君の背中 番外3 〜クリスマスと剣道部と〜 目の前には食べ物が散乱している。 12月下旬誰が疑うべくもなく、学校の終業式、そしてクリスマス。 お前彼氏いないし暇だろ?とあっけらかんと私に言いやがった当人は何故か腹を出してジングルベルに合わせて踊っている。 場所は千鶴ちゃんのおかげで清潔を保っている剣道部部室。その部室内には申し訳程度にクリスマスの飾りつけがされている。 今日からクリスマス年末商戦の新作ゲーム発売ラッシュなんで帰りたいんですけど、などど言える雰囲気ではとてもない。 「ねぇねぇ、ちゃん、どうかなこのケーキ」 剣道部のクリスマスパーティに直接誘ってくれたのは永倉先輩だけれど、きっちり私の分まで料理が用意されているところをみると、私を誘おうと言ってくれたのは多分千鶴ちゃんだろう。 そんな千鶴ちゃんの視線は今私が口にしているクリスマスケーキに注がれている。 市販よりも少し背の低い苺のショートケーキは、綺麗にクリームが塗られとても手作りと思えない出来栄えだ。 「すごく美味しいよ。さすが千鶴ちゃんって感じ」 「ほんと?良かった!スポンジがあんまり膨らまなくて心配だったの」 「そんなことないよー!ちゃんと柔らかいし、手作りなんて千鶴ちゃんは女の子の鏡だねぇ」 目の前に並んでいる料理のほとんどは、千鶴ちゃんと斉藤先輩のお母さんの手作りだ。 終業式が終わってすぐに料理を取りに帰ったという二人は実はお祭り好きなのかもしれない。 他の飲み物や大量のお菓子はその他の部員の持ち込みで、私はというと、なにしろ誘われたのが当日で何も持ってこれなかった。 「もっと事前に言ってくれれば何か用意したのに」 不満気にそう言うと、千鶴ちゃんが横で慌てて首を振る。 「ちゃんは今年一年、部員じゃないのに色々手伝ってくれたから、そのお礼のつもりなの!だから気にしないで」 「そうなの?」 「うん、だから驚かせようってパーティのことも内緒に・・・・突然誘っちゃってごめんね?」 てっきりついでに誘われたのだと思っていた私は、その言葉に驚いた。 そういえば終業式のあとの予定を平助に聞かれた気がする。確かそのままゲーム買いに行く、と答えたんじゃなかったか。 合宿以来、千鶴ちゃんに頼まれた時のみ手伝うようになった私は、いまや剣道部に出入り自由の身だ。 いい加減他のマネージャー入れろよ、という本音はじゃあお前がやれよ、と返されそうなので未だ口に出来てはいない。 「だから妙に永倉先輩ニヤニヤしてたのかぁ・・・私てっきり彼氏いないの馬鹿にされてんのかと」 「ええ!違うよ!ほら、新八先輩人を驚かせるの大好きだから!」 「んーまぁね。それに関してはいいんだけど、私にはあれの方がびっくりだわ」 そう言って指差したのは裸の永倉先輩の横にいる原田先輩。 「まさか原田先輩まで裸踊りするとは」 「え、ああ・・・そうだね、私も最初は驚いたのかな」 千鶴ちゃんの苦笑いに、最初は、ってことは今日が初めてじゃないってことか、と再度驚かされる。 どちらかというと落ち着いた大人の雰囲気を纏っている原田先輩という私の心象は見事に崩された。 まぁ、面白いからいいんだけど。腹に顔を書くってのはやりすぎじゃないだろうか。 まぁ、面白いからいいんだけど。 あ、平助が無理やり脱がされてる。 「君」 「はい?」 二人(と無理やり脱がされた平助)の裸踊りを千鶴ちゃんと見物していると斉藤先輩と土方先輩に声を掛けられた。 「今年一年は世話になったな。これは俺達部員からの感謝の気持ちだ」 「え!?」 土方先輩に差し出されたのは鞄ほどの大きな包み。赤と緑の装飾のそれは間違いなくクリスマスプレゼントだろう。 それまでバラバラにはしゃいでいた部員達がぞろぞろと集まってくるところを見ると、本当にこの場にいる全員かららしい。 「い、いいんですか、もらっちゃって・・・」 「ああ、その為に用意したんだからな」 「君には本当に感謝している。ありがとう」 斉藤先輩の言葉に、少し目頭が熱くなるのを感じる。 色々大変だったけれど、その分楽しいこともたくさんあった。 「、開けてみろよ!」 「そうそう、俺らが選んだんだからな!」 「遠慮なく使ってくれよ?じゃなきゃ無駄になっちまうからな」 裸のままの三人組に促されて、いつもならビリビリに破いてしまう包装紙を丁寧にはがしていく。 皆にこんな風に囲まれてなんて少々照れくさくて、くすぐったい。 そして中から出てきたのは―――― 「これ・・・・・・剣道部のジャージ・・・・」 「遠慮なく使ってくれよ?じゃなきゃ無駄になっちまうからな」 にこにこと同じ台詞を二回繰り返す原田先輩。 出てきたのは、剣道部が夏に全員でお揃いで作った「必勝」とでかでかと背中に書かれたジャージ。 胸の前にはご丁寧に個人の名前が入っている。もちろん私の手の中のジャージにも「」の文字。 そしてもう一つ見つけたのは、クリスマス用の可愛らしい封筒。 てっきり千鶴ちゃんからのメッセージカードでも入っているのかと思いきや、入っていたのは入部届け。しかも親の承諾印欄以外全て記入済み。 ・・・この妙に癪に障る感じは、 「総司ぃ、あんたの仕業でしょ、これぇえ!っつか来年も働けってか!!」 「あれ、なんで分かったの?もしかして君、僕のことそんなに好きなわけ?」 「よーし、お望みならくれてやろう、愛の鉄拳!ついでにそこの裸三馬鹿も歯食いしばれ」 「なんでだよ、嬉しいだろ!俺らとお揃い!」 「お揃いネタは飽きましたよ、永倉先輩!つーか、お揃い好きの乙女かアンタは」 「遠慮なく使っ・・・「三度目はもういいです、原田先輩。つか服着て下さい」 「気になってたんだよ、だけいつも違うジャージなの!もういいじゃん入部しちゃえよ、ねぇ、烝君」 平助の言葉に私を囲む輪から少しだけ離れた場所にいた烝が名前を呼ばれ、ちらりとこちらを見た。 5月の合宿をきっかけに普通の関係に戻ったものの、元からの性格なのかそっけないのは相変わらず。 「・・・・そろそろ諦めたらどうだ」 「諦めないよ!諦めたらそこで私のゲーマー生活が試合終了だよ!」 「そんなものさっさと終了させろ。というか自分の成績表を見てから発言かそれは?」 「なにそれ最初から悪いと決めつけないでくれる!」 「はぁーい、じゃあちゃんの二学期成績発表ー」 「総司ぃいいい!!あんたそれ私の成績表なんで持ってる!!!」 いつの間にかにこにこといつもの獄悪人の詐欺師が浮かべるような笑みを纏った総司の手には私の成績表が。 そこまで悪くはないけど、決して人様に見せられるほど良くもない。 「土方先輩!あれ、どうにかして下さい!」 「お前がそこまで言うなら助けてやってもいい。が、条件がある」 「入部以外でお願いします」 「・・・・・・・・・・」 「無言で睨んでもダメなもんはダメです!ってかサンタさんは無償だから!無償の愛を下さい!」 「残念ながら俺はサンタじゃねぇ」 「あーもー、駄目だこの人!斉藤先輩!!」 「君がいると賑やかで楽しいな」 「あ、そうですか・・・・それはどうも・・・・」 最後の頼みのはずの斉藤先輩の笑顔に毒気を抜かれ、結局手元のジャージは返品不可となった。 これ着てたら入部届なんか出してなくても、剣道部と認識されてしまうだろう。これも策略の内ですか? 返された成績表に添えられた言葉は「もっと頑張りましょう」 余計なお世話だ! どんちゃん騒ぎの末、時計の針が七時を回ったところで、パーティはお開きになった。 クリスマス要素はどこにもなかった気がするけれど、楽しかったのでまぁ来年も手伝ってあげてもいいかなと思う。 「あー寒いなー」 帰り道も周りはクリスマスのイルミネーションでいっぱいだ。 今頃世間もパーティやデート中なのだろうか。あまり人の歩いていない住宅街を帰り道が一緒の烝と並んで歩く。 5月の合宿後、先輩たちにご近所と知られてからは練習後は危ないからと一緒に帰れと命令されている。 「あ、すごいツリー、青く光ってるの最近多いねー」 「新作の青の発光ダイオードが話題になったからな」 「なにそれ。ロマンの欠片もない」 「悪かったな」 大きな一軒家の庭に飾られた綺麗なブルーのツリーを見ながら、こっそりと烝の横顔を盗み見る。 こうして言葉を交わせるようになっただけでも、今までに比べれば大きな進歩だと思う。 けれど烝の心の内は分からないまま。 そっけない態度の中に時々見せる優しさの意味を知りたいと思うのは贅沢なのだろうか。 手の中にあるジャージは皆が剣道部に私がいてもいいと思ってくれている証。 その中に烝は含まれてる? 「ねー、烝」 「なんだ」 そんなこと、聞く勇気があるはずもない。 「や、なんでもない」 「・・・・なんだ、お前は。寒いのか?」 そう言って差し出されたのは、いつの間にか私よりも大きくなっていた手の平。 差し出された手の意味はすぐに分かったけれど、本当にそれでいいのか私の都合のいい思い違いじゃないかと少し戸惑う。 「寒いんだろ、さっさと帰るぞ」 そんな私の迷いをあっさりと振り払って、私の右手は烝の左手と共に、コートのポケットの中に吸い込まれていく。 それからは寒さなんて感じるわけもなく。 街中に溢れたクリスマスイルミネーションに照らされて。 静かに歩く二人の姿は、やがて幸せに微笑む人たちの群れに溶けて消えた。 |