控えめに包丁がまな板を叩く音が廊下に響いていた。

その音を聞きつけ、独眼鉄は首を傾げた。

今日の料理当番は、一体誰だっただろうかと。








「旨そうな匂いじゃのぉ・・・」




これは焼き魚だろうか。それとも煮物か?

鰹節の、なんとも言えない香りを前に独眼鉄は我慢が出来ずに台所を覗いた。

大仰な鍋が幾つも並び湯気を立てている。

その中で右へ左へと動いている小さな人影が見えた。





「・・・・・・ぉお!?」


























「独眼鉄・・・・・どうした」






今日の一通りの訓練を終えた羅刹は汗を流そうと、脱衣所に入った。

銭湯を思わす巨大な浴場の真ん中にある滝に独眼鉄が打たれている。

胸の前で手を合わせ、一心不乱に祈るような姿は何か思いつめた様子に見えた。






「羅刹・・・俺は頭がどうかしちまったみてぇだ」

「ぁあ!?何を言っている」

「台所に女がいた・・・ように見えたんだ」




そんなはずねぇのに、とブツブツと呟く独眼鉄にしまった、と羅刹は顔を顰めた。

の存在は彼女の危険を考え、邪鬼と死天王までに留めてある。

台所に見張りをつけなかったのは、場所が邪鬼の住まいである離れだったからだろう。






「独眼鉄・・・・見間違いだろう、此処に女などいるはずがない」

「そうか・・・そうだな」

「湯浴みもほどほどにしておけよ」






独眼鉄を置いて、素早く汗を流す。

湯に浸かる暇もなく、羅刹は台所へと向かった。















台所へ入るなり、羅刹は独眼鉄が釣られた匂いの元に思わず見入った。

肉じゃがと焼き魚に漬物。質素ではあるが、お袋の味。

男塾に入ってから久しく味わっていない料理の数々に知らず、腹が鳴る。





「羅刹さん?どうかしましたか」



最初に会ったときには下ろしていた髪を、一つに束ねたが鍋の間から顔を出した。



「いや、誰か来なかったか」

「卍丸さんがつまみ食いに来ましたが・・・」

「そうか・・・何か手伝うことはあるか」




卍丸の名が出た時、思わず舌打ちしそうになったのを堪えて羅刹はを見る。

料理はほぼ出来上がったと見えて、鍋の火は全て消えていた。




「では、料理を運んで頂けますか?」

「承知した。卍丸、貴様も手伝え」







先ほど感じていた気配に問いかける。

察した通り卍丸が悪びれもせずに顔を出した。




「卍丸さん、いらしたんですか」

「そろそろ出来上がった頃だろうとな。まさか羅刹に先を越されようとは」

「呆れた奴だ・・・貴様はその前につまみ食いしたんだろうが」

「ふっ、いいじゃねぇか」






さっさと皿を手にして言ってしまった卍丸に今度こそ舌打ちをする。

それに驚いたと目が合い、気にするなと頭を撫でた。




「私、そんなに子供じゃないんですが・・・・」

「ぁあ、すまん・・・」




そう言われ、さっさと頭に置いた手を引いた。

確かに、年頃の女に対する態度ではなかった。

けれど何故か。




けれど何故か羅刹にはこの娘が幼子のように、小さく、儚く見えたのだ。






「いえ、いいんです。それよりこれ、お願いします」

「おう」








今度こそ皿を手にし、台所を後にする。

笑顔を作る少女、その姿に。






やはり何処か消えてしまいそうだと、







湧き上がる不安に羅刹は小さく息を吐いた。