「というわけで、デートしようか、ちゃん」

「なにがどういうわけが知らないけど、昨日はよくもやってくれたなぁ!!!」



ひどい筋肉痛からなんとか起き上がって着替えて早々。

目の前には朝っぱらから爽やかに毒のある笑顔を撒き散らす沖田がいた。

同じジャージ姿だというのに一見カッコいいと思ってしまうのはイケメンの特権だろうか。

だがしかし。決して忘れてはいけない。この男は笑顔で爆弾を投下するような男なのだ。

怒りにまかせた私の渾身の拳が哀しく宙を舞う。華麗に避ける辺りさすが剣道部一年エース。




「やだなぁ、ちゃん、そんなに喜んでくれると僕照れるんだけど」

「喜んでない!!っていうか名前にちゃん付で呼ばないでくれる!?いつの間に!?」

「今の間に」




今度こそ顔面に当ててやる、と力んだ拳が沖田の顔の真横を素通りする。

あまりに勢いが良すぎて、そのまま身体が傾く。


「わ!?」


そのまま転ぶかと思いきや、身体はそれ以上傾かず代わりに何か温かい感触が全身を包んだ。

恐る恐る目を開いて上を向くと、すぐ傍にはにこにこと笑顔の見本のように笑った沖田の顔。

手は腰に回っていて、がっしりと両腕で抱きとめ・・・・いや・・・これは締め付けられている!




「いいいいいっ、痛い!痛い!こら、放せぇえええ!!!!」

「僕に刃向ったんだから、それなりの覚悟してもらわなきゃね」

「ぎゃーーー!背骨が折れる!沖田ーーーーー!!!!」

「ははは!やっぱり君って面白いよ。千鶴ちゃんと違う意味で」

「あんた千鶴ちゃんになにをしたーーーー!!!!」




勢いあまってそのまま頭突きしてやろうかと思ってジャンプするが、背が高い沖田には届かなかった。

無駄にジャンプした私の行動がツボに入ったらしく、沖田の笑いは止まらない。

実際は締め付けられているとはいえ、はたから見たら抱きしめられ更に大笑いされてるこの状況。

こうなったら、全体重で沖田の腹に突っ込むしかないのか、そうなのか。


「ちょ、総司!なにやってんだよ!!」

(それともあれか。いっそのこと反則でもいいから急所狙って――――)

「僕は何もしてないよ。してるのはちゃん」

(いや、さすがに急所はまずい・・・よね)

「おい、

(いやいや、こいつには有り余るほどの恨みが――――って、)




「・・・・え?」




名前を呼ばれて、顔を上げるとそこには驚きに目を見開いた二つの顔があった。

それは沖田と抱き合ってる今の状態を目撃されたことを意味していて。




「ギャーー――!!!放せ沖田ぁあ!!!」

「うん、わかった」

「へ?」



慌てて身体を引き離そうと両腕に力を込めて沖田の身体を突き離そうとすると、沖田が実にあっさり拘束していた腕を解いた。

すると私の思い切り力を入れた身体が空回りして後ろへ傾く。

倒れる!と構えた瞬間、私の身体を包んだのは床ではなく温かい誰かの腕だった。



「沖田、手を出すなと言っただろう」

「だから僕は何もしてないって言ってるじゃない」

「嘘つけ、総司!!ほら、とにかくここは烝君に任せて行くぞ!」

「え、ちょ、待っ、」



何が起こったのだろう。正直よく分からない。

私を支えてくれたのは、ずっとずっと触れたくてでもそんなこと口に出すことのできなかった幼馴染の右腕で。

おそるおそる見え上げればそこには機嫌悪そうに額に皺を寄せている大好きな人。

けれど彼が私を庇ってくれるなんてことは、有り得ないわけで。

説明を求めてくて平助の姿を探すけれど、沖田と二人、その背中は既に豆粒のように小さくなって曲がり角で消えた。





「すす・・・・いや、山崎君・・・・?」

「・・・・・・・・・」



一度口にしかけた名前を慌てて苗字に修正しつつ、煩いと怒られないようそっと呼びかける。

けれど烝の顔はますます険しくなるばかりで、ああ、話しかけるのも駄目なのか、と目頭が熱くなる。

じゃあこの腰に回された腕が熱いと感じるのは何故なんだろう。

どうしてこの腕は、身体は放れようとはしないだろう。

言いたいことも聞きたいこともいっぱいある。けれど怖くて音に出来ない。







鳥の囀りが小さく聞こえて、他にいっぱい人がいるはずなのに痛いくらいに静かな中で。

微動だにしなかった烝の腕がようやく私の身体から放れる。








「は、はい・・・・なんでしょう」

「行くぞ」

「え?はっはい!?」





何処へ、と聞こうと口を開きかけて、瞬間身体の熱が沸騰するくらいに手のひらに集中する。

烝の大きな左手が、私の右手をしっかりと掴んでいたから。

思い出されるのは小さな頃。当たり前に繋がれていた手。けれどあの頃とは随分違う逞しい手。




「えっ、えと・・・・山崎・・君?」

「なんだその呼び方は。気持ち悪い」



この手はなに、と言おうとすると眉を寄せて本当に鬱陶しそうに烝が振り返った。

その表情に思わず私も似たような表情になってしまう。


「じゃあ烝」

「なんだ」

「何処行くの?」

「お前まさか朝食食べないつもりか」

「たっ、食べるに決まってるじゃない!!」

「なら早くしろ」

「て、手は!!」

「・・・・・手?」




繋がれた手の力は強くて、とても振り払えそうになかった。

もっともその手が強くても弱くても、私に振り払えるわけがないのだけれど。


「手、なんで、」

「放さない」


疑問を口にしようとして、それは烝の強い口調によって遮られる。

目を瞬かせて驚く私に、


「放さない」


烝がもう一度さっきよりもっと強く同じ言葉を繰り返す。





「う、うん・・・・」


その言葉に蹴落とされた私は思わず頷く。

けれどその返事に満足したのか、烝はまた前を向いて歩きだす。








その背中を、私はまた失いたくなくて。

聞きたいことも、本当は言わなきゃいけない言葉も全部呑みこんで。

今はただ黙って繋がれた手をそのままに、君の背中を追いかけた。















君の背中















(どうして急に?そんなことは怖くて聞けない)