「儂が男塾塾長・江田島平八である!!」





響いた声のあまりの大きさに一瞬意識が遠のく。

とんでもないところにきてしまったことは分かっていたつもりだけど。

その認識すらまだ甘かったかもしれないことを、

この後知ることになる。





















陽炎












「では邪鬼よ、この娘を貴様らの監視下に置くというのだな?」

「押忍、それが一番かと」

「ふむ、難しい問題じゃて」




江田島平八は物珍しいものを見るかのようにをじっと見据えた。

は思わずたじろいで邪鬼の腕に縋りつく。

邪鬼は少し驚いたようにを見た。






「大豪院さん・・・・」



震えるの声に、安心させてやりたいとは思う。

が、女との接触が今までほぼ皆無だった邪鬼にはどうすればいいか分からなかった。

優しくすればいいのだとセンクウは言っていたが、それすら邪鬼には分からない。





戸惑う邪鬼の様子を見ていた江田島は、笑い声を発した。



「ふ、まぁ良い。その娘の帰る方法は儂も調べてみよう」

「押忍、ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます!」



は江田島の言葉に勢い良く頭を下げた。

江田島はが気に入ったのが、笑い声は止まない。

だが邪鬼は、何故こんなにも容易に塾長がを邪鬼の元に置く事を許したのか疑問に思っていた。




「塾長、」


「ふっ、邪鬼よ。慈しむことを知ることも、男には必要じゃて」

「慈しむ・・・?」

「まだ貴様らには悟り得ないことかもしれん・・だからこそ儂はその娘が此処に留まることを許そう。
だが無条件というわけにもいかん」



江田島の言葉に、邪鬼は一瞬目を細めた。



は日に一度、必ず儂と食事を共にし、その日の出来事を報告すること。良いな?」

「・・・・そんな簡単なことでいいんですか?」

「ふっ、儂にも楽しみを分けてもらわんとなぁ、邪鬼よ?」

「・・・・・押忍」

「ガハハハッッ!!人生には潤いも必要じゃて」







余程機嫌を良くしたのか、塾長の笑い声は止まなかった。

その様子にはひとまず安心し、邪鬼の腕に縋りついていた身体を放した。

腕から重みが消え、邪鬼は己の腕を触る。

今まで触れていた温もりに、もどかしさを覚えていた。






「それではいくが良い。食事の件はまた明日使いを出そう」

「はい!」

「押忍。失礼します」







邪鬼がを伴って部屋を出た後、江田島は葉巻に火を付けた。


「あの無骨者どもがどう成長するか、それもまた一興か」


だがあの娘が帰る手段を見つけるのは容易ではない。

桜の季節などあと一週間も過ぎれば終わってしまう。

春が過ぎ、夏が訪れればあの娘は帰る場所を失くしてしまうかもしれないのだ。



江田島平八は一人、美しく散る桜の木を見上げた。

桜が散るまで残り、一週間。

その時間の早さと事の重大さにあの若い三号生達は気づいてはいない。





















「で、江田島のじじぃとメシを食うことになったのかよ?」

「塾長にしては随分と物分りがいいな?」

「何が考えがあるのだろうか」

「ふむ・・・・」





帰ってすぐに塾長との謁見の様子を聞きに来た死天王は一様にそれぞれの反応を示した。



卍丸は単純に江田島との食事の約束に不快感を示し、あの助平じじぃなどと罵った。

羅刹と影慶は塾長に何か目論見があるのではないかと顔を見合わせた。

そんな中でセンクウだけは一人、窓の外の桜を見つめていた。

その様子に気付いたがセンクウを見上げる





よ・・・・桜が散ったら、どうなると思う?」

「桜が散ったら・・・ですか?」

「ふむ・・・・思うに、帰れなくなるのではないか?」




センクウの言葉には勢い良く窓の外を見た。

桜は既に満開を過ぎ、少しずつ花弁の数を減らしている。




「桜が・・・咲いているのは・・・・」

「長く見ても一週間と保つまい」



そう言って首を横に振るセンクウに、卍丸が声を上げた。



「おいおい、それがそんなに重要なことかよ?」

「重要だ。桜と香が鍵となる。それはいいな?その桜は永遠に咲いているものじゃない。
もしが元の世界に戻るのに必要な条件が”今”咲いている桜でなければならないとしたら・・・ 散ってまた来年、というわけにはいかないんだ。だからこそ塾長は此処にを置く事を許したのでは ないか?時間がないことを察していたからこそあの人は桜の傍からを引き離すようなことをしなかったんだろう」



センクウの言葉に邪鬼が頷いた。

それくらいの事情がなければ、本来女を男塾内に留まることを許すなど在り得ない。

しかし塾長は敢えてそれを口にはしなかった。試していたというのだろうか・・・己達を。




「とにかく、まずは香を特定することからだな」



羅刹は腕を組み、桜を睨み付けた。

男塾には何本もの桜の木があるが、その桜が散る様をこんなにも憎く思ったのは生まれて初めてだ。



、とにかく今日は休め。明日から香を探す。それで良いな?」

「大豪院さん・・・はい・・・」




気落ちしてしまったの背中を邪鬼が優しく押した。

そこで、邪鬼は気付く。




「影慶、の部屋はどうなっている?」

「は!?の部屋・・・ですか?」



そう言われて固まってしまったのは影慶だけではない。

他の死天王もピタリと動きを止めてしまった。






「用意していないのか?」

「はっ、申し訳ございません。何分―――」



女が泊まれるような部屋がありませんもので、と影慶は恐縮しながら答えた。

それも仕方ないことだろう。邪鬼は誰も責められはしないだろうと宙を見る。

と、そこに不審な動きをする男が一人、の肩を抱いた。







「じゃ、今日は俺の部屋な」

「ま、卍丸さん!?」

「空き部屋になんて一人で泊めたら危ねぇだろうが。敵はどこにいるか分かんねぇんだぜ」

馬鹿者が!!貴様が一番危ないわ!!!

「うっせーな、羅刹。てめぇは香水でも探してろ!」

「香は水ではなく、固形物だ馬鹿者が!!いっそのことその沸いた頭にぶっかけてやろうか!!」

「あーあー、うっせーなー。、おっさんがうるせーからとっとと行くぞ」

待てぃ!!





を連れて行こうとした卍丸を羅刹が羽交い絞めをして止める。

それはまるで娘を若い男に連れて行かれそうになった親父のような必死の形相で。

遠目から見ていた影慶と邪鬼が呆気に取られていると、センクウがなにやらごそごそと割り箸を取り出した。




「じゃあ、くじびきにしよう」



そう言って5本の割り箸の一つに赤い印を付けて、拳に握りこむ。

「くじびき、とはなんだセンクウ?」

「言葉の通りですよ、邪鬼様。が誰の部屋に泊まるのかくじ引きで決めましょう」

「きききき、貴様、なにを言ってるんだ、センクウ!!」

「さすがセンクウ!とんでもねーことさらっと言うじゃねぇか、乗ったァアアア!!!!」







いつの間にか羅刹と相撲を取る羽目になっていた卍丸が、センクウの手の中から一本割り箸を奪い去った。

その勢いにつられて、羅刹も慌てて割り箸を引く。これで残り3本。




「じゃあ、邪鬼様お先にどうぞ」

「ふ、ふむ・・・」

「次影慶いいぞ」

「あ、ああ・・・・」


本来ならば止めさせるべきなのに、あまりのセンクウの自然な笑顔になんとなく二人は押されていた。

今日拾った子猫は誰と一緒に寝る?くらいの軽さにツッコむことすら出来ない。



「で、残りは俺な」




まるで王様ゲームの要領で、皆割り箸の先を自分の手のひらで隠し持つ。

あくまで爽やかにセンクウは「同時に見るんだぞ」などといい、自分の分を目の前にかざした。




「せーの!!」





「畜生ォオオ!!外れたぁああ!!!」

「・・・・・・・・外れた」

「おや、残念。ハズレだな」

「・・・外れだな」









「あの・・・・・私の意志は・・・・・・」








男たちの断末魔を前に、の声は届くことなく。










果たして栄光は誰の手に。