「嘘だ」 「嘘じゃない」 「うそ、うそ、うそ!!」 「本当だ」 ここが日本だなんて、誰か嘘だと言って下さい!!! 陽炎大日本帝国。昔そう言われた国は大敗を経て、民主主義の国に生まれ変わった。 大規模な改革、戦後の日本は凄まじい勢いをもって復興を遂げた。 そこまでは同じだ。 誰もが知る日本の歴史。 けれど、 「私のいた日本は筋肉ムキムキのおかしな拳法を使う人なんていないんです!!」 帰る手段が分かるまで此処に住むことになったはまず、この場所の地名を聞いた。 そしてまさかそれが聞き慣れた国の名に繋がるとは思いもしなかった。 自分の知る日本には、自己紹介代わりに見せてくれた指だけで壁を打ち抜く人間や、 頭からブーメランを出したり、鋼線でコンクリートを真っ二つにしたり、腕を振るだけで 竜巻を起こしたり、あまつさえ自分の右手に毒を仕込んでいたりする人間(さすがにこれは説明だけだった)なんて存在しない。 最初から、世界が、次元が違うのだと思っていた。 例え日本でなかろうと、ユーロ圏だろうがアメリカだろうが、こんな人達はいないに違いない。 なのに平然と影慶の口から出た言葉、【日本】しかも【東京】 東京って東京タワーがある【東京】ですか、と聞いたらあっさり「なんだ知ってるじゃないか」と言われる始末。 「違うんです、地名はそうだけど、違う」 「やっぱり異世界なんとかなんてややこしいもんじゃなくて、ただの迷子じゃねーのか」 影慶とのやりとりを見ていた卍丸が煙管をふかしながらそう言った。 「違う!絶対違います!!」 「しかし・・・・」 顔を見合わせる羅刹と影慶の横で、ふと思いついたようにセンクウが本棚から本を取った。 パラパラとページを捲り、ある一点で手を止める。 「」 「はい?」 「これじゃないのか」 センクウが指差した箇所にはパラレルワールドについて、という見出しが大きく載っていた。 「ぱられるわーるど?」 「どれ、貸してみろ」 羅刹はセンクウから本を受け取り、声に出して読み始めた。 パラレルワールド 世界というものは実は一つではない。 様々な次元に分かれ、全く異なる価値観・環境・人種が存在していると言われる。 その中には別の世界では物語として綴られている世界、また全く同じ世界に見えるのに違う人間が暮らしている、もしくは同じ人間なのに、全く異なる人格を有しているなど千差万別・様々である。 それらは本来決して交わるものではない。 けれど千年・あるいはそれよりも更に長い年月に何百万という確立で決して交わるはずのない世界が交わることがある。 それが果たして何を意味するのかは我々の想像の範疇を超えている。 古来より人はそれを神憑り、と呼び恐れた。 それらの事実は古代の遺跡・聖書・海底文書ありとあらゆるものの間に垣間見ることが出来る。 だがそれらの真実は決して、我々が知ることは出来ないのだろう。 「なんか・・・納得出来るような出来ないような・・・」 「なんだかよ、これ読んでると宇宙人イコール異世界人ってことにならねぇか?」 卍丸が写真の一部を指差した。参考資料として載っているミステリーサークルの写真だ。 「私は宇宙人じゃないですよ・・・・」 「まぁ、人間ってのは確かみてぇだけどよ」 卍丸はに向かって手を伸ばした。ひゃっ!と高い声とゴン!と鈍い音が同時に聞こえる。 羅刹の拳が卍丸の頭にクリーンヒットしていた。 「何やっとるか、貴様は!!」 「痛ぇな!」 「こ、腰撫でられた・・・・・」 「大丈夫か、。なんなら毒手で葬ってやるぞ?」 にこりと爽やかに微笑みながら、包帯を解く仕草をする影慶はそれなりに迫力があった。 それはいいな、とセンクウが横で同意する。 「とにかく!俺達の言う日本との居た日本じゃ違ぇってことだよな!?」 影慶の千本毒手を避けつつ言う卍丸の言葉には頷いた。 「というか・・・・常識そのものがまるで違うと思います」 「常識・・・・今のところ特にそうは思わんがな」 「全然違うと思います」 じゃれ合いのような殺し合いのような目の前の光景を見ながら、は首を振った。 首を傾げるセンクウと羅刹には何が違うのか、分かって貰えないらしい。 「まぁとにかく、が此処に留まるにはあと一つ問題がある」 「なんですか?」 「塾長に許可を貰わねばならん」 「じゅくちょー・・・・さん?」 男塾、という言葉はさっき聞いていた。けれど塾長という言葉は初めてだ。 察するに校長のようなものだと推測は出来るが、ということは・・・ 「大豪院さんより偉い方がいるんですか?」 「一応な。塾長がどう出るかが問題なんだが」 影慶は簡単に男塾の内部構造を説明した。 此処は男を極める場所であること、一・二・三号に分かれ日々修行を行っていること。 塾生をまとめる総代が邪鬼であり、当然教員と塾生を統べる塾長が存在すること。 現在三号生は大豪院派と、それに反する一派に別れていること。 塾内の規律は厳しく女人禁制・塾内に立ち入ることなどもっての他であり、 のことを内密にするのは簡単だが万が一露呈すればそれに携わった全員の立場が危ういこと。 「そう・・・なんですか・・・・」 影慶の説明に、自分のせいで彼らの立場が危うくなることを知っては微かに青ざめた。 まさか自分をここに置くことがそんなリスクを背負っていることだとは夢にも思わなかったのだ。 それを察したセンクウは優しくの頭を撫でた。 「勘違いするなよ。塾長は人格者だ。きちんと順立てて説明すれば、行き場所のないお前を放り出したりはしないさ」 「でも・・・・・あの・・・・」 「俺達のこととてそうだ。自分の立場を心配してお前を捨てたと知れば、それこそ切腹を命じられるだろうさ」 女を護るのは男子たるものの当然の役目だ、とあっさりと口にするセンクウに、やっぱり世界が違うな、とは思った。 今、の知る日本ではそんな男など極僅かにしか存在しないだろうと思う。 「でも・・・・もし駄目だと言われた場合は、」 自分はどうすればいいのだろうか。他に頼る人などいないのに。 「駄目とは言わんさ。ただ、天動宮に居る許可が貰えるかどうかが問題だ」 「どういうことですか?」 首を傾げるに四人はそれぞれ視線を彷徨わせた。 一つため息を吐いた影慶が窓の向こうを指差す。 「あそこにでかい家が見えるだろう。あそこが塾長の住まいだ。 塾の敷地内と目の鼻の先。だが塾内ではないので女人禁制ではない。 さっきも言ったが此処は規律が厳しい。破れば切腹もある。 まぁ、要するに――――おそらく塾長はの話を聞けば、自分の家に引き取ろうとするだろうということだ」 苦虫を噛み潰したような影慶の顔を、はきょとんと見上げた。 「えっと・・・それは・・・・」 「天動宮にはいられんだろうな」 羅刹が呟く。 「まぁ・・・それがにとってはいいのかもしれんが」 センクウもそれに静かに答えた。 死天王は皆、を気に入っていた。おそらく邪鬼もだ。 女、というよりは一人の人間として。 ようやくまともに話を出来るようになり、やっと少しだけ彼女を知ることが出来たというのに。 塾長の手に渡れば、まともに会うことすら出来なくなる。 それが嫌なのだ。 けれど誰一人それをまともに口にすることはない。 彼らにも死天王としての、男としてのプライドがある。 すっかり黙り込んでしまった死天王達に、はもしかして塾長って怖い人なのだろうかと見当違いなことを考えていた。 「塾長との謁見の用意が出来たぞ」 その沈黙を破ったのは学ラン姿の邪鬼だった。 邪鬼は一足先に、塾長の元へ今回の事の説明に行っていた。 案の定を連れて来いとのことだ、とその場にいた全員に邪鬼が告げた。 「、行くぞ」 「は、はい!」 「お前達は此処で待て」 「押忍」 「・・・・」 何か言いたげな死天王を残し、邪鬼はの手を取り天動宮を後にした。 にとっても、邪鬼達にとっても長い長い1日が始まろうとしていた。 |