君の背中 番外1 〜斉藤一と





君」


あまり呼ばれることのない苗字で呼びとめられて、顔を上げた先にいたのは千鶴ちゃんの幼馴染だという斉藤先輩だった。

間違いなく私のこと呼んだのこの人だよね、思わず左右を確認してしまう。

千鶴ちゃんに彼が幼馴染の剣道部員なのだと紹介されたのはついこの前で話をしたのはまだ数回だ。

声をかけられた理由が全くわからず、滅多に見ることのできない美形をありがたく拝みながら、「なんでしょう」と首を傾げる。




「何をしているのか、聞いてもいいか?」



そう言われ、私は傾げた首30度を、人間の限界ギリギリまで傾けることになる。

何故なら「何をしているか」と問われるようなことをしていないからだ。

手には最近お気に入りのギャグ漫画「殿@いっしょ」。

今流行りの戦国ブームにまんまとのったギャグ漫画なのだがこれがとにかく面白い。

もしかして笑わないようにこらえていたのを見られたのだろうか。

それとも今が放課後の部活動に勤しむ時間であり、それなのに帰宅部の自分が体育館の外階段のすみっこに座り込んでいるのを不審に思われたのだろうか。




「漫画読んでます」

「ここで、か?」

「いけなかったですか?」



怒っているでも訝しむでもなく、斉藤先輩は私がしてみせたように首を少しだけ横に傾ける。

ちょっとその仕草、可愛いんですけど!と内心にやにやしつつ、自分の座っている場所をちらりと見る。

体育館から校舎へ繋がる階段の途中は人通りもなく、ひっそりとしている。

体育館の外階段なんて普段誰かが通るわけでもないから、邪魔にならないと思ってこの場所を選んだのだが。




「いけなくはない・・・が、少々目立つ」

「へ?」

「いや・・・・、と、とにかく此処は止めておいた方がいい」




少し慌てたように顔を逸らす斉藤先輩に傾げた首はMAX寸前だ。

というか、斉藤先輩が道着姿なのは部活中だからだろうか。




「そうですか?まぁ・・じゃあ・・・移動しますね」


納得がいかないと思いつつも、部活中なのにわざわざ階段を上がって私のところまで来たということは何かあるのかもしれない。

スカートのホコリを叩きながら、鞄を持って私より下の位置にいる斉藤先輩のところまで降りていく。



「帰らないのか?」

「この漫画、友達に借りたやつなんです。その子の部活が終わるまでに読もうと思って」


そう言いながら読んでいた漫画を斉藤先輩に見せるよう、パラパラとページを捲った。

先輩は少しページを目で追いながら、ぽつりと呟く。




「すまないが・・俺はあまりこういうものは理解出来ない」

「へ?漫画嫌いなんですか?」

「そうではない、笑えないということだ」

「え!斉藤先輩がお笑いにキビシイなんて意外です!」




斉藤の言葉に思わず漫画を落としそうになる。

意外だ。すっごい意外だ。しかし笑わない人ほど笑わせたくなるのはお笑い芸人・・・いやいや、人間の性ではないだろうか。



「いや、何か勘違いを―――」

「先輩、私超お勧めの鉄板ギャグ漫画持ってますから、今度貸しますよ!絶対笑えます!!」

君、違――」

「斉藤先輩がそれほどお笑い好きだったとは!いや、絶対私笑わせて見せますから!」





握りこぶし片手にあれがいい、これが、と熱弁するの演説は実に30分に及んだ。




















「よぉ、斉藤、ちゃんと注意してきたか?」


土方の言葉に道場に戻って来た斉藤は何故かげっそりとしていた。

その様子に今度は新八が声をかける。


「外階段の上になんか座ってたら、校庭からスカートの中丸見えだもんな。あれはいけねぇよ」

うんうん、と頷きながら腕を組む新八はまるでどこぞの父親のようだ。


「とりあえず場所は移動させたが・・・・思わぬ誤解を受けた」

斉藤の言葉に二人は顔を見合わせる。


「なんだよ、パンツ見てたのね、エッチ!とか言われて引っぱたかれでもしたかぁ?」

「そんなわけないだろう!だが・・・千鶴に誤解を解いてもらわなければ、今後の先行きが不安だ」

「なんでそこで千鶴が出てくんだ?」


外階段にいた女生徒が千鶴の最近出来た友人だと知らない二人は、首を傾げる。

なんだか今日は首を傾げている人間ばかりだ、と思いながら斉藤はため息をついた。









斉藤にギャグ漫画を貸すに、首を傾げる千鶴の姿が目撃されるのは翌日の話。