私には妙な記憶がある。

もしかしたらそれは全て夢なのかもしれない。

昔はよくその夢を見て泣いていたものだった。

けれど今ではもう、どうして泣いていたのかさえ覚えてはいない。

ただ何故か無償に悲しくて、切なくて、苦しかったのを覚えている。








そんな妙な記憶を持つ、ということ以外は至って普通の女子高生だ。








そんな私にも、好きな人がいる。

相手は幼馴染でご近所さん、その上何故か小・中・高と一緒の学校。

けれど仲が良いわけじゃない。

昔はそれなりに、一緒に遊んでいた気がするけれど。

小学生の時、チビ、チビ、とバカにしていたのが、中学になって彼に背を越される頃には、すっかり口を利かなくなっていた。

それは仕方ないことなのかもしれない。

子供らしからぬ、冷静さと寡黙さを備えた彼は周囲の大人に頼りにされていた。

親にをよろしくね、なんて言われたら、嫌とは言えなかったんだろう。

一方の私は本当に、子供の基本のような我儘な子供で、よく彼を困らせていたように思う。

何をしてもこいつは怒らないだろうなんて勘違いをして甘えてばかりだった。


嫌われて当然なのだ。

それだけ、私は子供で彼は大人だった。

中学に入ってからは、ほとんど口を利くこともなく。

何故だが偶然同じ高校に入ってしまったが、その頃にはすっかり疎遠になっていた。




今年の春、試衛学園に入学した私は

幼馴染の名前は、山崎烝。クラスはもちろん違うから顔を合わせることは全くない。


この想いはいつか、風のように流れてしまうのだろうと、そう、思っていた。






















入学から一か月も経てば、さすがに高校の雰囲気にも慣れてくる。

敷地の広い校舎内で迷うこともようやくなくなっていた。

昼休み、購買に走るのもそろそろお手のものだ。

目当てのものを買い漁って、クラスに帰ろうと近道の中庭を通ると、穏便ならざる声が聞こえてきた。







「ねぇ・・・加減に・・・・して・・・・」

「・・・・かわいこ・・・ぶってんじゃ・・・・・」





これはもしかして、いじめってやつでしょうか。

見れば中庭の隅隠れるようにして、女子の集団が小さな女の子を囲んでいた。

上履きの色から囲んでいるのは三年、女の子は一年生と分かる。

同級生じゃないんなら、部活の諍いだろうか。

そう思って耳を澄ませていると、どうやら完全な三年生のイチャモンらしい。

彼女が剣道部のマネージャーをしているのが気にいらないとかなんとか。







(そういえば、剣道部はイケメンばかりだって聞いたなぁ・・・・)






しかもずっとマネージャーをいれなかったのに、今年一人だけ一年生を入れたとかなんとか聞いたことがある。

どうやらその子は現三年生の剣道部員の幼馴染だとか聞いたような・・・・






(だったら完全に三年のひがみだよね・・・・)







助けてあげなければ、泣いてしまいそうなくらい彼女の顔はゆがんでしまっている。

正義の味方なんてガラじゃないけど。ここは踏ん張りどころだとお腹に力をいれた。






「おーーい!!あ、こんなところにいたーーー!!」





思いっきり叫ぶ。するとぎょっとしたように三年生の集団が振り向いた。

私はそれに目をやることもなく、囲まれていた彼女の手を掴む。




「探したんだよー!今日、日直なんでしょ?先生探してたよー!」




なるべく明るく、大声でそう言って彼女の手を引いて歩きだした。

人目についたことに気づいたのか、三年生達は顔を見合わせたが誰も何も言わない。

結局覚悟していた修羅場になることもなく、私は彼女の手を引いたまま部室棟のあるところまできた。






「あ、あの・・・!」

「うん?ああ、ごめん。こんなところまで来ちゃった。大丈夫?なんかされてない?」




顔を覗き込むと、少し目が赤いけれど殴られたとかそういうのはなさそうでほっとする。



(しかし可愛い子だなぁ・・・・)



彼女は背も小さくて、ふわふわと花みたいに可愛い子だっだ。

属にいう護ってあげたい系ってやつだ。

それに比べて私は背は162、はっきりものを言ういわゆるリーダー系(と友達に言われた)で正直言って女の子らしさのかけらもない。


こんな子なら三年生も文句をつけたくなるのも分かる気がする(だってどう考えたって正統法じゃ勝てっこない)






「あの、ありがとうございました!」

「いえいえ。それより貴方剣道部のマネージャーの子でしょ?あれ、初めてじゃないよね?」

「・・・はい。でも大丈夫です。好きでやってることですし」

「そう?でも黙ってちゃ駄目だよ!先生とか剣道部の人に相談するとかしないと。
あーゆーのは黙ってるとエスカレートするだけなんだから!絶対だんまりはダメだからね!」




私が拳に力を込めてそういうと、くすりとその子は笑った。




「本当に、ありがとう」

「ううん、あ、ねぇ、名前は?私は1年1組の

「私は4組の雪村千鶴です。」

「千鶴ちゃんか。可愛い子には可愛い名前が似合うねぇ」

「え?え?」




一つに結ばれた可愛らしいポニーテールをぐりぐりと撫でると、照れたように千鶴ちゃんは目をぱちくりさせた。

その様子がまた可愛い。



「千鶴ちゃん、教室まで送ろうか?」

「ううん、大丈夫です。このまま部室に行きますから」

「そっか。じゃあ私はここで」

「う、うん!あの、ちゃん!って・・・呼んでいいかな」




遠慮がちにそう言う彼女は、ああ、ほんとふわふわと可愛くて理想の女の子って感じだ。




「もちろん!ちゃん付けってガラじゃないんだけど、好きに呼んで」

「あ、ありがとう」

「それと、敬語いらないからね。じゃあまたね!」

「ま、またね!」






友達一人増えちゃた、なんて呟きながらクラスへの道を走る。

1年4組、ってことは、ああ、烝と同じクラスだ。

しかも烝は中学の時から剣道部だから、もしかして高校でも入部しているかもしれない。

真相は知る由もないけれど、きっと、

烝はああいう女の子が好きなんだろうな、と漠然と思った。