くしゃりと首が曲がる。

血が口元から溢れて出ているが、ソレはまるで意に介さず何かを探すように首を上下に振っている。

コツコツコツコツ、

規則的なリズムが階段の床を打ち鳴らす。

ポタポタポタポタ、

鮮血が小さな湖をいくつも作る。

コツコツコツコツ・・・ゴギャ、・・コツコツコツ、

特徴的な足音は二階から一階へと下りて行く。

途中足音が一度止まり、何か骨がひしゃげるような音がしたが、それは止まることはない。


足音が去った後、しばらくして足音が聞こえたのと同じ場所から妙な音が響いた。

ペタペタペタペタ・・・

足音とは違う、何かが這うような音。

それは反対に二階から三階へと上って行った。










コツコツコツコツ、




ペタペタペタペタ、








二つの異なった音は異なった方角へと消えていく。

それが何を意味するのかは分からない。

そう、誰にも。






今は、まだ。























図工室に着いた山崎とは扉の前で立ち往生していた。


「くそっ!こんな時に!」

山崎が扉を忌々しげに叩く。やっと辿り着いた図工室は鍵が掛かっていた。

「鍵は先生がいつも持ち歩いてるのよね・・・・なら職員室に戻っても、無駄かな」

のんびりとした年の取った美術教師を思い浮かべる。

彫刻刀やペーパーナイフなど意外と危険なものが多い図工室の鍵は教諭によって厳重に保管されているのを二人とも完全に失念していた。 


「窓ガラスは割れないかな?」

「この際だから仕方ないとも思うが、できれば避けたいな」

の言葉に、山崎は周囲を見回した。

ドアは開かない。窓も閉じられている。開かずのドアを睨みつけていると、ふとドアの上にも小さな窓があることに気づいた

それは日常ではあまりに見慣れていて、気付けない存在。


「もしかして・・・・!」

山崎は急いで隣の教室から机を持ち出す。それをドアにそって置き、足場を作った。

「山崎くん?」

が山崎の考えに気付き上を見上げる。通常なら手の届かない位置にある窓には鍵が・・・・ついていなかった。

「「開いた!」」


山崎の手がするりと小さなドアを開ける。二人同時に声があがった。

だが喜ぶのはまだ早い。この小さな窓では、山崎は通れない。

山崎は細見だが、剣道で鍛えている為、肩幅があり筋肉があるのだ。



咄嗟にそれに気付いたが山崎の足元に駆け寄る。



「山崎君、私が行く!」

「しかし、危険だ。廊下側はいいが、教室の中に降りるには足場がない。落ちることになるぞ」

「それでもやらなきゃ!早くしないと沖田君達が・・・・」



一刻も早く戻らねば沖田とシロが危ない。それは普段なら決して晒されることのない命の危険。

山崎は沖田のことを思う。正直言えばとても馬が合うとは言えない。

どちらかと言えば犬猿の仲だ。だが互いを高める最高の好敵手でもある。


「すまない、頼む!」

誰一人失うわけにはいかない。山崎は素早く机から飛び降りると、机を支えた。

そこにが駆け昇る。窓枠に手をかけて、腹筋に力をいれて懸垂のように身体を持ち上げた。


「んんん〜〜〜〜!!!」

「だ、大丈夫か!?」


見上げながら、山崎はハタと気付く。

天井すれすれまで身体を持ち上げて、窓枠に足をかける

下にいる山崎には、当然丸見えである。なにって・・・・・


「〜〜〜〜っ!!!!」


(お、俺は何も見ていない!見ていない!)


山崎は必死になって、今見た映像を忘れようと目を瞑った。

しかし悲しきかな青少年。忘れようとすれば忘れようとするほど鮮明に頭に浮かぶのは先ほどの映像。

山崎が懸命に一人闘っている間に、は窓枠を乗り越え、教室側に身を乗り出していた。

山崎が懸念した通り、教室側には足場がない。どうしても1メートルは落ちなければならない。


「えいっ!」

覚悟を決めて飛び降りると思いのほかうまく着地出来た。もしかして私って忍者の才能あり!?と笑いながら、ドアの鍵を急いで捻る。

ようやく扉を開けると、そこには顔を伏せて唸る山崎がいた。


「・・・・どうしたの、山崎君?」

「・・・・・・・・・あ、いや、なんでもない!!!」


彼らしくない動揺っぷりに首を傾げる。が、それに構っている暇は今はない。
 


慌てて教室内に入る山崎の後に続き、目当てのものを探す。

それは案外すぐに見つかった。教室の後ろの壁に添って備え付けられたロッカーの上に粘土で作られた作品が並べられていたのだ。





君、これか?」


「そう!確か・・・・人形みたいのがあったと思うんだけど・・・・」


並べられた粘土の作品は、どれも壺や花瓶のような物が多かった。その中で違和感のあるものが一つ。

「これ!」

が指さしたものは確かに埴輪のような形をしていた。だが手が妙なところから生えており、お世辞にもうまいとは言えない。


「本当に・・・・・これで大丈夫なの・・・か?」


それぐらいにその埴輪は微妙な仕上がりだった。思わず不細工な、と言おうとして動きが止まる。

埴輪の足元には名札が置いてあり、そこには「永倉新八」とこれまた荒荒しい字で署名がしてあった。


(よりによって、あの人の作品か・・・・!)


それならこの出来も納得してしまう。よく見れば、その隣には斉藤作のあまりに出来の良すぎる一輪差しが置かれていた。



どうして斉藤先輩が埴輪を作ってくれなかったのだろう・・・と少し遠い目になるが、いくら尊敬する先輩でもあの斉藤が埴輪なんてものを作っていたら、それはそれで怖いに違いない。

永倉先輩に自分たちの運命が掛かっているだなんて、当人は夢にも思っていないだろう。



「山崎君、行こう!」

埴輪を手にした山崎の腕をが引いた。そうだ、時間がないのだ。



とにかく沖田達の元へ戻らなければ!





そう思い、ドアへ踏み出そうとした二人の身体が・・・・・・・止まる。

















いつからそこにいたのだろうか、

が入ってきた小さな窓に、人が、いる。

がしたのと同じように、窓枠に上半身を乗り出すようにして、こっちを見ている。



ただと違うのは、








本来あるはずの場所に、あるものが、・・・・・・・・・・ない、
















 
そう、その人物には、足が・・・・・下半身が・・・・・・・ない。

ただ男か女か分からないほど振り乱した髪の隙間から鋭い眼球だけが覗いている。

ポツリ、ポツリと鮮血が床に水溜りを作る音が静かに響く。







「て、テケテケ・・・・・・!」








咄嗟にが呟いた言葉に、山崎が反応する。



君、走るぞ!!」




左手で埴輪を、右手での手を握り、走り出した二人を気味の悪い視線が追いかけてくる。









・・・・ガンッ・・・・ドサッ・・・・ビチャ・・・・・・




・・・・・・・・ペタペタペタペタペタ・・・・・・ペタ・・・
















なんの音だろう・・・・・なんて、考えている余裕はない。









「私の足・・・・どこかへ行っちゃったの・・・・ねぇ・・・・知らない・・・・?」









その言葉に答える余裕なんてあるはずもない!!









「くそっ!!!!」







 
見なくても分かる!上半身だけのバケモノが手を足のように使って追いかけてくる!!

それは赤子が手を使って床を歩くかのように、けれど速度は比べ物にならないくらい速い!

かといってこのまま一階へ戻れば、バケモノまで一緒に連れて行くことになってしまう。



「くそっ!どうすればいいんだ!!」

「山崎君、遠回りしてアイツを撒くしかない!!」


が、階段を指す。こうなったら二階で撒くしかない。

繋いだ手を放さないよう力を込める。


不思議だと思った。あいさつ程度の言葉しか交わしたことのないクラスメイト。

それなのに今は繋いだ手が、彼女の体温がこんなにも温かい。



「分かった、行くぞ」



その温かさが恐怖に強張る身体を少しだけ癒やしてくれる。

彼女を、そして仲間を護らなければならない。例え敵が理屈に合わないバケモノだとしても。

剣道で鍛えてきた成果を生かす時は、今なのだ。







「きゃっ!!!」
「うわぁああ!」





二人が階段を降りようと曲がった瞬間、何かにぶつかる。

山崎は咄嗟にを背に庇い、構えた。


























「だぁああああああああああ!!!もういやだ〜〜〜〜〜!!!!!」

「うるせぇ!とにかく走れ!!!」

「俺はいつの間にか寝てしまったんだろうか・・・・」

「ちょ、斉藤!!現実逃避すんな!!誰も寝てねぇから!!!」




異様な電話の音と千鶴達の叫び声を聞き、職員室から一階へ戻ろうとした土方ら四人は、その思惑に反して二階を抜けられずにいた。

戻ろうと階段を降りようとした瞬間、彼らはソレに遭ってしまったのだ。

ソレは階段前の踊り場に静かに立っていた。







「足・・・・・」

「あしだ」

「足だな」

「なん、であし!!」





口が裂けた女を見た後だからだろうか。意外にも永倉以外は冷静だった。

冷静と言うよりも恐怖を通り過ぎた状態だったからかもしれない。

ただ目の前に立っているそれは、口裂け女に比べれば、インパクトに欠けた。





「あれさ・・・・・うちの制服のズボン、だよな?」


原田が指さした先には、確かに自分達と同じズボンを履いた『足』

正確には下半身で腰から上はなにもない。明るいところで見たら、ただのマネキンの半分だと思うだろう。

血が滴り落ちているわけでも動くわけでもなく、ただ静かに立っている。




「これ、動くのか?」

永倉が、恐る恐る近づく。どうしたって『足』の先にある階段を降りなければ一階へは行けないのだ。

「この場合、動くだろうな」

土方はため息をつく。この信じられない超常現象は、よくあるベタな学校の怪談そのままだということはもう理解している。

そうなれば、動くだろう。この学校に人体模型があるかどうか知らないが、もしあったら動くのと同じように。

「だが今のところ害はなさそうだ。触らず無視して先に進むべきだろう」

斉藤が廊下の壁に背をつけ、真ん中にいる『足』を避けてゆっくりと横ばいに進む。

「だよな。とりあえず進まなきゃ話にならないぜ」

原田がそれに倣うように、壁に背をつけ静かに歩きだした。土方、永倉もそれに続く。







そろり、そろり、四人全員が無事に『足』の横を通り過ぎた。

『足』はやはり微動だにしない。

誰ともなく、安堵の息が漏れる。


「こ、こけおどしかよ!驚かせやがって!!」

永倉が足に向かって、叫んだ、その瞬間、












くるり









今まで微動だにしなかった『足』がこちらを向いた。




「うわっ!」

「新八、馬鹿野郎!!」


永倉の言葉に反応したのかは分からない。

もしその『足』に上半身があれば間違いなく視線をこちらに向けていただろう。

『足』のつま先が浮き、一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる。





「結局こうなんのかよ!!!」

「くそっ!!逃げるんぞ!!って・・・・どこ行くんだ新八!」




原田が驚きの声を上げたのは、なにも『足』のせいだけじゃない。

原田・土方・斉藤の三人は一階へ逃げるために階段を下った。

だが永倉だけは、階段を上がってしまったのだ。そして『足』もまた階段を上がっていく。












「きゃっ!!!」
「うわぁああ!」









そして聞こえた叫び声に、三人は顔を見合わせた。



















『足』が階段を上がった先に、ソレはいた。






ああ、このような喜びがあるでしょうか。



ずっとずっと貴方を探していたのです。



それがようやく、私の元へ戻ったのです。



これは最早運命でしょうか。








まるで永倉達の存在など見えていないかのように、『足』は静かに両膝をついた。

上半身はゆっくりと下半身の腰に手を回し、抱き締める。

『足』はそんな上半身に照れたように、もぞもぞと腰を動かす。

すると上半身はゆっくりと頬笑み、その頬笑みはまるで大地に花を咲かせるかのように穏やかな微笑みだった。







例え現実に咲いているのが、血飛沫だったとしても。


その頬笑みはあくまで穏やかであった。


例えその口元から血が垂れていたとしても。







「ロミオとジュリエット的、な?」




およそ場違いな上半身と下半身の感動的な再会。

首を傾げながらが呟いた言葉に答える者はいない。

慌てて三階へ上った三人が見たのは、尻もちをついている永倉と、知らない女生徒を腕に抱えて呆然とその光景を見ていた山崎の姿だった。