卍丸は目の前の女を見てどうにも疑問を感じていた。

違和感が、あるのだ。

女の何か、ではなく女の存在そのものに。

ガキの頃見た気がした幽霊のような、

未熟だった頃感じた得体の知れぬ敵への悪寒のような、

自分の知らない未知の何か。





目の前の女はそれと同列のもののような気がしてならない。



ため息と共にそんなはずがないと首を振る。

見た目と同じくただの女のはず、なのだ。

















陽炎











刻限はとっくに朝を迎えていた。

昨晩の騒ぎで結局何も口にしていない。

遠征や抗争の時など二日三日食わぬことなど珍しくはないのに、妙に腹が減る。

影慶は空腹感に腹を押さえつつ、センクウと共に牢へ向かっていた。

この先に居る娘はもっと、辛い思いをしているはずなのだ。

自然と早足になるのはセンクウも同じようで、二人は無言で地下へと下りていった。








「卍丸」







石牢の前には卍丸が胡坐をかいて座り込んでいた。

名を呼ばれ、顔を上げる。と、影慶の拳が頭の上に落ちた。





「何しやがんだ、てめぇ!!」

「煩い、この程度痛くもなかろう」

「その通りだな。それに油断しすぎだ」




影慶がまるで蝿でも払うように卍丸に向かって退け、と手で示す。

何故自分が殴られなければならないのかと抗議をしようとした瞬間、センクウに首元を猫のように掴まれ阻まれた。




「てめぇら、なめてんのか!!」

「うるさい、あの娘が怖がるだろう。センクウ、卍丸を邪鬼様の元に連れて行ってくれ」

「了解した。おい、行くぞ」




有無を言わさぬ二人の態度に卍丸は素直に従った。

男塾の中では比較的に温和な二人だがそれだけに怒らすと厄介なことを卍丸は誰よりも心得ている。

大した痛みもない頭を大袈裟さに撫でながら、センクウの後に続く。

途中女を盗み見たが、やはり違和感を感じる。

だがそれは到底言葉には出来ないもので、報告のしようがないだろうと卍丸は考えるのを止めた。















影慶は牢の鍵を開け、蹲っている娘に歩み寄った。

娘は顔を上げようとしない。傍にしゃがみこみ耳を澄ませると小さく呼吸が聞こえた。

そっと身体を抱き上げる。思った通り娘は寝ていた。

いや、気を失っていると言った方が正しいのかもしれない。

抱えた身体は自分達に比べればあまりに細く頼りない。

こんな娘に恐怖を与えていたのだと、影慶の胸を罪悪感が襲った。

何故、あの時もっと冷静でいられなかったのだろうか。

この娘が、間者であるはずがないのに。







娘を抱えたまま地下を出るとそこには羅刹が待っていた。

ある程度のことを予想していたのか、毛布を持っている。

羅刹は娘に毛布を掛けると、安堵のため息をついた。






「余程案じていたようだな」

と影慶が笑いながら訊ねると

「年の頃が妹と同じでな」

と羅刹は娘に視線を落としながら応えた。

「・・・・・・そうか」





前に酒で酔った羅刹から聞いたことがあった。

羅刹にはたった一人妹がいたが、病弱で羅刹が修行に出ている間に病死したと。

少しも傍にいてやれなかったと、肩を震わせながら呟いた羅刹の姿は忘れられない。

もしかして娘のために買ってきたあの服も、本当は妹に着せてやりたかったのだろうかと影慶は羅刹を見た。




「このままこの娘も邪鬼様のところへ連れて行くのか?」

羅刹は娘から視線をそらさずに影慶に訊ねた。


「いや、寝かせておいてやろう。センクウの部屋についていく」

「そうか」


牢へ行く前にセンクウと相談して、もし娘が邪鬼様の元へ連れ行ける状態ではなかった時は
センクウの部屋に寝かせようとはじめから決めてあった。

薔薇で囲まれたセンクウの部屋ならば、娘が目覚めた時恐怖が薄れるだろうと予想してのことだ。

言わずともそれが伝わったのか、羅刹はゆっくりと頷いた。





「俺は邪鬼様に報告にいかなければならない。羅刹、看ていてくれるか」

「・・・・ああ」






羅刹は至極大切そうに影慶から娘を受け取り、影慶に背を向けて歩き始めた。

これからあの娘をどうするか分からないが、友人が心を痛める結果にならなければいいと影慶は切に願った。

その為にもきちんと今後のことを考えなければならない。

空腹も忘れて影慶は邪鬼の待つ奥の間へと急いだ。














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もちろん過去は捏造です。いいじゃないっすか・・・羅刹兄・・・・(笑)