与えられた服に着替えて、深呼吸を一つしてから扉を開く。

待っていた三人が一様に驚いた顔で私を見て、そして笑った。

それがなんだか嬉しかった。
















陽炎












西洋の古城を思わせる古い壁に、窓から差し込む太陽の光。

まるでファンタジーの世界に紛れ込んでしまったような感覚。

三人の後を追いかけながら、それでも視線はあちこちに飛んでいく。



「そんなに珍しいか?」

その様子がよほどおかしく見えたのか、影慶が振り返ってを見た。


「あ、いえ!すいません・・・・」


慌てて前を向くに、三人は顔を見合わせ、そして笑う。

どうも、目が覚めてからは笑われてばかりのような気がするけれど。





「此処だ」





長い廊下を歩いた先の最奥の部屋、大きな赤い扉の前で先導していた羅刹の足が止まった。

左右対象の龍の模様が彫ってある扉の向こうから、只ならぬ雰囲気を感じる。





「怖がることはない」


無意識に立ち止まったの背中を、羅刹が優しく叩く。

この先にあることを不安に思っているだろうことが、の表情から読み取れた。

そうさせたのは己らが原因であることに、影慶は罪悪感を感じていた。

だがそれはこれから償えばいいことだ。





「邪鬼様、御前に」

「入れ」




太い声が響き、大きな音を立てて扉が開いた。

を伴い、総代である邪鬼の前に膝をつく。




「連れて参りました」

「ご苦労」



その言葉に、羅刹とセンクウも邪鬼の前で膝をついた。

が自分はどうしたらいいのかと、おろおろしている。

その様子にくっ、と低い笑い声を発したのは卍丸だった。






、いいからそこに座れ」



三人と同じように膝をつこうとしたを制し、邪鬼を見る。

邪鬼はゆっくりと椅子から下り、の前に胡坐で座った。

自然と、二人の視線が近くなる。



「何があったか正直に話してくれんか」



邪鬼は自分がこれほど優しい声色を出せたということに驚いていた。

出来るだけ、怖がらせないようにと気を配ったつもりではあったのだが。

その思いが通じたのか、初めて会った時のような怯えがには見えない。




「信じてもらえないと思うんですが・・・・・」

「構わん。それが真実であるならば、話すがいい」




律儀に正座したがその膝の上で拳を握り締めた。

そしてポツリ、ポツリ、とその身に起きた出来事を語り始めた。
















それは

到底信じられない空言であるように思えた。

誰一人、口を挟むことなくの話を聞いていたがその表情は険しい。

は、まだ夢の中にいるのではないだろうか、と呟いた。

無理もないだろうが、ならば自分達は生きた人間ではないということになる。

肯定も、否定も出来ない状況に邪鬼は眉間に手を当てる。

それでも、の表情から吐き出される言葉が少なくとも彼女にとっては真実であるということが読み取れた。





よ」

「はい」

「貴様の言うことが事実であろうがなかろうが、現に貴様は此処に居る。
問題はこれからどうするか、そうだな?」

「・・・・・はい」

「此処は荒くれ者達が武道と精神を極める男の総本山。女人禁制であり、当然女などおらん」

「はい」

「俺は貴様の身に起こった事が理解出来ん。だが、どうやら鍵は男塾の桜と香にあるように思える」

「私も・・・・そう思います」

「ならばここに留まり、帰る方法を模索するしかあるまい。
だが此処に留まるということは、」

「危険が伴う、ですか?」



男だらけの場所に、女一人。その危険は昨日一日で身を持って知っただろう。

は真っ直ぐに邪鬼を見据え、けれどその手は微かに震えていた。




「全ては貴様次第よ」

「此処に居させて下さい」



答えはすぐに返ってきた。だがそう言うしかなかったのだろうことも理解出来る。

身の危険を覚悟しろなどと、残酷なことを何の力も持たないただの女に言えるわけがない。

それでも、



「大豪院邪鬼。男塾総代だ」

です。ご迷惑をお掛けしますが、これからよろしくお願いします」




そう言って初めての笑みを邪鬼に見せた女を、邪鬼は護ってやらねばなるまいと拳に誓った。

―――・・・・」

「やれやれこれでやっと朝メシが食えるぜ」




邪鬼がの手を取ろうとした瞬間、その場の緊張感を崩したのは卍丸だった。



マスクを外し、大袈裟に欠伸をする。その緊張感の無さに、邪鬼の手が宙に浮いた。



「卍丸、貴様、場の雰囲気を読め!!」


途端機嫌が悪くなった邪鬼を察し、影慶が叫ぶ。

羅刹とセンクウは呆れたように互いに顔を見合わせた。



「腹の虫で邪魔するよりはいいだろが」

「邪魔をするな邪魔を!!」

「うるせぇな。おい、、卍丸だよろしくな」




卍丸はそう言っての膝の上の手を無理やり取り握手、と握り軽く上下に振った。

呆気に取られては成すがままになっている。

先を越された邪鬼の眉間にはみるみるうちに皺がよる。





(こいつわざとだな・・・・!!!)




先ほどセンクウの部屋にを迎えに行くことを止められた卍丸の、邪鬼に対する意趣返しだと気づき影慶は拳を震わせた。

の手前、ここで卍丸をぶっ飛ばすわけにもいかない。

影慶とは違い、階級や主従に拘らない卍丸は時々ガキの悪戯のような真似をして他の死天王や邪鬼を困らすことがある。



も腹が減っただろう。メシにするか」

「あ、はい・・・・ってぇえええ!??」


邪鬼は卍丸とを引き放し、片手での身体を抱き上げた。

そして勝ち誇ったように口端を上げ卍丸を見下す。


「じゃ、邪鬼様・・・・・・」



まるで恋敵のように火花を散らす二人に影慶はどうしたものかと他の二人を見た。

羅刹は複雑な表情を浮かべ、センクウは面白いと言わんばかりに口元に笑みを浮かべている。





「あの、大豪院さん、降ろして下さい〜〜〜〜!」

「遠慮するな。それと邪鬼で良い」

「高いんです!高い!!」

「邪鬼様、女は肩に担ぐんじゃなくて、横抱きにするもんだぜ」

「ふ、卍丸、腹の虫が鳴いておるぞ。さっさと食事の用意をせい」

「んなもん、下っ端の仕事でしょうよ」

「ほう、総代命令に逆らうか」

「職権乱用って言葉知らないんですかい?」

「高いです!!怖い!!」


邪鬼の肩の上でばたばたとが暴れている。

が、そんなことお構いなしに、卍丸と邪鬼の言い合いは続く。



「ははっ、面白いな」

「センクウ止めてくれ・・・・・」

「それはお前の役目ではないのか、影慶」

「俺にどうしろと・・・・!!!!」

「まぁ、最初に比べれば微笑ましい光景だろう」

「羅刹・・・・お前はそれでいいのか・・・・」







まるで緊張感の消えうせたこの場の喧騒に、違う意味で面倒なことが起こりそうだと影慶は胃を押さえた。












後書き↓
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当初の予定通りこのままギャグで行きます。
卍丸は邪鬼様が対等の友人関係を望んでいること気づいていて、
邪鬼様も卍丸がそれをわかってくれていることを知っています。
この二人が一番わかりやすくヒロインを奪い合ってくれそうですね。