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ねぇねぇ、知ってる?

図書室にある不思議な本の話。

その本に吸いこまれるとね、別の世界にいっちゃうんだって

そこにはね、おばけがたくさん住んでるの

その世界に迷い込んだら、24時間以内に帰らないと、

おばけの仲間にされちゃうんだよ











わたし、みたいにね?































誰もいない学校などそう体験出来るものでもない。

薄暗い校舎に非常灯のランプだけが妙に眩しい。

まるで夜中の学校に忍び込んでしまったような罪悪感すら感じそうだ。

落ち着かない様子で永倉はキョロキョロと見慣れたはずの学校を見回した。







「なんかよ・・・・やけに暗くねぇか?」

「だよな。電気点いてるってのに・・・なんでこんなに暗いんだ?」



永倉に続き、原田も不安気に呟く。

まだ四時過ぎ、二学期が始まったばかりでまだ残暑も厳しい。夕暮れ時にもまだ少し早い時間だ。

さっきまで確かに晴れていた。それなのに窓から差し込む光がほとんど感じられない。


「急に天気が崩れているようだが・・・・直接の原因はこれだろうな」

斉藤が天井を指す。それは裸の蛍光灯。

けれどそのどれもがチカチカと瞬きを繰り返すかのように、弱弱しい光を放っている。

「おいおい、学校中の蛍光灯が切れかかってるってのか?」

土方が思わず眉間に皺を刻む。

この学校は私立高だ。用務員だっているし、蛍光灯や備品はマメに取り替えられているはずだ。

「そうとしか思えんな。最も全てが同時に切れるなどあり得る話じゃない」

「おいおい、自分で言っといてなんだよ、斉藤」

「ならば、新八。この現象を説明できるか?」


こんな時もポーカーフェイスを崩さない斉藤に呆れながら、永倉は両掌を上にかざした。


「俺にわかるわけねぇだろ、しっかし、本当に誰もいねぇんだな」

「さすがに・・・・異常、だよな」


原田が足を止めて呟いた。目の前には職員室と書かれた札が頭の上にぶら下がっている。

音はない。誰もいないだろうことは容易に想像が付いた。


全員ここにくるまでさほど危機感を感じていたわけじゃなかった。

だが、二階の職員室への道のりまで誰一人として会うことなく辿り着いてしまった。

その事実。

普段なら一言「失礼します」と声を掛けて入室する。

だが誰も何も言わなかった。礼儀に厳しい斉藤でさえ、無言で扉を引いた土方に続く。

















そこには、女がいた。

















残暑が厳しくまだまだ暑い。

それなのに、女は真っ赤なトレンチコートを着ていた。

窓側に身体の正面を向け、こちらに背を向けている為顔は見えない。

真っ黒で長い髪が無造作に腰に向けて伸びている。















「なんだ、人、いるじゃねぇかよ」


永倉が肩の力を抜き、大げさにため息を吐いた。

だが反対に土方・斉藤・原田は足を止め女の向こう側を凝視している。

正確には、窓に写った、女の顔を。





「あの、誰もいないんスけど、何かあったのか知ってます?」


永倉が女に歩み寄ろうとした身体を、原田が咄嗟に肩を掴んで押し留める。

「なんだよ、左之」

「新八、やめとけ」

「三人とも、ゆっくりこの部屋をでるぞ」


土方が足をゆっくりと後ずさる。

だが目は窓に映ったソレを見たままだ。目が、放せない。


「はぁ?出るって、まだ何も聞いてねぇじゃ、」

「新八、黙れ」

斉藤が緊張の面持ちで、永倉を叱咤する。

原田は掴んだ永倉の肩をそのままに抜き足で土方と同じように後ずさった。



永倉が抗議の声を上げようとしたその、瞬間。







女が、ゆっくりと、こちらを、向く。




まるで生まれてから一度も梳かされたことのないような艶のない髪。

手には大きな白い布が握られている。それが何かは、言わなくてもわかるだろう。




口が、真っ赤な口紅を塗りたくったように、赤い。




赤い。





赤い。






だって。








口が。








耳まで。















裂けているから















わたし、きれい?













「うわぁああああああ!!!!!」






それが誰の叫びかは分からない。

だが誰かが発した最初の悲鳴を合図に全員が、職員室から廊下へと走り抜けた。

後ろから唸り声のような雄叫びが聞こえる。








「な、なんだよ、なんだよあれは!!!」

「知るか!とにかく走れ!!!」

「理解できん、なんだあれは」

「うるせぇ!!!全員ここから出るぞ!!!」





足がもつれそうになりながら、それでも走る。

怖くて後ろなんか見れるはずもない。

けれど分かる。

アレが来ている。

すぐ後ろに追いかけてきている。





「アレは・・・・つまりあれ・・・・なのか」

口に出すのも嫌だったのだろう。斉藤がそれでも冷静に事にあたろうと、自分以外に確認を取りたがる。

「だろうな!それ以外に考えられねぇ!!それに、特殊メイクでもねぇ!!!」

ことさら乱暴に土方はそれに応えた。日頃の鍛練のおかげで息切れ一つないのが救いだ。

「なんで、そんなモンがうちの学校にいるんだよ!!うちの学校、新設校だろうが!!」

永倉はもう何がなんだかわからないと、頭を掻き毟った。唸る声も追いかけてくる足音も空耳じゃない。

「それに、怪談と都市伝説ってのは別じゃなかったか?アレが学校にいること自体理屈に合わねぇぜ」

必死で昔の記憶を辿る原田。思い出すのは昔よく見た怪奇番組。

「説明しろ、どういうことだ?」

斉藤が先を促す。とりあえず引き離したようで、少しばかり余裕が生まれていた。





「怪談ってのは昔からある怖い話だろ。都市伝説ってのは日本が高度成長期を迎えた頃に生まれた話なんだよ。
特にあれ・・あの女の話とかはよ、日本が裕福になって、私立の受験戦争が金持ちの間で一種のステータスみたいになった頃によ、塾通いが流行ったんだと。
でもガキは当然塾なんて行きたくねぇよな。で、「口裂け女に襲われるから、夕暮れ時は怖くて外に出れない」って言い訳が流行ったらしいんだ。
それが口裂け女のルーツ。口裂け女が夕暮れ時に現れるのは、ガキが塾に通う時間帯だからなんだってよ」

「つまり、子供の作り話だと?」

「それは俺も聞いたことがあるぜ。確か人面犬も似たような理由だったな」

「わかんねぇよ!つまり何が言いたいんだよ、てめぇは!!!」



四人はようやく足を止めた。突き当たりの階段に差し掛かったからだ。

恐る恐る後ろを見れば、何事もなかったように静まり返っている。

原田は一呼吸し、そして口を開いた。


「だから、作り話なんだよ。昔自殺した女の霊が・・・って話じゃねぇんだ。
幽霊が本当にいるかどうかは、この際置いといて。
仮にもし幽霊が「い」たとしても・・・・口裂け女は存在しねぇんだ。正真正銘作り話だからな。
だからこそ、口裂け女や人面犬は学校の怪談や七不思議には数えない」


「ああ!?なんだよ、だからどうなんだよ!」

「要するに、ジェイソンと貞子の違いみてぇなもんか?」


土方はどうにか息を整え周囲の様子を伺う。物音一つ、しない。それがまた無気味だ。



「ジェイソンは切り裂きジャックがモデルの創作だ。だが貞子は実在する。
もし仮に幽霊がいるとしたら、確かに貞子の霊も存在する可能性がある。なるほど・・・そういうことか」


納得したという斉藤と、土方。その様子に剛を煮やした永倉が捲くし立てる。


「今はそういうこと言ってる場合じゃねぇだろ!それよりアイツをどうするかだろうが!!」


四人がすぐに玄関へ向かわないのには理由がある。

このまま下へ逃げれば、玄関で待っている一年達も口裂け女に遭遇してしまう可能性がある。

例え学校の外へ逃げたとしても、逃げきれる保障はない。



「確か・・・・退治する方法がなかったか?」

ふいに思い出したように土方が顔を上げた。

「退治・・・つーか、「ポマード」って三回唱えると逃げるっつーのは聞いたことあるけどよ」

原田は自信なさげに呟いた。そんなことで逃げられるほど甘い相手にはとても見えなかった。

「べっ甲飴が好物だとも聞いたことがあるな」

「けっ、あの口で飴なんて食えるのかよ」
わたし、きれい?


























永倉の声に重なって、それは響いた。














四人が振り向く。

するとそこにはまるでずっとそこにいて四人の会話を聞いていたかのように、

赤づくしの女がいた。

真っ赤に耳まで裂けた口からは、ボタボタと血が流れでている。

あまりに全身が赤に濡れていて、もうどこか口なのかも分からない。






「おい、どうすんだよ。下か?上か?」

「下・・・には行けねぇだろう。三階から回って降りて、裏の昇降口まで突っ走るぞ」

「同感だ。これを千鶴達に遭わせる訳にはいかない」

「ぽ、ポマード、ポマード、ポマード、ポマード!!!」

ねぇ、わたし、きれい?







「走れ!!!」





土方の号令を合図に、四人が一斉に階段を上がった。

永倉が壊れた目覚まし時計のようにポマードと繰り返すが、女に反応は一切無い。





「左之、効かねぇじゃねぇかよ!!!」

「誰も効くなんて言ってねぇ!!!」

「一つ聞くが、アレに捕まるとどうなるんだ?」

「そういや、聞いたことねぇな。・・・おい、左之!どうなっ・・・・!!!」








土方の足が、止まる。







進行方向に、血だまりが、あった。

それは廊下を埋め尽くすかのような、広い広い血の海。

海の真ん中には噴水のように血を溢れさせる、女が、一人。










「・・・・・・・・・・・・・・・同じように口を裂かれて殺される」








左之の呟きに答える者は、いない。