三号生筆頭・大豪院邪鬼が目を覚ましたのは、非常時にしか鳴らないはずの塾長専用の電話のベルの音だった。

アナログの黒い受話器が塾長の怒鳴り声を連想させるけたたましい音を立ている。

これが鳴るのは、一体何時以来か。

邪鬼はいつになく緊張の面持ちでその受話器を取った。










しかし聞こえてきた声は、塾長ではなかった。



























はいるか」











邪鬼が食堂に顔を出すと、既に死天王が全員顔を揃えていた。

現在午前七時。いつもならそれぞれ鍛錬に励んでいる時間だ。






「邪鬼様、お早う御座います」

「影慶、は?」

「台所に」






影慶の言葉に邪鬼は台所を覗く。

そこには一体誰のものか―――エプロン姿でが朝食を作っていた。

味噌汁の匂いに、空腹感を覚える。









「・・・ぁ、邪鬼様!?おはようございます」



名を呼べば昨日よりも明るい声でが頭を下げた。

顔色も良く、怯えてよく見えなかった瞳が、今日はよく見える。

本来ならば喜ぶべきことだが、邪鬼は小さく首を横に振った。

なんと、タイミングの悪いことか。




この笑顔を再び曇らせなければならないとは。








「・・・・話がある。食事が終わったら俺の部屋へ来い」

「?・・はい」






ほんの少し、の瞳が不安に揺れたのは邪鬼は見逃さなかった。

咄嗟に浮かぶ言葉などなく、持ち上げた腕はそのまま宙に浮く。

慰めを掛けるほど弱くはなく、けれど放っておけるほどこの娘は強くはなかった。


















が邪鬼の部屋を訪れたのはそれから一時間後のことだった。

控えめなノックに「入れ」と声を掛ければ、遠慮がちに扉が開く。






「来たか、

「はい、あの・・・」





部屋に入ることを躊躇するの腕を引き、扉を閉める。

本来ならば女を部屋に招きいれる手前、扉を開け放してやりたがったが、これから話す内容ではそうもいかなかった。

扉を閉める瞬間、慣れた四つの気配を感じた。

会ってたった一日で、すっかり死天王達はこの娘の虜だ。







「先ほど、王大人から連絡があった」

「王から・・・ですか?」

「ああ」





師の名を聞き、いささかほっとしたかのようにが息を吐いた。




、俺達は天挑五輪大武会に出場することになった」

「天挑・・・まさか!?」

「まだ内密だがいずれ塾長から正式な発表があるだろう」

「そんな!!あんな大会に出たら・・・全員無事では済みません!」

「だが藤堂を討つ機会はそれしかない」

「・・・・・・!!」






が何か言おうとして――――口を噤んだ。

江田島平八が、王大人が、どれほどあの男を討つ事に執念を燃やしてきたか、はよく知っている。

止めても無駄だということはこの娘が一番よく知っているのだろう。









「俺達は死なん」

「あの大会で生き残るなんてとても・・・!」

「ふっ。勝てばいいだけの話だ」

「そんな!!」

「護るものがあるからな」






邪鬼はの頬に手を当て――――口端を軽く上げた。

そのまま指を髪に滑らし、そっと撫でる。

今まで血の匂いしかさせなかった無骨な手に、柔らかな髪が絡まる。






「お前のような娘がいつまでも男塾に隠れているわけにはいくまい」







               この娘の存在は自分を、自分達を狂わせる







「その為にも藤堂を討たねばならん」









           それでこの娘の本当の微笑みが見れるのならば









「邪鬼・・・・様・・・・・」









は声を潤ませて、けれどそれでも涙は零さなかった。

強く、そして脆い娘。











「俺達の帰りを待ってくれるな?」


「・・・・・はい・・・・」













愛しい、と思わせる存在。














擦れた声でが言葉を発した。

それはか細い声だったが、邪鬼はっきりと聞き取り頷いた。












これから起こる戦いを予感させるかのように、

外は嵐が吹き荒れていた。


















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天挑五輪大武会の「かい」の漢字が違います。漢字が出ませんでした。