センクウと二人で朝食の席に着いたものの、はほとんど上の空だった。 申し訳程度にご飯を咀嚼しながら、他愛無いセンクウの話に耳を傾ける。 「、俺の話はそんなにつまらないか?」 ため息が、無意識に出ていたんだろう。彼が気を遣って色々話してくれていることは分かっているのに。 慌てて首を振るが、結果としてそれはセンクウを困らせただけのようだった。 「ごめんなさい、そんなつもりじゃ」 「構わん。先ほどのことが気になるんだろう?」 図星を指され息が詰まるが、嘘なんてついたところでこの人達はお見通しだろう。 素直に頷くと、大きな手が私の髪をさらりと撫でる。 「俺は嘘をつくつもりはない。だが死天王として話せない事もある。 だから話せないことは言わない。それでいいな?」 「はい」 「いい返事だ。で、何が聞きたい?」 センクウの真摯な言葉にも背筋を伸ばして応える。 それに気をよくしたセンクウは、まるでそれがクセになってしまったかのように、再びの髪に手を滑らせた。 「私はまだ、よく分かっていないと思うんです。その・・・大豪院さん達の敵と、自分の置かれている状況について」 「そうだな。まだ詳しいことまでは話していない」 「大豪院さん達は、男塾のいわゆるトップ争いをしているんですよね?それで二つの派閥に分かれている。 でも、同じ塾生なんでしょう?”敵”と呼ぶほど仲が悪いんですか?」 ”仲が悪い”その表現に思わずセンクウは苦笑してしまった。 同じ塾生同士でも理由が伴えば殺し合いになることもある。そして今がまさにその状況だ。 男と男が総代の座を奪い合う、文字通りの血の闘争。 だがにはどんな言葉を用いてでもそれは伝わらないだろう。本当に殺し合いに発展するなどと夢にも思っていない。 塾生が、いわゆる一般人と価値観の相違が起こるのはこういう時だ。 普通の人間が冗談としか受け取らない言葉や出来事が、男塾では実際に起こる。 殺し合い、そしてが現実に人質に取られる可能性、その全てを話すべきかどうかセンクウは迷っていた。 必ず護る、そう約束したところで今の時点で意味はないに等しい。 怯えさせるのは忍びないというのは建前で、本当はが男塾や塾生に対して恐れを抱き、ここからいなくなってしまうのが嫌なだけかもしれない。 (嫌われるのが怖い、か) 自分の中で湧き上がるまるで子供のような感情にセンクウは首を小さく振った。 死天王とあろう者が会ったばかりの女相手に惑わされるのか、そう己を叱咤するが一度心に沁みこんだ感情は容易には消せない。 それはまるで手の届かない場所に出来た染みのようで。 「センクウさん?」 「・・・・・・」 急に黙り込んだセンクウにが不安そうな顔をする。 髪を、撫でる。は何も言わずにセンクウに身を任せてくれる。 今、自分の髪を撫でている手が血で濡れているのだと知ったら、彼女はどうするだろう。 恐れるだろうか。 怖がるだろうか。 この手を振り払い、泣きだしてしまうだろうか。 「俺達は日々鍛練を積み、己を鍛え磨いている。 目指すもの、目的は各々違う。だが男には時に越えなければならない壁がある。 その壁を打ち破る為ならば手段は問わない。その為に命を落とすこともある」 卑怯、だとセンクウは思った。 例えどんな経緯があろうと理由があろうと人殺しは所詮人殺し。 互いの合意の上での決闘であろうと結果として死が伴えば世間一般の常識では決して許されない。 それを詭弁で正当化しようとしている、自身のなんと卑劣なことか。 そう思いながらもセンクウの舌は回り続ける。 「塾生は約三百人、総代とはそれら全てを統治し、実質的に男塾の権力全てを手に入れる。 だが塾生はどいつも荒くれ者ばかり。己が強者と認めた者にしか従わない。 政治と同じだ。ただその手段が投票や挙手ではないということだ」 センクウは目の前にある紅茶を一気に喉に流し込んだ。 まるで初めて嘘をついた子供のように動揺している。 それほど恐れているのだ。目の前の女に自らを、男塾そのものを否定されることを。 男塾は世間では異質の存在だ。 その存在自体が腫れもののように扱われ、付近の住民には差別的な扱いを受けている。 仕方ないことだと理解はしている。 鋼のような肉体を駆使し、銃刀法なぞ知らないかのように武器を扱う。 畏怖されることも揶揄されることも、慣れている。 だがにそう思われることは、耐え難いと思った。 それは死天王としてではなく、あくまで一個人の感情としてだけども。 「相手は同じ塾生だが、全く違う思想と力を持った敵だと俺達は認識している。 相手も、俺達を敵と認識している。 そして戦うということは即ち――――」 「センクウさん?」 それまで饒舌だったセンクウの動きがピタリと止まった。 そして鋭い視線がの後ろの窓に注がれる。 センクウが懐に手を入れたのとほぼ同時にガチャリと窓の鍵が回った。 「センクウ、俺だ」 「ま、卍丸さん!?」 まるでタロットカードの吊るされた男のように、逆さにぶらさがって窓から顔を出したのは先ほど姿を消したはずの卍丸だった。 どうやってぶらさがっているのかはにはまるで見当がつかない。 驚くの横に、いつの間にか窓の隙間から身を滑らせて部屋の中へ入りこんだ卍丸が立っている。 「おう、。予想通りの反応で嬉しいぜ」 「え、えと・・・どうやって!?」 「ま、これくらい俺達には朝飯前ってことよ」 の髪を撫でながら、卍丸は視線だけをセンクウに動かす。 一瞬、交わる視線。もの言わぬその目にセンクウは息を呑む。 (これ以上喋るなということか?) 卍丸の真意に、センクウは困惑する。 がこの場に留まる以上、彼女の周囲の危険について、知らせておく責任があるとセンクウは考えている。 例えそれでに厭われても嫌われても、それが彼女の安全の為だ。 だが卍丸はそれを良しと思ってはいないらしい。 何もかも隠して、護りきるつもりなのだ。 護りきれば、確かに隠したことさえも気付かれずになかったことに出来る。 センクウも卑怯な手段を取ろうとした。 綺麗事で男塾のルールを正当化し、真実を煙に巻こうとした。 だが卍丸はそれすらもせずに、全てを隠し通すつもりなのだ。 そうすれば彼女に拒絶されることはない。 しかしそれは彼女を無防備に誘い、危険は増す。 例えば塾長ならなんと言うだろうか。 女一人護りきることが出来なくて、何が男か、と一括するかもしれない。 邪鬼ならば迷いもしないだろう。 ただ戦う。 戦うことは護ることでもある。 (俺に足りないものは圧倒的な覚悟か) 卍丸は既に覚悟を決めたのだろう。 彼女を護るという圧倒的で絶対の覚悟。 だからを不安にさせる言葉は必要無いのだ。 (俺は・・・・・・) センクウは拳を握りしめた。 塾生の中では人一倍情が深い、と自分でも分かっている。 同じ塾生同士が争うのに疑問も感じないわけではないのだ。 だがその憂いも迷いも彼女を護るという選択の中では取るに足りないものだ。 (護るべきものがある者は強い) 男が強くなる時とは、こういう決断を迫られた時なのかもしれない。 そしてセンクウは、決断した。 |