気がついた時には暗い穴の中だった。 宙に浮いた身体は重力に逆らうことなど出来るはずもなく、落ちていく。 私は落ちるのか。 そう思った瞬間、何かが目の前を覆った。 穴に落ちた兎この温もりは知っている。ひどく親しんだ体温だ。 目を開けるのが勿体ないような、そんな気だるい感覚。 指先、腕、少しずつ戻ってくる身体の感覚と現実感に今の状態を思い出す。 そうだ、私・・・・・! あまりにも良い天気だったから、つい陽気に誘われて誰にも告げずに散歩に出てしまったのだ。 桜に誘われるまま、全く異なる次元である男塾に何故か迷い込んでしまったは塾長とそこに住まう三号生達の配慮で天動宮に一時居住することを許され、日々を過ごしている。 だが女人禁制、男しかいない男塾での存在は異端であり、絶対に外部に漏れてはいけない秘密である。 の存在は塾長と三号生筆頭大豪院邪鬼、そして死天王のみが知るものとした。 それは仕方ないことだ、むしろお世話になっていることを感謝しなくてはならない。 けれど行動範囲が厳しく定められていることと、本当に帰れるのかという不安で時々の胸は言いようと無い衝動に駆られた。 皆優しくしてくれる、けれどその優しさが辛い時もある。 何も出来ない役立たずの自分が恨めしくて、どうしようもなく情けなくて泣きたくなる時も、あるのだ。 今日はとても天気が良かった。 ふとした瞬間、理由もなく芽生える不安を忘れてしまいたいと、は何も考えずに庭に出た。 そこはセンクウが手入れしている庭園で、さながらどこかのフラワーパークのようだった。 眩しい日差しと花の香り、どこからか聞こえる鳥の声に気を良くし、は空を見上げながらフラフラと目的もなく歩いた。 けれどここは男塾の庭だ。 何があるかわからない。 それをは忘れていた。 瞼を開ける。暗い、とても。 頭上に僅かながら光が漏れている。そこは変わらず青空のようだった。 身体が少し痛い。 けれど冷たくはない。むしろ、温かい。 「目覚めたか・・・・・」 上から降ってくる声に慌てて身体を起こした。 逆光で顔が見えなくとも、その逞しい体躯と声で誰だかはすぐに知れた。大豪院邪鬼。 けれど、どうしてこの人が自分を包みこむように抱いているのか、それがわからない。 「ど、して・・・私・・・・?」 「罠に嵌ったのだ。昔、塾生がいたずらに掘った落とし穴を、誰もかかるまいと放っておいたのだが・・・・」 「ごめんなさい・・・・」 塾生ならばこんな落とし穴に引っかかる者はいないと放っておかれたものに見事にハマってしまったようだ。 恥ずかしくて顔を上げれずにいると、邪鬼の指がぐっと顎を持ち上げた。 「貴様が気に病むことではない。俺が間に合わなかったのだ。」 「助けて、くれたんですね」 「助け損ねたがな」 邪鬼は顎から頬に指を滑らせ、笑った。 穴の長さは軽く10メートルはありそうだ。周りが土ではいくら邪鬼でも登ることは難しい。 「どうしたらいいんでしょう」 「影慶がすぐ来よう。俺を探しているはずだ」 「また、お仕事抜け出してきたんですか?」 「休憩だ」 拗ねたように答える邪鬼に、くすりと笑いが漏れた。 どんなに強くて仕事が出来ようとも、やはり邪鬼も一人の人間だ。 時折仕事を放り出しては、天動宮内で死天王との鬼ごっこを繰り広げている。 がそれを知ったのはつい最近で、そんな帝王がなんだがとても可愛く見えてしまうから不思議だ。 「甘えることも、時には必要ですよね」 「・・・・そうだな、特に貴様はな」 「私は・・・甘え過ぎで・・・・」 「そうか。ならば俺が貴様に甘えよう」 頬に触れていた手が、するりとの身体の下へもぐりこんだ。 かと思えば、ふわりと浮遊感がして身体が邪鬼の右腕一本で横抱きにされる。 邪鬼の肩に頭を預けるような状態で、必然的にの驚きの声は邪鬼の耳元で発せられた。 「だ、大豪院さん・・・・!?」 「邪鬼と呼べと言っているだろう」 「でも・・・・・」 「構わん、呼べ」 やはりどこか拗ねたように邪鬼はの目を視線で絡め取った。 あまりに強いその眼力に身体が呼吸することを忘れる。 邪鬼はその様に機嫌良さそうに口端上げ、顔をの胸元に顔を埋めた。 「だ、大豪院さん!?」 「邪鬼、だと」 言っているだろうが、という言葉がの胸元からくぐもった声となって発せられる。 邪鬼が、の服の上から乳房を愛撫しているのだ。 はなんの準備もなくこの世界に来てしまった為、下着は身に付けていた一組しか持っていない。 ショーツは何組か買ってもらったものの、ブラジャーはさすがにサイズを言い出せず一つしか持っていなかった。 今、そのブラジャーは洗濯中で、自然と今の状態は何もつけていない状態だった。 邪鬼も最初はただの戯れのつもりだったのかもしれない。 けれど顔に押しつけた胸の柔らかな感触でが何も身に付けていない状態だと気付いてしまった。 触ればすぐに場所が知れる胸の突起を邪鬼は布の上から舌で包み、甘噛みする。 邪鬼の行動の意図に気づいたは慌てて引きはがそうと邪鬼の髪を掴む。 だが邪鬼は素知らぬ顔で、押しては返ってくる柔らかな肌の弾力を楽しんでいた。 「大豪院さん・・・!」 「邪鬼だ」 「じゃ・・き・・・さまぁ・・」 「様、はいらんが・・・まぁいい」 一体何に満足したのか、邪鬼は顔を上げて半泣きのの瞼を舌で舐め上げた。 ふるふると赤い目で震えるはまるで子兎のようだ。 「甘え過ぎたか」 「これは・・・甘えじゃななくて・・・い、いたずらです!」 「ふむ。そうか」 「大豪院さんの馬鹿!!」 「邪鬼だと、」 「絶対呼びません!!二度と呼びません!!」 「ほう、男塾にあってこの俺に楯突くとはいい度胸だ」 「!!!」 わぁわぁと騒ぐの腕を掴んで、邪鬼はにやりと笑う。 「帝王たる者、兎を狩るにも全力を尽くそうぞ?」 「!!!!!!」 穴の底から微かに見える空さえ大きな影に覆われ消える。 機嫌良さそうに笑う、帝王の低い声だけが穴の中に木霊した。 |