浮気なんてつもりじゃなかったの。


けれどあまりに貴方がそっけないから、つい。


隠そうにも隠れない、首筋の印。










もしも私が浮気をしたら〜中禅寺秋彦の場合〜












「風邪でも引いたの?」






そう言ったのは関口だったか。

もう春も間近だと言うのに、とっくりを着たに首を傾げた。






「ええと・・・・まぁ・・・なんだか寒気がして・・」





本当は首筋に残ったものを隠す為。

二・三日は確実に消えないだろうそれは、恋人に内緒で行った集まりで出会った男性に無理矢理付けられたもの。





「だったら大人しく家で寝ていたまえ。その男は人類史上最弱の男だよ。
関口が風邪を引こうが一向に構わないが、雪絵さんや鳥口君が気の毒だ」




恐らく人類史上最高に冷たい恋人は眉を顰めてそう言った。

ああ、どうして私はこんな人と付き合っているんだろうと思わずにはいられない。

さっきまで罪悪感でいっぱいだった胸が今度はもやもやしたものに変わる。







「・・・・・わかりました、じゃあ帰ります」




低い声で棘棘しく言ってもみても、本から顔も上げやしない。

思い出すのは印を付けた主。

正直好みでもなんでもなかったけど、優しかった。

とにかく優しかった。






「ああ」

「じゃあ駅まで送ってくよ」




腰を上げかけた関口に大丈夫です、と頭を下げる。

大袈裟な音を立てて玄関を開けても、気になる頭は振り向きもしなくて。




「お邪魔しました!!!」




悔し紛れに乱暴に引き戸を閉めても、きっと慌ててるのは関口先生だけに違いない。



ああ、どうしてこんな冷たい人と付き合っているんだろう。















優しくして欲しいというのは当たり前の願望だと思う。

サドスィックなわけじゃないし、冷たい恋人を前に優しい人が現れたらふらふらそっちへ行ってしまうのも仕方ないじゃないって思う。

皆と別れた後、二人でちょこっと飲んでふざけ半分で付けられた首の印。

これくらいの事、みんなしてる。浮気って程のものじゃない。

なのにこの罪悪感は一体なんだろう。






「割りに合わない・・・・・・・」





もっと愛して欲しい。

愛している分だけ愛して欲しい・・・・なんておかしいかもしれないけど。

愛するのに見返りなんていらない、なんて綺麗過ぎるほどの奇麗事。

実際はそんなもんじゃないと思う。

愛はもっと醜く、汚い。







少し遠回りをしようといつもとは違う角を曲がった。

身震いする。春は近くとも風は冷たい。

袖を伸ばして、手のひらをすっぽりと入れる。子供みたいだ。

ふと見れば、蕾を付けた梅の木がひっそりと立っている。

健気でまるで自分のようだと思ってそんな自分に笑ってしまった。








アパートの前まで来てふと気付いた。

一人暮らしのはずの部屋に灯りが付いている。

まさか田舎の母親が上京してきたわけでもあるまいし、だとしたら心当りは一つしかない。

けれどその心当りとはさっき別れて来たばかりだ。






「・・・・なんでッ!!」







急いで階段を駆け上がる。安普請らしくガンガンと足音が鳴り響く。

ドアノブに手を掛けるとやはり鍵は掛かっていなかった。

乱暴にドアを開けると、そこには見慣れた下駄が一つ。








「随分遅いじゃないか。一体何処で道草食ってたんだね」








まるでそこにいるのが当たり前のように、下駄の主は言った。






「ど、どうして秋彦さんが此処にいるんです!?」

「なに。少し確かめたい事があってね」

「な、なんですか?」

「まぁ上がりたまえ。君の家だけどね」









そう言われて仕方なく自分の家へ上がる。

狭い部屋の中央に置かれた炬燵に足を入れると、秋彦の足とぶつかった。

とっさに足を引く。







「・・・・・何か後ろめたい事があるんだろう」







その様を見てか、元々感づいていたのか、秋彦は白い煙を吐きながら言った。

別に、と目を逸らすと素早く後頭部を髪ごと掴まれる。

そのまま引き寄せられて、目を逸らせないほど近くに吐息を感じた。



「!!痛ッ!」

「僕に隠し事が出来るとでも?」

「は、放して・・・・」

「君がそんなに役者だとは思わないがね」








怖い。

元々普段から怒っているような男なのだ。

だが今はその比ではない程怒っている。

バレているのか、それともカマを掛けているのか。

それすら判断付かないほどに。







「口で言わないなら身体に聞いてみるかい?」

「やっ・・・・」

「関口でさえ不自然だと思ったんだ。誤魔化せるわけがないだろう」





とっくり部分が秋彦の手に寄って乱暴に下に下げられた。

隠れていた首部分が露になる。

そこには秋彦の神経を逆なでするかのように、赤い印が残っていた。

秋彦の喉がひくりと鳴った。




「どうやら僕の杞憂ではなかったようだ」

「あ、秋彦さ・・・」

「残念だがこれはお仕置きが必要だな」








半信半疑だったがね、と耳元で聞こえたと同時にすばやくセーターが捲られた。

強引に脱がされて、手首をそれで固定される。

炬燵の中で足が絡み合い、いつの間にか下着が脱がされていた。








「まだ夜は長い」







「さて。どうやって遊ぼうか」









妖艶に嗤う姿に背筋が凍った。

優しくして欲しい、なんて言えるはずもなく。










ただ時が過ぎるのを待った。





























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ただ優しくして欲しいだけのヒロイン。
それに気付かないまだ若憎の中禅寺。これが書きたかった。
いや、京極堂にも青二才の頃があったって事をアピってみた。