影慶は普段見ることのない主君の普段着に、ほっと溜息をついた。 ここ二週間というもの、今日という日をオフにする為に邪鬼がどれほど気合いを入れてきたか知っている。 火急の仕事や緊急事態が起こらずにこの日を迎えられたことを神に感謝しないではいられない。 本日、晴天。 主君の初デート(?)日和である。 非・Romantic「では行ってくるぞ」 「はい、行ってらっしゃいませ」 影慶が一礼すると邪鬼は颯爽と自室を後にした。 残ったのは邪鬼があれこれと物色した衣類の山と脱ぎ捨てられた闘着の一部だ。 それを一つ一つ丁寧に畳んでいると、扉の外に慣れた気配を感じた。 「センクウか?」 「ああ、邪鬼様は出掛けられたのか?」 どうやら隠れて様子を見ていたらしい。 その表情には悪戯っ子の笑みが見え隠れしている。 「顔を出せばいいだろう。むしろ服装のことならばお前の方が詳しい」 「すまんな。直前までは本当に仕事をしていたんだ」 特に何も口にすることはなかったが、邪鬼が何を着ていくべきか悩んでいたのは明白だった。 ただそういったセンスがないのは影慶も同様なので、黙ってその光景を見守るしかなかったのだ。 「で?どうなんだ?やはりデートなのか?」 「・・・・おそらく、な」 「なんだ、結局聞いてないのか?服に悩むということは女人が相手だからだろうに」 「先方に失礼がないように、とだけ言われてな。プライベートをやたら探るわけにもいくまい」 そう言いながらも邪鬼が散らかした服を黙々と片づける影慶に、センクウは苦笑した。 何故ならこれはプライベートで終わる問題ではないのだ。 「影慶、邪鬼様の奥方、ということになれば俺達にとっても遣える相手ということになるぞ」 「それはまだ気が早かろう。そもそも今日の相手がこの間の見合い相手とは――――」 「じゃあ確かめに行こうじゃないか」 満面の笑みを放つセンクウの影慶の手がぴたりと止まった。 「おい、卍丸のようなことを言うな」 「でも気になるだろう?お前も」 そう言われて影慶は口を噤む。 正直気にならないわけがない。けれど確かめるという行為は即ち、主君の後を尾ける、ということだ。 それが部下として許されるかと言えば、多分否だ。 「俺はいい」 「それはお前自身は行かないが、別段俺達を止めないということだな」 センクウの言葉に影慶は憮然とした。 まさにその通り、なのだが、こうはっきりと言われては立つ背がない。 センクウを一瞥し、最後の衣服を畳み終わって、はたと気が付いた。 「俺達?」 「ああ、卍丸と羅刹が既に尾行に入っている」 「な、なんでそれを先に言わんのだ!!!!」 「なんだ行く気になったのか?」 「・・・・・・本当にいい性格してるな貴様」 「お褒めの言葉光栄だな」 そう言ってセンクウがいつものマントを脱ぐと、既に尾行用のスーツ姿だった。 それにはもう呆れる他ない。 「十分で着替えて来いよ」 「うるさい!!」 その十分後、死天王の二人が風の如く天動宮が消えたのだった。 邪鬼とは市が管理する大きな公園の中にいた。 ボートにも乗れる大きな池や広場があるこの公園はちょっとしたレジャーランドでカップルや子供たちにも人気がある。 休みということもあり、様々な年齢層が笑い合う中に二人はいた。 「あー、なんか伸び伸びしますねー」 「ふむ」 邪鬼が普段持つ覇気も今はなりを潜めている。 見合いの席から二週間経って会った二人は、まるで旧知の仲であるかのように、ごく自然に公園の喧騒に溶け込んでいた。 「あ、大豪院さん、クレープ食べませんか?」 「む?」 「ほら、あそこ。屋台出てますよ」 が指差した先には、ピンクのワゴン車があった。 カラフルな看板と見本のクレープが飾られた車の側面には子供や女性のグループが集まっている。 「甘いの嫌いですか?」 「いや。あまり食わんが」 「じゃあ私買ってきますね」 邪鬼が返事するよりも早く、はクレープ屋に向かって走り出した。 仕方ないので空いているベンチを探し、そこを陣取っておく。 しばらくすると両手にクレープを抱えたが走り寄ってきた。 「はい、どっちがいいですか?」 「・・・・どちらでも良い」 「じゃあ半分こしましょうか」 そう言ってはにこやかに右手に持っていたチョコレートアイスクリームの載ったクレープに齧りつく。 そして小さな歯型のついたクレープを邪鬼にすっと差し出した。 「ん〜〜オイシイですよ!!」 そう言って左手のいちごクレープにも齧りつく。 どうやら一にも二にも食欲が勝るらしい。 なんでも美味そうに食う女だ、と感心していると、動かない邪鬼を疑問に思ったのかこてりと首を横に傾げた。 「食べないんですか?」 「いや」 間接キスだなんては考えてもいないらしい。 邪鬼はクレープを持ったの手をそのまま包み込み、小さな歯型の上に大きな歯型をつける。 それはが思っていたよりも大きな一口だったようで、あ〜〜と抗議の声が邪鬼の耳についた。 「食べ過ぎですよ!!」 「口のでかさが違うのだ」 「もうチョコは大豪院さんにはあげない!!!」 半分以下になってしまったクレープにはむはむと口に入れていく。 もっともクレープの下の部分なんて生クリーム以外は入ってない。 それが不満だったのか、いちごクレープのアイスだけをペロリと平らげると、皮とクリームだけになったクレープを邪鬼の口に押しつける。 「はいどうぞ」 「くっくっくっ」 「食べないなら私食べちゃいますよ」 「待て」 邪鬼が一口でクレープの皮を口に入れると、がくすくすと笑い声をあげた。 「なんだ?」 「大豪院さん、クリームついてますよ」 の指が邪鬼の口元を拭う。そのの手も少しベタついていた。 「手を洗うか?」 「そうですね」 の手を取って邪鬼は水場へ向かう。 自然と手を繋いだが、は気にする様子もない。 気取る必要がない、だからこんなにもこの女といると楽なのだと邪鬼は納得した。 の前では帝王である必要も大豪院家の長子たる必要もない。 ただの一人の男で居られる。 二人の関係は子供同士のような幼いものだが、それが逆に心地よかった。 ゆるりと静かに流れる時間、自然体でいられることなどここ十年、あっただろうか。 水場に辿りついて蛇口を捻る。夏の日差しのせいか流れる水は少し温い。 「さすがに暑いですねー」 「そうだな」 「なんか大豪院さん、暑そうに見えないなー」 「鍛えているからな」 「それ関係あります?」 見上げてくるその顔からは夏の日差しに少しバテていることが読み取れる。 邪鬼はを太陽から庇うように自分のすぐ脇に立たせて歩きだした。 「大豪院さん?」 「邪鬼で良い。・・・・・呼びにくかろう」 「邪鬼、さん、どこ行くんですか?」 「木蔭だ」 「やっぱ暑いですもんね!あ、かき氷売ってますよ!!!」 「まだ食う気か?腹を壊しても知らんぞ」 「大丈夫ですよ!じゃあまた半分こしましょう!!」 「・・・・待っていろ」 木蔭の下のベンチにを座らせると、邪鬼はメロン味のかき氷を一つ買った。 それをに手渡すと、すぐさまストローで出来たスプーンを使って氷を口に放り込む。 「冷たいー!じゃい、邪鬼さんもどうぞ」 氷をすくったストローがこちらへ伸びてくる。 それを邪鬼は口に含んで、メロン味を味わった。だがそれはすぐに溶けてなくなる。 「足りん」 「じゃあもう一口。はい、」 「ふむ」 邪鬼の口に氷を放り込むとすぐさまが自分の口にも氷を含む。 本人達に他意は無く至って自然にそれをしているのだが、はたから見ればそれは仲の良い恋人同士にしか見えなかった。 「・・・・・・・決定だな」 「決定なのか?」 「決定だ」 「決定だな」 遠くからそれを眺めていた死天王は半ば放心状態でそれを見つめていた。 思った以上に仲が良さそうだ。つい先日出会ったばかりではないのか?という疑問が生じる。 愛に時間はないのか・・・・と呟いたのは羅刹だった。 「しかし優しそうな人じゃないか。可愛らしいし」 センクウは二人を見て満足そうに微笑む。 「気取った様子もない。どこぞのお嬢様ではないようだな」 影慶は少々首を傾げる。やはり見合いで出会ったんじゃないんだろうか? 「かぁーーーー!!!暑いぜ!つかムカつかねぇか!!」 卍丸はやっていられないと言わんばかりに首元のネクタイをひったくった。 「そろそろ戻るか?いい加減気取られるかもしれんぞ」 そんな卍丸を押さえつけながら、羅刹が腕時計を見る。既に三時、おやつの時間は過ぎていた。 「これからクレープ屋見る度のあの場面を思い出しそうだぜ・・・・」と卍丸。 「かき氷もな」羅刹が腕を組みながらうんうんと頷く。 「まぁ、良かったじゃないか。我々にもその内紹介してもらえるだろう」 センクウは満足そうに微笑み、影慶は少し遠い目をしながら二人を見つめた。 「・・・・・・・これでしばらくは機嫌が良さそうだ」 さてこれ以上は本当に邪鬼に気取られかねない、と四人はその場を後にした。 その場に残された二人はゆっくりと二人の時間を楽しんでいる。。 「」 「はい?」 「また会えるか」 「会えますよ。もちろん」 「そうか」 「はい、そうですよ」 「ふむ」 「ふふふっ」 「なんだ?」 「こういうのも悪くないなぁと思って」 が口元に手を当て忍び笑いするのを見て、邪鬼も笑った。 が言おうとしていることは、邪鬼も感じていたからだ。 こんな出会いも、悪くない。 |