山崎には人には言えない秘密があった。

秘密というには少し大袈裟かもしれない。

けれど今まで誰にも言ったことはない。自分でも少々気味が悪いと思っていたからだ。










山崎は幼少から、物事を”っている”傾向があった。








それは本当に生まれた頃からだった。

些細な事項や出来事に関して、山崎は教えられる前からそれがなんだか”識”っていた。

母だと教えられる前に目の前の女性が己を生み、これから育てるだろう母だと知っていたし、

父だと教えられる前から、この男性が家の大黒柱だと理解していた。



それは危ない、あれはダメだと言われる前から、それが危険でなぜ危ないのかを理解した。

どんな風に食事をすれば行儀が良いと褒められるのか、何をすれば怒られるのかも教えられる前から知っていた。

最も驚くべきことは、教えられる前から字の読み書きができたことだった。


頭が良い、では片付かない。

山崎は本当に通常「物心がつく」その前に「物心」をっていたのだ。






しかし、全てが分かるというわけではない。

山崎は機械というものには全く知識がなく、また世間というものは山崎がっているものとは大分異なった。






っているものと、知らないもの。


全てを知っていたならば、いっそ己は神童なのだと開き直れたかもしれない。

だがそうではなかった。山崎の持つ知識は決して万能ではなく、むしろ時代錯誤なものが多いと理解できたのは生まれて10年以上経ってからだった。



読書家だった父の書斎を隠れて漁って何故己がこのような存在であるかを探ろうとしたこともある。

真っ先に辿り着いたのは転生――――生まれ変わり。


小さな子供が、全く知らないはずの場所や過去の出来事を言い当て、自分には前世の記憶があるのだと主張する。

そのような事例は世界的に報告されており、主に幼少期に周囲に訴えるケースが多いとされている。



山崎は己の記憶を探ってみる。だが、何もない。

過去と言えるべきものは、ここ数年の生まれてからの記憶だけだ。

己が他の誰かであった時の記憶など微塵もない。




生まれ変わりではないのだろうか。なら、この現象はなんだろうと考える。


自分は少々頭の良い、敏い子供らしからぬ子供である、それだけだ。

そう思うことにする。そうしなければならないのだと漠然と感じる。

そうでなければ父や母を悲しませることになる。

気味が悪いだろう、心が大人のような知識を持つ子供なのだと知れば。

何年か経てば身体も大きくなる。それまで待てばいいのだ。

身体が中身に追い付けば、不自然なことはなにもない。






そうしてすこし”大人びた子供”を演じ続けた山崎に、一つの出会いが訪れる。

















それはどこにでもいる普通の小さな少女だった。

小学校へ上がり、何十人もいるクラスメイトの中の一人。

だがその少女に出逢った瞬間、己の中で何かが蠢くのをはっきりと感じた。





それは懐かしさと疎ましさが同時に入り混じった、
磁石のような強力な引力に引かれつつも、ふとした瞬間反発する、
逢いたかったものに逢えたような、捨てたものを再び拾ってしまったような、
好意なのか悪意なのか


複雑な感情が入り乱れた言葉に出来ないようなものだった。




その少女の名はと言った。






は本当に子供の見本のような子供だった。

我儘で自分の思い通りにならないとすぐに泣く。

こうすればうまくいくのに、と山崎が思うことの反対のことをしてよく失敗しては山崎に理不尽な怒りをぶつけてきた。

何故か母親同士が仲良くなり、よく一緒に遊ばされたが正直言えば面倒だった。

子供を演じようとして、演じ切れない山崎とってはやはり、一人が楽だった。









「ねー、烝、これ、やってーーー」

「・・・・・しょうがないな、貸せ」




けれどいつからだろう、と一緒にいることが苦ではなくなったのは。







十を過ぎるとさすがに両親も、自分の子供が普通とは毛色の異なる子供だということに気付き始めた。

距離を置かれたというには大げさだが随分早い頃から子供扱いをしなくなった。

よくできたねと、頭を褒められなくなった。

おかえりと、抱き締められなくなった。

粗相をしない子供だから当然怒られることもない。



同じ年頃の子供たちも山崎とは一定の距離を置いた。

子供には分かるのだ。自分と相手が「同じ」か「違う」かを敏感に察する。

そして「同じ」ならお友達、「違う」ならば仲間外れ。



山崎にとってそれは仕方のないことで、自分のせいであることをやはり”っていた”







ただ、だけが。

だけが変わらなかった。



それは単に考えなしの馬鹿で単純な性格のせいなのだろうけど。



なんの疑いもなく山崎の後をついてきて、手を伸ばせばためらいもなくその手を繋ぐ。

それは出会ってから一年経っても三年経っても、変わらなくて。

何故そんなことができるのか、どうして教えてもいないのにそんなことができるのかと訝しむことはない。

何を言っても、何をしてもただすごいと声をあげて喜んでくれる。

山崎が自分と「違う」ことに気付いただろうに、それでも出会った頃と変わらずに居てくれる。

の前でだけは、演じることなく普通に笑うことができる。



その事実に山崎がどれほど救われたか、は知りもしないだろう。








だから。









だから、だ。












思春期を迎え、誰がかっこいい、どの先輩が素敵、と騒ぎ始めたに、苛つき始めたのは。

お洒落することを覚え、髪型の出来栄えにその日の気分を左右され、周囲の人間とのやりとりに一喜一憂し、どんどん変わっていくに、どうしようもなく動揺したのは。




だけは変わらないと思ってた、二人の距離が、変わり始めてしまったことに動揺したのは山崎一人だった。






そしてとうとう、本当につまらないことで喧嘩して、言葉を交わさなくなってしまった。

どうすればいいか、山崎は知っていた。

ただ謝ればいい。けれど出来なかった。



気付いてしまったからだ。

に対して己が持つ感情を。

それは自分が他とは「違う」存在である、とかそんな難しいことじゃなくて。

のことが、

ただ単純に、









好き、だから。









だから変わっていく離れていくが許せなかったのだと。