習慣とは恐ろしいものである。 週に一度は顔を見せる人間が来なければ、それはもうそわそわする。 箪笥の引き出しを引っ張りすぎて中身ごと落としたり、いつの間にか沸かしていた湯が空になっていたり。 ぼぅっとするのが釣堀屋の専売特許ならば、この様はまるで年中スランプの小説家のようだ、と言ったのは例によって元上司の探偵だったか。 いつの間にか彼女が生活の一部になっていたことに、気付かされた。 珍獣観察日記パートV一週間前、今川は古物商の知り合いに頼まれ、銀座に行った。 戦後の混乱の中で銀座はいち早く復興を遂げた街であり、また多くの市が立つ場所でもある。 古物商にとっては掘り出し物の宝庫である市で、ある珍しい絵画が出た。 歌麿の大首である。 極めて保存状態の難しい浮世絵の中でも大首はとくに人気が高く値も高くつく。 その上昔は価値が認められなかったものだから、農家の蔵に持ち主も価値を知らずに眠らせてしまっていることが多い。 そんなものがある日ひょっこりと市を賑わせたりするのだ。 見つけた浮世絵がどうやら本物の歌麿であると慌てた古物商の主人は、知り合いを集め誰ぞ詳しいものはいないかと問い合わせ、狭い知り合いの中で一応今川の名も上がった。 だがその中に本物の目利きなんぞいるわけがなく、結局は仲間内の飲み会で終わってしまった。 最後には絵の行方を気にすることも無く、今川も半ばそのことを忘れ、帰路に着いたのだった。 その、帰りだ。 夜半遅く、最終電車が出てしまうんじゃないかと慌てていた今川はさっと道路を横切ってきたカップルと危うくぶつかりそうになった。 とっさにかわした今川だったが、女性の肩を抱いていた男に舌打ちされてしまった。 情けないことに因縁でも付けられるのではないかと、男の顔を見、次に女性の顔を見た時、今川の柔な心臓は止まりそうになった。 それは、よく知る女性だった。 (さん――――――?) 女性も、今川の顔を見て驚いたように目を見開いたから間違いではない。 結局二人はそのまま何事もなかったように連れ立って歩いていき、棒立ちのように突っ立ったままの今川だけがその場に残されたのだった。 何を、 一体何を期待していたのだろうかと思う。 自分のような男が、 期待、なんておこがましい真似を。 どうして、 あれから三週間が過ぎた。 が訪れる気配は無い。 考えれば、何も知らないのだ。彼女の連絡先も勤め先も何一つ。 恋人が、いることさえも。 「ちゃん、最近顔見ないねぇ」 「そう、ですねぇ・・・・」 もうすっかりと顔を馴染みになってしまった伊佐間も寂しそうに言う。 「風邪?」 「さぁ、どうなんでしょう」 きっと、彼女は物珍しかっただけなのだ。 この、時代遅れの空間が。 飽きてしまったのだ。 彼女は若く、美しかった。 「なんだか今川君も元気ない?」 「そんなことはないのです」 そう言って笑って見せたけれど、付き合いの長い友人には見透かされていそうだ。 今川と同じく恋愛ごとに疎い伊佐間だが、その伊佐間でも気付いてしまうほど今川は浮かれていた。 に会う度に、浮かれていた。 「ああ、そういえば」 「?」 「来週お祭りがあるんだって、浅草」 「そうなのですか」 「ちゃん、誘ったら?」 「それはどうでしょう・・・・」 曖昧に首を傾げる。 思い出されるのは、あの、夜の出来事。 確かめる勇気も、忘れる勇気も自分にはありはしないのだと、今川は自分に嫌悪する。 「今川く―――」 「わははは!!辛気臭いぞ、マチコ!おい、マチコ!!」 伊佐間が何か言いかけた瞬間、嵐のように突如榎木津が現れた。 本当に突然に、明らかに玄関から入ったんじゃないとわかる方法で。 「裏口に鍵も掛かってないじゃないかマチコ!!泥棒入り放題だぞ!!」 「泥棒?」 榎木津の言葉に伊佐間が榎木津を指差す。 「馬鹿者!神に向かってなんという暴言だ!しかも僕はサンタクロースだぞ!」 「さんたくろーす?」 「そうだ!プレゼントだ!マチコ、何を呆けている、早く受け取れ!!」 榎木津がそう言ってさっと手を上げる。 その手にはほっそりとした手が握られていた。 当然その手の持ち主も手を上げる格好になるわけで。 「さん―――!?」 「あ、ちゃん」 「何故だかまるで猿のように骨董屋の前をウロウロしていたから捕獲したら、だったのだ!」 驚く今川、嬉しそうに笑う伊佐間、慌てる。 その中で、探偵の高笑いが響いていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 誰一人更新を待っていないと思われる今川夢。すいません。 |