鳴ったのを合図に、二人は笑いながら部屋をあとにした。