「はーなーこさん、あそびましょ」



「はぁい」








なにしてあそぶ?











だんだんと視界が闇で埋もれていく。

相手が靄では、弱点も急所も分からない。







それでもなにもしないよりはと、沖田が一歩踏み込もうとしたまさにその時、人面犬はある気配を感じ耳をひくひくと動かした。



「おぅおぅおぅおぅ、やっと来たか!」

「来たってもしかして・・・・」

「すすむとが帰ってきたぜぃ」



人面犬の言葉と同時に、沖田にも聞こえてきた。二人分の足音が。

それをメリーさんも気付いたのだろうか。せわしなく動いていた靄がぴたりと止まる。

そしてそれはまるで意思が統一されていないように、ざわざわと上下左右に広がっていく。



「・・・・様子がおかしいね」

「閉じ込められていたのは一つの魂じゃなかったんだろ。封印が解けて統率が取れなくなったんだなぁ」

「沖田、無事か!?」

「沖田君!シロ!どこ!?」





山崎とからは二人の姿が見えないのだろう。

だが沖田の目にはぼんやりと二人の姿が映っていた。

シロが思いっきり尾を振りながら、二人の言葉に答える。



「おう!ここだぁ!ヒトガタは持ってきたかぁ!?」

「どこだ!?くそっ、よく見えない・・・」



だが声は届かない。

実際は手の届きそうな場所にいるのに、お互いにまるで数メートルも距離があるように感じていた。

霊魂の靄に包まれた二人は、既に常闇に呑まれつつあるのだ。

シロは激しく舌打ちをする。




―――――間に合わないかもしれない。




少しずつ遠ざかっていく声。

苦し紛れに沖田が伸ばした手は、何も掴むことはなかった。






























「くそっ、どこまで行ったんだ、あいつら」


斉藤達と別れた土方は、一人で廊下を走り抜けていた。

背中から駆け抜けていく悪寒、校内の不気味な気配に、足が竦みそうになるのを懸命に堪える。

時々振り向きたくなる衝動に駆られる。

すぐ後ろに何かがいるような気がして。

けれど振り向かない。

振り向けない。

振り向いたらきっと走れなくなってしまう、そんな予感!












その時、


廊下に何かが落ちているのに気付いた。


それはとても見慣れた、

学校では当たり前の”モノ”





あんなに走らなければ、と思っていた足が―――――止まる。

そしてソレに吸い寄せられるように、手が伸びる。





「ノート、か?」




何故、無防備に拾ってしまったのだろう。

こんなわけのわからない状況で、何故。

それは絵日記帳。名前も何も書かれていない。

真新しくも古くも見える、ただのノート。



ぺらり、と、当たり前のように手がページを捲る。

ぺらり、ぺらり、ぺらぺらぺら、ぱた。

あるページで指が、止まる。



そこには、ちいさなちいさな字で。











と、書かれていた。





その言葉で脳裏に浮かぶのは、誰もが知っている一番有名な怪談話。

この状況で敢えてその名前を口に出す気になど到底ならない。

だが何故だろう。

行かなければならない、そんな気がする。

土方は自問する。

この暗く閉ざされた学校で一人、その場所へ行く勇気が自分にあるだろうかと。

そして決意する。走りだす。

この状況を打破する何かを見つける為に、一人その場所へ。



















そこは普段ならば絶対に入ることのない場所。

だが土方は躊躇しない。入口を通り、目の前に並ぶ個室を一つずつ数える。


1,2,3番目・・・・通常開いているはずの扉が3番目の個室のドアだけが閉まっている。

土方は恐る恐るその扉の前に立つと、拳を握り締めてその戸を叩いた。





トントントン、




ノックを三回。




トントントン




返事が三回!






「・・・・花子さん?」













「はぁい」










それはそれは可愛らしい少女の声。

背後に気配を感じ、土方は振り向く!

だが目に映ったのは、手洗い場の鏡に映る自分の姿だけ。

顔面蒼白で呆然と佇む土方の背後・・・・閉まっている3番目の扉が少しずつ開いてく。






ギィィィ





まるで何年も閉ざされていたようなドアの軋む音。

鏡の中の扉が開いていくのを眼前にし、土方はもう一度扉の方向へ振り返る。

それは剣士としての本能。

敵に背を向けることが、すなわち敗北へ繋がると土方は身体で知っている。






ギィィィ






ゆっくりと開く扉、その隙間から・・・・・・覗いていた。

それは小さな目が二つ。赤く血走った目玉がぎょろりとこちらを見ている。

けれど何かがオカシイ。

一体なにが?

何かがチガウ。

見知ったモノとは違う何かがそこに居る!







「ねぇ、なにしてあそぶ?なわとび?かんけり?それとも・・・・・おにごっこ?」











目玉がぎょろりと動く。それはちょうど土方の膝の辺りの高さ。

だから小さな女の子がしゃがんでこちらを見上げているのかと思った。

けれど、違う。

開かれた扉からは目玉と共に、大量の髪の毛が床一面に広がっている。

どうして床に髪の毛が?

その答えはすぐに分かる。





「おにいちゃん、ねぇ、なにしてあそぶ?なにしてあそぶ?」






土方に向かって白い手が2本、ゆっくりと伸びてくる。

そして気付く。

確かにそこには少女がいた。

けれど逆さ。

全てが逆さ!

髪も目も口も手も全てが逆!そう――――――天井から少女がぶら下がっていたのだ!






「うっ!!」





土方は己の口を塞ぎ悲鳴を堪える。

何もかも逆さの少女はニタニタと嫌らしい笑みを浮かべながら、こちらに手を伸ばしている。

白いブラウスに紺色のスカート、けれどスカートは重力に逆らい捲れてはいない。

伸びてくる手に逆らうように一歩ずつ後ずさり、あっという間に壁際に追い詰められる!













「くすくすくす、おにいちゃん、いらっしゃい」














逃げ場など何処にもなかった。

土方の手から拾った絵日記帳が零れ落ちた。























「嘘だ・・・・こんなことが・・・・・」



斉藤は膝から崩れ落ちた。

目の前には原田と永倉が床に並んで伏している。

いくら呼んでも返事はなかった。

斉藤は目の前の何かを呆然と見つめる。






それは犬のように四つん這いに地面を這っていた。

だが犬ではない。背からは翼のようなものが二対生えている。

だが鳥ではない。尾は数え切れないほどの蛇がうねうねと蠢いている。

それは今にも倒れた二人を喰らいそうなほど大きな口を開けてこちらを見ていた。








カツカツカツ









硬い音がして振り返る。

そして今度こそ斉藤は自失する、追い詰められる。

ぴちゃり、ぴちゃりと血を滴らせながら現れたのは、赤いコートの女。

裂けた口を開いた女の口からは、ぽたりと一滴、赤い血が滴り落ちる。

女は口元を歪ませてこう言った。