平助は頭の中で部員達の顔を一人一人思い浮かべながら、廊下を歩いていた。 のことを相談出来る相手とは一体誰だろうかと。 土方に説明するには状況が曖昧過ぎる。うまく説明出来る自信がない。 左之は面倒見が良いが、どちらかといえば本人達の意思に任せるタイプだ。 新八は空回りするだけで全く頼りにならない。 やはり斉藤しかいないだろう。もっとも斉藤もどちらかと言えば他人の事情に口を出さないタイプなのだが、を連れてきたのは斉藤だ。 うん、やっぱり、そうしよう。 平助は踵を返し、食堂へと方向を変えた。 今頃千鶴は食堂で朝食の準備をしているはずだ。 そして千鶴在るところに、斉藤在り。これが剣道部の常識である。 気になると言えば、あの二人の関係もそうなのだが、今はそれどころじゃない。 「千鶴、一先輩いる!?」 食堂に飛び込むと、思った通りそこには膳を並べる千鶴がいた。 息を切らす平助に首を傾げながら、千鶴は腕時計に目を落とす。 「一君なら土方先輩のところだよ」 「いねぇの!?なんだよ、早くしねぇと―――」 「何事だ、平助」 沖田がに、と言いかけたところで皿を持った山崎が奥から出てきた。 その姿を見て、思わず目が泳いでしまう。 「す、烝君・・・・・・」 「どうしたんだ?」 「なにかあったの?平助君?」 「いや、あの、な、なんでもねぇんだ・・・・・」 この場に山崎がいては千鶴に状況を説明することも出来ない。 この際誰かに相談するのは諦めて、とりあえず総司を止めるしかない。 不思議そうに首を傾げる二人にどう言い訳しようか考えていると、千鶴が口を開いた。 「そういえば平助君、ちゃんは?起こしてくれた?」 「え、あ、うん!起こした起こした!多分今着替えてると思うぜ!」 会話の方向が変わったことに感謝しつつ、ちらりと横を見ると山崎は眉間に皺を寄せていた。 「・・・・は寝坊か?本来ならば朝食の準備を手伝うべきだろう。何をしているんだあいつは」 山崎にしては厳しい言葉だ。千鶴もその言葉には驚いているようで、膳を配る手が止まっている。 が言っていた「嫌われている」という言葉が頭を過ぎる。 「ちゃん、慣れないことばかりですごく疲れてたみたいだから、私がギリギリまで寝かせてあげようと思ったの。 だからちゃんは寝坊したわけじゃないんだよ」 千鶴のさりげないフォローにも、山崎は表情を緩めない。 「例え臨時の手伝いだろうと、本人が引き受けたことだ。それを怠るのは無責任だ」 「な、なんでそんなこと言うの?ひどいよ、山崎君」 「本当のことだろう」 千鶴の戸惑いも意に介さないような山崎の言葉に、平助は絶句した。 そして思わず口に出してしまう。本来ならば聞いてはいけない一言を。 「烝君ってさ・・・・・そんなにのこと嫌いなの?」 平助の言葉に千鶴が山崎を見つめる。 山崎は少し間を開けて、静かに口を開いた。 「ああ・・・・・・嫌いだ」 聞くんじゃなかった。 平助は拳を握り締めて、その場に立ち尽くした。 どうしようもないことなのかもしれない。 平助にだってどうしても相性の悪い人間はいる。 けど、それでも、納得がいかない。どうしてそれがなのか。 山崎は確実に馬の合わない沖田とだって、会話して時に喧嘩して、それでも部活の仲間として付き合っている。 それなのに、どうして、だけが、駄目なのか。 だって、きっとは。 「嫌われてる」、そう言ったの顔は歪んでいて。 は。 「誰にも言わないで」それはきっと彼女の精一杯の意地で。 山崎のことが好きだ。 「烝君なんて・・・・」 「へ、平助君?」 「烝君なんて大嫌いだ!!!」 気付いたらそんな言葉が出ていた。 もちろん、嘘だ。そんなこと少しも思ってない。 けれど瞼の裏から熱いものが込み上げてきて、止まらない。 ボロボロとみっともなく涙が溢れてきて、それでも口を一文字に結んで山崎を睨みつける。 千鶴が二人の間で困ってる。山崎だって、困ってる。 目を見開いて驚いて、それでも目を逸らずに平助の視線を受け止めている。 そんな山崎の実直さが平助は好きだ。だってきっと。 騒ぎを聞きつけて何人かが駆けつけてきたけれど、その場の雰囲気を察して誰も動こうとはしなかった。 「・・・・・平助」 興奮した平助を宥めるように、山崎がゆっくりと平助の肩を叩いた。 「雪村君、平助と少し話をする。部長に伝えといてくれないか」 「わかった。・・・だけど、私も・・・・そんなこと言う山崎君は嫌い」 千鶴の言葉に山崎は、自嘲気味に薄く笑い、目を伏せた。 「そうだな・・・・・俺も、嫌いだ」 山崎は平助の腕を取ると、空き部屋へ向かって歩き出した。 途中騒ぎを聞いて駆け付けた原田や永倉に軽く頭を下げる。二人とも何も言わなかった。 荷物置き場になっている部屋に入り、戸を閉めると少しかび臭かった。 予備の防具が置いてあるからだろう。窓を少し開けると風が吹きこんでくる。 「平助、少し昔の話をしようか」 山崎が静かにそう言うと、平助はジャージの袖で涙をごしごしと拭いて頷いた。 |