君の背中 番外5 〜山崎烝と〜 「、ちょっときてーーー」 「え〜〜〜〜」 うららかな午後、ではなくだらだらとした休日の真昼間。 せっかくの日曜日をこの間のGWの合宿でやりそこねた分RPGを進めようと息巻いている最中、母親から声が掛かって慌ててPASSボタンを押した。 「なにー、お母さん」 「ちょっとご近所におすそ分けに行ってきてくれない?これほら、さくらんぼ」 「わっ!ちょ、私食べたいんだけど!!」 「うちの分はうちの分で残してあるわよ、ちゃんと。山梨のおじさんがいっぱい送ってきてくれたの」 そう言って母親が誇らしげに見せたのは、正確に言えばさくらんぼ、ではなくアメリカンチェリー。 山梨でビニールハウスを作っている叔父からのおすそ分けで、とても一つの家族では食べきれない量が詰まっていた。 「早く食べないと痛んじゃうから、ご近所に配っちゃおうと思って」 「んー、じゃあ私どこ行けばいいの?」 「お母さんは町内会関係の方に持ってくから、あんたはお隣の島田さんと山崎さんとこでいいわ」 「え!山崎さん家も私が行くの!?」 「じゃ、あんたが町内会長さん家行く?」 「いや・・・・いい」 何が悲しくて歩いて二十分もかかる町内一の口煩いじいさんのところへ行かなくちゃいけないのか。 この場合危惧していることはたった一つ。 けれど日曜の真昼間、あの剣道部ならば今頃部活の最中だろう。 「じゃあお願いね」 「りょーかい。行ってきますー」 母親からスーパーの袋を二つ受取り、まずはお隣の島田さん宅へ。 どうせ歩いて1分もかからないのだからと、そのままのジーンズにTシャツ姿にサンダルをつっかけて隣のベルを押すと、すぐに島田のおばさんが出てきた。 「あら、ちゃんじゃないの、こんにちは」 「こんにちは、これお母さんからお裾わけです」 「あら、ありがとう。お母さんによろしくね」 「はーい」 ジャスト3分で任務終了。 問題は次の家なわけですが。 (まぁ・・・どうせ部活でいないだろうし) そういえば、山崎さん家のおばさんにも最近会ってない。 確か薬剤師の免許を持っていて近所の薬局で働いているとかで、うちのお母さんと違って忙しいのだ。 (おばさんいなきゃ留守なんじゃ・・・・?) おじさんの存在をすっかり忘れながら、ベルを鳴らす時ほんの少しだけ緊張する。 (いない、いない、いないはず) なんて呪文のように繰り返していると、ゆっくりと目の前のドアが開いた。 「あ、おばさん、こんにちはー」 「母さんなら仕事でいない」 「・・・・・・・・・げっ」 (なんでいんの!?部活どうした!!) とは言えずに思わず固まる。 目の前には訝しげに眉間に皺を寄せてこちらを睨む幼馴染。 ちなみに合宿後、和解したようなしてないような微妙な関係が続いている。 (まぁ、嫌われていないって分かっただけでも良かったかもしれないけど・・・・) 平助のおかげで嫌われていないと分かっても、好かれているかというのはまた別の話だ。 結局私を見ると眉間に皺を寄せるその姿は変わらず、お前千鶴ちゃんと話している時の笑顔はどうしたと全力でツッコミたくなる回数、既に両手を超えている。 だから私の口から出た「げっ」も別に私だけが悪いとは言えないわけで。 けれど私の声にますます機嫌悪そうになる幼馴染の眉間の皺は止められない。 「うちになんの用だ」 「え!っ、ああ、うちのお母さんからお裾分けだって」 はい、っと腕を上げてチェリーの入ったビニール袋を掲げる。 烝はちらりとビニールの中身を見ると、それを受け取る。 「おばさんにお礼言っといてくれ」 「うん、分かった」 さっきもしたような社交辞令のような会話を繰り返して、じゃあ、と踵を返す。 そういえば私いま部屋着のままだよ、っと今更恥ずかしくなるもあとの祭。 私と同じく烝も部屋着のハーフパンツにTシャツ姿だったから、おあいことしよう。 「待て」 「・・・・・・はっ?」 呼び止める声に思わず肩が揺れる。 「お前、これ食べたのか?」 これ、とはアメリカンチェリーのことだろう。 「いえ、毒味はまだですが」 「・・・・・・、なら、食ってけ」 「――――はい?」 「蚊が入る。さっさとドア閉めろ」 そう言い捨ててさっさと身を翻す幼馴染に、慌ててドアを閉めて靴を脱ぐ。 あまりに久し振りに踏み入れる家の中は、昔よりも若干インテリアが増えているようだった。 とりあえず居間のテーブルの前に座ると、水洗いされたチェリーと二枚のお皿が無造作に置かれた。 隣に座った烝は何も言わない。なにも言わないでざるに手を伸ばしてチェリーを口に運んでいる。 ここまで連れてきといて、無言とはどういうつもりだ、と心の中で毒付きながらせっかくなのでチェリーを頂く。 それは口の中に入れた瞬間、甘酸っぱく、それがまた美味しくて、私の頬がふにゃりと歪んだ。 「おいしー」 「食い過ぎると腹壊すぞ」 「・・・・ガキじゃないんだから」 「どうだか」 ニヤリ、と烝が嗤う。そのなにかを含んだような笑みは学校では決して見せない表情だ。 誰だ、こいつを優等生だなんて言ってるヤツは。 「いい子ぶりっこ」と、言うと 「馬鹿丸出し」とすかさず返ってきた。 ついムカついて、皿の上にあったチェリーの種を指で弾く。 するとそれは見事に烝の顔に当たった。 フン、と笑ってやると、私の頬に何かが当たる。 それは言うまでもなく、チェリーの種なわけで。 「ちょ、汚い!」 「お前が先にやったんだろうが!!」 「だからってやり返す!?あー、今の動画に撮って皆に見せてあげたい!!」 「それは残念だったな」 そう言ってまた種を指で弾いてぶつけてくる。 私もお返しと言わんばかりに、種を投げつけ、それは仕舞いにはそこら中の物を投げ合う戦いに発展したのだった。 「っていうかあんた部活どうした!!」 「合宿のすぐ後だ、休みに決まってる!」 「だったら、どっか出掛けなさいよ、暇人!」 「お前ほどの暇人に言われる筋合いはない!」 「あんた達なにやってるの!!」 そしてそれは、帰りが遅いと覗きにきた母親に見つかるまで続けられたのであった。 (あんた達、変わらないわねー) (なにが) (昔、スイカの種を口から吐き出してぶつけ合ってたの。覚えてない?) (げっ、汚い。全然覚えてない) (大人っぽい烝君もといると、子供っぽくなるわよねー) (心外です) |