校内見廻りの時間になり、天霧は応援団の練習を終わらせた。

三年生徒会・副会長である天霧は同時に応援団の団長も兼任している。

応援団のユニフォームである黒い長ランを翻し、まずはグランドにいる野球部、そして筋トレをするサッカー部に声をかける。



「もうすぐ下校時刻です。すみやかに練習を終了して下さい」

「わかってるよ、天霧!もう終わるからちょっと待ってろって」



生真面目な天霧の言葉にクラスメートでもある野球部主将は笑いながら応えた。

天霧の下校時刻15分前の見廻りは通例の為、彼の姿を見た生徒は彼を練習終了の合図としている。

ある生徒は練習終わりを知り嬉しそうに、ある生徒は残念そうにそれぞれの部活が片付けを始める。

グランドのほとんどの部活が片付けにかかったのを確認し、天霧は校内の見廻りに行こうと身を翻す。

すると、サッカー部の主将がふと天霧の背中に向かって声をかけた。




「天霧、そういや剣道部の連中、どこ行ったか知ってるか?」

「剣道部、ですか?いいえ」



天霧は突然の言葉に視線を体育館の横にある道場に向けた。

道場は一つしかない上狭い為、空手部と剣道部が交代で使っている。確か今日は剣道部の練習の日だったはずだ。



「なんかさっきから静かだと思ったらさ、道場もぬけの空なんだよ。空手部の連中が、空なら使わせろってボヤいてたからさ」

「それは・・・・妙ですね。少し見てきましょう」



道場が使えるのは週に三回、土曜は月に二回使えることになっている。

薄桜学園は理事長の方針でなによりも部活動に力を入れている。その中でも剣道部は厳しいことで有名だ。

道場が使える日に道場以外で練習をするなど、あの鬼の部長土方がするはずもない。


天霧は体育館の中にいる生徒が片付けにかかっているのを確認しながら、道場へと足を向けた。

道場は確かに静まり返っていて、竹刀の音もしない。



「失礼。入ります」



一言声を掛けてから、道場の引き戸に手を掛けて入ると中は確かにもむけの空だった。

だが指定学生鞄が道場の端に置いてある。目で簡単に数えてざっと部員全員分。



「随分、不用心ですね」



さすがに財布と携帯くらいは持って出ただろうが、それでも鍵もかけずに鞄を置いて行くのは少々不用心に思えた。

学校内だが盗難がないとは言い切れない。

土方や斉藤ならば、例え留守にしなくていけない事情があっても、道場に鍵をかけるくらいのことは必ずする。

天霧は学ランの内ポケットから携帯を取り出すと、素早く電源を入れクラスメートである斉藤の番号に電話を掛けた。




『お掛けになった番号は電源が切られているか、電波が届かないところに・・・・・』




風紀委員である斉藤ならば天霧同様、校内にいる間は携帯の電源を切っていてもおかしくない。

主将である土方も同様だ。

しばらく考えて、天霧は同じ生徒会の不知火に電話を掛けた。

不知火は原田と同じクラスで仲が良い。



「んっだよ!うるせぇなぁ」

「不知火、剣道部の原田の携帯番号を知ってますね?」

「ぁあ?そりゃ知ってっけど。」

「かけてみて下さい。今生徒会室ですか?風間は?」

「いるぜ、お前が左之になんの用だぁ?」

「とにかくかけてみて下さい。私もすぐ戻ります」





言うなり、天霧は電話を切って道場を出た。

早足で生徒会室へ向かう。昇降口、下駄箱付近は帰宅する生徒で賑わっていた。

それを素通りし、かけ足で階段を上がり四階の生徒会室のドアを開けた。




「おう、左之の携帯かけたけど、繋がらねぇぞ」


天霧の姿を認めるなり、まるで会社の応接室のような生徒会のソファーにふんぞり返っていた不知火が声を上げた。

その言葉に天霧は眉間に皺を寄せる。

通常はよほど真面目な生徒でなければ、授業中であろうとも電源は切らない。

学校側が電源を切るよう指導しても、せいぜいマナーモードにするのが関の山だ。

部活中で出ることはなくとも、原田や永倉ならば電源は切らないだろう。

試しに永倉にもかけてみたが、やはり通じなかった。




「他に剣道部で番号を知ってる人間は?」

「あ?あとは三年か一年だろ?知らねぇよ。お前は三年の連中なら皆知ってんだろーが」

「剣道部が揃って姿が見えないんです。斉藤・土方・永倉も携帯の電源を切っているようです」

「・・・・・道場にいねぇってのか?もう帰ったんじゃねぇの?」

「鞄が置きっぱなしです。下校時刻までもう間がない。外周に出たとしても土方や斉藤が時間を失念するとは思えません」




天霧の言葉にただならぬ事態を悟った不知火はソファーから身体を起こした。

もう一度携帯を操作し、原田の番号にかける。だが結果は同じ繋がらないアナウンスが流れるだけだった。



「私はもう一回校内を見廻ってきます。風間、話を聞いていましたね?」



天霧の言葉にそれまで黙って生徒会長の椅子に座っていた風間がゆっくりと立ち上がった。

右手で携帯を弄んでいる。どうやら土方にかけていたらしい。



「繋がらんな」

「校内放送で呼び掛けてもらえませんか?」

「・・・・・・・下校時刻になっても戻らなければそうするしかあるまい」

「お願いします」


風間に軽く頭を下げ、天霧はもう一度だけ斉藤に電話を試みる。が、やはり結果は同じ。

「俺も行ってやるぜ。左之に貸し一つだな」


笑いながら立ちあがった不知火だが、その表情には緊張が走っていた。

このご時世だ。校内でも校外でも事故や事件に巻き込まれている可能性も少なくない。



不知火は四階と三階を、天霧は二階と一階をそれぞれ廻ることにし、二人は階段で別れた。

天霧はまず、まっすぐ職員室に向かう。だが職員室はいつもと変わらず教員の数人が席に鎮座しているだけだった。



















結局土方ら四人は、口裂け女から逃げる為に再び誰もいない職員室に戻ってきていた。

階段前の廊下を塞がれ、もはや上へも下へも逃げることが叶わず戻るしかないと判断したのだ。

さすがに四人とも息が上がっている。走り疲れたのではなく、緊張と恐怖の為だ。

職員室のドアの鍵を閉め、永倉がポケットの中の携帯を取り出す。



「ひゃっ、110番!」

「口裂け女に警察かよ!でも今はそれしかねぇーな」


永倉に続き、原田も携帯を取り出した。永倉は警察に、原田は平助にかけた。

だがどっちも繋がらない。こんな時聞き慣れたアナウンスすら聞こえないのだ。



「お、おい、圏外だぜ!」

「ちっ、俺のもだ!!おい、お前らは!?」

「携帯なんざ持ち歩いてねぇよ」

「俺もだ。電源は校内では入れない規則だぞ」

「「そんなこと言ってる場合かよ!!」」




風紀委員と主将の御堅い言葉に二人が同時にツッコミを入れる。

土方は職員室の電話の受話器を取った。斉藤もそれに習う。

だが、通じない。まるで電話線そのものが切られているように電子音も何もしない。



「おい、そっちの電話は通じたかよ!?」

「いや、通じねぇ。おい、斉藤そっちは?」

「こちらも通じん。停電の場合は確か電話が通じなくなると聞いたことがあるが・・・・」

「停電じゃねぇぞ!くそっ!一体なんなんだよ!」




原田がやけくそとばかりに職員室の窓を開けようとした。二階なら下に降りられないこともない。

だが、開かない。鍵を外したにも関わらず、窓はびくともしなかった。


「おいおい、冗談だろ」

原田がたじろく。その様子を見ていた永倉が椅子を一つ持ち上げた。土方が咄嗟に止める。


「おい新八、何をするつもりだ!」

「緊急時だ!この際割っちまった方が話がはえぇだろ!」

「・・・・仕方がない。ボヤボヤしているとあの女が来る」


斉藤が頷く。土方は剣道部のことを考え躊躇したが最早どうしようもなかった。

新八が全員が窓から離れたのを確認し、力任せに窓に椅子を投げつける、

一斉に伏せるように身を屈めるが、想像した衝撃は起こらない。




「うちの学校は防弾ガラスなのかよ!?」


新八が忌々しげに叫ぶ。窓は割れていなかった。逆に投げられた椅子の方が凹んでいる。

「そんなことは有り得ん。以前野球部がガラスを割ったことがある」

「どうなってんだ!これじゃ八方塞がりじゃねぇか」



斉藤の言葉に土方が焦りながら廊下の様子を伺う。今はまだ口裂け女の気配はない。

だがいずれこちらへ来ることは目に見えている。

無駄だと知りつつ、電話のプッシュフォンを押し続けていると、受話器から妙な音が聞こえ始めた。




『・・・・・おき・・・くん!』

『平助・・た・・はそっち・・・・曲が・・・・・!・・・く!!』

『きゃぁあああああああ!!!!』






途切れ途切れの言葉に、耳を裂くような叫び声。

それは受話器を握る土方を通り抜け、他の三人の耳にも届いた。

三人が土方の元に駆け寄る。聞こえた複数の悲鳴。その中に千鶴の声があったからだ。

全員で受話器に耳を済ませる。




『馬鹿・・・うな・・・沖田・・・戻・・れ!!』

『ア・・ツが・・・・来・・・』

『そ・・・じ・・・!・・・』






「わたし、メリーさん。いま、げたばこにいるの」





『走れぇぇええええええ!!!!』





『――――――――――――ツー・ツー・ツー・』







「な、んだよ、いまの・・・・」



聞き慣れた部員達の声。

その部員達の恐怖に惑う声と共に聞こえたのは、鈴のような可愛らしい少女の声だった。

けれどその声が持つ意味を全員が知っている。



「まずいぜ!あいつらも襲われてる!」

新八が頭を抱えながら叫んだ。全員に焦りの色が浮かぶ。

「聞いたことねぇ声が複数混じってた!俺ら以外にも取り残されたやつらがいるってのか!」

最早疑いようがない。自分達はわけのわからない現象に巻き込まれ危機に直面してる。

原田が苛立ちを隠せず力任せにゴミ箱を蹴りあげる。

「土方、とにかく全員合流しなければ。話はそれからだ」

「あの様子じゃ時間がねぇ。くそっ、総司のやつ頼りにならねぇ!」



いつもは生意気で好戦的な後輩に悪態をつく。

だがそれも仕方ないことだと分かっていた。鬼の部長と言われた自分でさえ逃げることしか出来ないのだから。



「一階へ戻るぞ。全員武器になるようなもん探しとけ」



土方に言われるまでもなく、斉藤と原田は箒を持ち出し、永倉は消火器を抱えあげた。

土方は非常用のロープと工具のスパナを持つ。

最早一刻の猶予も許されてはいなかった。

























天霧は学校のチャイムが下校時刻を告げたことを確認し、ため息を吐いた。

校内にはもう生徒は誰も残っていない。

一階にも二階にも剣道部の姿は見えなかった。この分では不知火の方も期待できないだろう。

教諭にこの事実を告げるべきか迷い、一度生徒会室へ戻ろうと決める。

何か不祥事があれば下手を打つと部活停止になることもあるのだ。剣道部のことを考えるならば出来るだけそれは避けたい。

無言で職員室を通りすぎ、窓の外を見つめる。

夕焼けが漆黒に代わり、グランドの電灯が消されたため、外は闇に近かった。

だが次の瞬間、天霧は息を呑んだ。

窓ガラスに、職員室から出て行く剣道部四人の姿が映った気がしたのだ。

慌てて後ろを振り向く。

そこには誰もいなかった。

当たり前だ。物音一つしていない。

職員室の扉も開かれてはいなかった。

もう一度、窓ガラスに目を映す。





そこに映ったのは、長ラン姿で眉間にしわを寄せた自分の顔だけだった。

疲れているのだろう。

だから探し物を見つけた気がしたのだ。




天霧は深く息を吐き、急ぎ生徒会室へと向かった。