「影慶、お前自慰はどうしておるのだ?」




その言葉に影慶はぴくりと眉を吊り上げた。

だが拳まで振り上げることは出来なかった。

何故ならその言葉を発したのが男塾の帝王、大豪院邪鬼だったからだ。

時刻は深夜、三号生筆頭室でようやく溜まっていた仕事が一区切りついた時である。






「邪鬼様・・・あまりそのような事を口にされては・・・・」

「気になったのだ、仕方あるまい」







遠まわしに諌めると、まるで子供のように肘を付き口を尖らせた邪鬼に影慶は心底ある人物を殴りたくなった。

何故邪鬼ともあろう者がそんな言葉を発したのか、それについては一つ心当たりがある。

数日前、同じようなことを言った男がいるのだ。


あのモヒカン野郎、


そう毒つきたくともその相手は今ここにいない。

とりあえずどうかわそうかと考えていると先に邪鬼が動いた。





「その手ではさぞ不自由であろうな」

「いえ、別段・・・なっ!」





邪鬼の手が影慶の腰を捉える。

そして影慶を腕に抱えたまま、邪鬼は椅子の上に腰を下ろした。

まるで子供のように、背を邪鬼に預け膝の上に乗った状態になった影慶は慌てて振り返る。





「何を・・・!」

「ふむ、あまり溜めては毒だからな」




そう言ってベルトに手を掛ける邪鬼に影慶はその腕を掴もうとして、止まった。

このままいけば取っ組み合いになるが、今影慶の右手は包帯のみで手袋はしていない。

利き手ではない左手だけでは到底敵わないが、右手を使えば邪鬼を傷つける恐れがある。

手が使えないからといって、まさか噛みつくわけにもいかず、影慶は躊躇した。

そしてその隙にと言わんばかりに、邪鬼の手が影慶のイチモツを下帯の白い布越しに掴む。





「じゃ、邪鬼様!お止め下さい!!」

「まぁ、待て。何も俺の相手をさせようというわけではない」




邪鬼の大きな指が、影慶の亀首を捉え頂点を親指でぐりっと押す。

途端に身体を震わせた影慶に気を良くした邪鬼は、更に竿をしごき始めた。

布越しとはいえ久しく無かった快感に、あっという間に身体の力が抜けてしまう。






「やはり相当溜まっていたようだな」

「邪鬼様・・このままでは・・・」

「構わん。好きにイけ」





大きな手にイチモツをわしづかみされ、いいように弄ばれる。

邪鬼の低い声が影慶の三半規管を揺らした瞬間、影慶はがくがくと足を震わせ、声を押し殺して達した。

影慶の荒い吐息が部屋の中に響く。

まさかこんなことになるなんて、

力が抜けて邪鬼に身体を預けた状態で、影慶は羞恥に頭がどうにかなりそうだった。






「影慶」

「・・・・・・」

「怒っているのか」

「・・・・・・いえ」

「怒っているではないか」







憮然とした邪鬼の声に、本当は怒鳴り散らしたい衝動をぐっと堪えた。

今は身体の正常な状態を取り戻すのが先だ。息を整え、身体に力を取り戻さなくては。

現在の影慶の状態はまさしく悲惨だった。

下帯を着けた状態で達したせいで下半身とズボンは白濁で汚れている。邪鬼の手も同じくだ。

邪鬼は今だ片腕を影慶の腹に回した状態で、こちらを見つめている。

それはまるで悪戯が見つかった子供のように、じっとこちらの出方を伺っている。







「何故こんなことをなさったんです」


あくまで静かに、怒りを押し殺して影慶は言った。


「俺は謝らぬぞ」


邪鬼は影慶を抱く腕をぎゅっと強くして、それでも下を向かずまっすぐに影慶を見る。

謝らないところが邪鬼らしいと思ったが、今回はそれで許せるものではない。

影慶は足に力が戻ってきたのを感じ、足の指を一本一本邪鬼に気取られぬよう動かした。



「俺は理由を聞いています」

「その手では不便だろう、それだけだ」

「こんな屈辱は初めてです」

「だがこうでもしなければ貴様は応じまい」

「当たり前でしょう!」



影慶は左手で邪鬼の腹に手を付き、膝の上から飛び降りた。

力が戻った足は、無事床に着地し緩められたベルトを元に戻す。





「やはり怒っているではないか」

「怒らない方がどうかしてます」

「影慶、貴様は俺のものだろう」

「人権まで渡したつもりはありません」







そう言いながら邪鬼を睨めば、同じように邪鬼も睨み返してきた。

本当に心から、悪い事をしたとは思ってはいないらしい。

世間ずれしているとも言える邪鬼の感覚に影慶は眩暈がした。






「二度とこんなことはしないで下さい。失礼します」






このままでは本当に怒鳴ってしまいそうだと、影慶は敬礼し部屋を出た。

この屈辱と羞恥は湯でも洗い流せないだろうと思いながらも、影慶は風呂場に急いだ。























翌朝、結局一睡も出来なかった影慶はそれでも身支度を整え、いつもの時刻に食堂に顔を出した。

頭痛がするのは気のせいではないだろう、こんな陰鬱な気分は久しく味わっていない。

食欲などあるはずもなかったがそれでも今日一日を無事終えなければならない。

無理やり食事を喉に流し込んでいると、癇に障る声が聞こえて顔を上げた。





「よう、影慶、今日は一段と顔色が悪ぃな」




片手をあげていつも通り挨拶をしてくるモヒカンを視覚に捉え、影慶は右手を思い切り振り抜く。

バキっと骨と骨がぶつかり合う音がして、卍丸が後ろへ吹き飛んだ。




「ってぇええ!!何すんだてめぇ!!」

「本当ならその首と胴切り離してやりたいところだ。この程度で済んで感謝するんだな」

「はぁ!?意味わからねぇぜ!!」

「うるさい!!!」





影慶らしからぬ一方的な態度に、卍丸も周りの三号達も騒然とする。

騒ぎを聞きつけた羅刹とセンクウが影慶の元へ走り寄って来た。




「ど、どうしたんだ、影慶」

「何事だ?」




二人に事を説明するなど出来るはずもなく、影慶は拳を握りしめる。

沈黙がしばし、その場を支配した。




「すまないが、今日一日留守にする」




影慶はそれだけ言うと、場を後にした。

追いかけて来る者などいない。当然だ。

事実上男塾NO.2の影慶に向かってくる命知らずはそうはいない。

センクウと羅刹に名を呼ばれたが、振り向かずにただ走った。




















「何事だ」

いつもの時間より少し遅れて食堂に姿を現した邪鬼に、周囲は途端静かになり敬礼をした。

三号達が揃って気をつけをしたが、卍丸は頬に手を当てて憮然としている。

その様子に邪鬼は周囲を一瞥した。



「喧嘩か?」



卍丸に一撃を喰らわせるなどよほどの相手だが、どうもこの場にその相手はいなそうだ。

邪鬼に視線で説明しろと促され、羅刹とセンクウは困惑したように顔を見合わせた。




「影慶が殴ったようなのですが・・・」

「肝心の理由は卍丸のヤツにも心当たりがないようで」




二人の言葉に、邪鬼はゆっくりと頷いた。





「して、影慶は?」

「今日一日留守にすると」





羅刹が影慶の言葉をそのまま伝えると、邪鬼は額に皺を寄せた。

腕を組み押し黙る。その場を邪鬼が持つ独特の氣が支配した。




「邪鬼様?」

「影慶の件は俺が請け負う。まさかそれほど怒っていたとはな」

「おいおい、邪鬼様、心当たりあんのかよ」

「ふむ・・・まぁ、半分は確かにお前のせいだ。あとで謝っておけ」

「俺が何したと!?」




叫ぶ卍丸の首根っこを羅刹が掴んだ。

さっきまで居たはずの三号達は皆、避難とばかりに姿を消している。



「どうせ心当たりがありすぎて分からんのだろ」

「そうだぞ、卍丸。とにかく影慶に謝っておけ」

「そんなんで納得いくか!つか俺に半分ってことはあとの半分は誰のせいだよ!」




卍丸の言葉に羅刹とセンクウが邪鬼を見た。

この場合、それに該当する人物は一人しかいない。




「ふむ・・・まさかそこまで怒るとは思わなかったのだ」

「何したんです、邪鬼様」


センクウが首を傾げた。あの影慶が邪鬼に何かされたとてそこまで怒るとは思えない。



「それを言えば更に怒りを買う。俺は影慶を追う。後を頼んだぞ」

「「はっ!!!」」






マントを翻して邪鬼は食堂から姿を消した。

後に残された三人は、今日一日のスケジュールを組み直し指揮をとらなければならない。





「影慶の仕事はお前がしろよ、卍丸」

「あぁ?なんでだよ、羅刹!」

「本当に分からないのか?影慶の怒っている理由」

「知るかよ!!ったく野郎、思い切りぶん殴りやがって。しかも毒手の手で!」

「それほど怒っているということだろう?よほどのことだと思うが・・・・」




センクウの呟きに羅刹が頷く。

だが いくら考えても答えがでるはずもなかった。