ひんやりとした石壁の牢屋。

光の届かない地下に、蝋燭の火が揺らめく。

その牢屋の一つの鉄格子が開かれ、そこに入るよう目で促された。


抵抗する気力などなく、牢屋の中に入る。





ガチャ、震えるほど大きな音が響いた。

何も無い、正方形の牢の真ん中にペタリと座り込む。

痛みも、温度も、全て正常に感じているように思えた。

あまりにリアルすぎる、夢。








夢・・・・・・・・?












陽炎











「様子はどうだ」





三号筆頭室に戻ると、真っ先にセンクウが問い質してきた。

無理も無い、男塾に女が紛れ込むなど今まで聞いたことも無い。

それも、裏社会に全く関係の無さそうな普通の女が、だ。




「大人しいものだ。いや、諦めたんだろうな」




影慶は感じたままを皆に伝えた。

壁に寄り掛かっていた卍丸が煙管に火をつける。




「あんな小娘、さっさと放り出しゃあいいじゃねぇか」

「そうもいかんだろう、身元がはっきりするまでは」

「じゃあ羅刹、手前ェはあの娘がどっかの間者か斥候だとでも言うのかよ?」

「そうは思わんが、いずれにしろ怪しいことには変わりあるまい」

「けっ、頭の堅ぇやつだぜ」

「よせ、二人とも」






言い合いが始まりそうな雰囲気に影慶が間に入った。今は死天王が争っている場合ではない。



男塾では、現在内部での勢力争いが起きていた。

二号から三号生に影慶達が進級し、筆頭である邪鬼がその支配権を得た時、反抗勢力が出来たのは致し方ないことだった。

男であれば、誰でも上を目指し、力ある者が支配する、それが男塾の伝統でも在る。

大豪院邪鬼、そして死天王は常にその反抗勢力に目を光らせ、更に外部の組織の動きも警戒しなければならない。

外部の組織も、内部闘争が起きていることを知り、まさに今が好機と狙っているのだ。

影慶達が、一見してただの娘であるを警戒している理由もまさにそこにある。

女を使って情報を、ということも決してないとは言い切れない。





「庇ってやりたいのは山々だが、身元を言わないのではな・・・」

「ったく、あの女もこの状況で何考えてるんだがな!」





死天王の中で最も情け深いセンクウが、ため息と共に首を振った。

卍丸もいらついたように煙を吐き出す。

もし、本当にあの娘がただの娘ならば、いつまでも抱え込んでいるわけにもいかない。






「影慶、羅刹、至急あの娘の身元を調べよ」

「「はっ!邪鬼様」」

「センクウ、卍丸、交代であの娘の見張りに立て。連中に見つかれば厄介だ」

「「御意」」







連中、とは内部の反抗勢力のことだ。

男塾でも荒くれ者の集まりで、非常に好戦的である。

もし、あの娘が連中に見つかりでもすれば、奴等は娘を欲望のままいたぶるだろう。

それだけは、なんとしてでも避けなければいけなかった。








「あの娘が正直に話してくれればな・・・・」

「しかし嘘を言っているようではなかったぞ?」

「それは、俺も思うが」




羅刹の呟きに影慶が答えた。邪鬼とて、同じ思いだろう。

だが、筆頭として甘い態度を取るわけにはいかなかったのだろうと思う。









「んじゃ、お姫さまのお守りに行ってくらぁ」

「羅刹、影慶頼んだぞ」

「んだよ、センクウ、交代でいいんだぜ?」

「お前みたいのと二人きりにしておけるか」

「けっ、抜け駆け禁止ってか?」




漫才のような二人の言い合いが遠のいていく。

羅刹と影慶は邪鬼に一礼し、そのまま闇に消えた。









外では夜が、明けようとしていた。