自称探偵は昨夜から酒を喰らい、自室で寝ている。

益田は榎木津がつまらない仕事だと放り投げた人探しへ。

太陽は空の真ん中を陣取りサンサンと輝いている。

町往く人々は皆何処か忙しない。




その日もいつもと同じく、穏やかに過ぎ去るはず・・・・だった。










もしも初夜が訪れたら〜安和寅吉の場合〜








「和寅!!いる!?」








それが訪れたのは時計の針が丁度二時を指した頃。

騒がしくガタガタと音がしたと思ったら、案の定薔薇十字探偵社の扉が開かれた。

ガラン、と大きな鐘の音がする。和寅は給仕の手を止めた玄関を見た。




「こりゃ・・・・何をお急ぎで・・・さん?」






騒音の正体は和寅もよく見知った娘、であった。

この娘、榎木津家と同じく元貴族という家柄で大層な金持ちの一人娘である。

両家が懇意なこともあり三年前に一度、礼二郎の嫁に・・・と当主達の間で縁談まで持ち上がったが、当事者達がきっぱりと断わった為ご破算となったというおまけつきである。

だからと言ってと榎木津の息子達が不仲な訳でも、両家の関係が悪化したわけでもない。

結局の所両家ともに変人で細かいことは気にしない性質なのである。





まぁ、とにかく和寅のような使用人にとっては雲の上のお人であることは間違いなく。

何故礼二郎ではなく、自分の名を呼んで飛び込んでくるのかと和寅は首を傾げた。







「和寅!いた!!一生のお願いがあるんだけど!!」

「はい、なんでしょう?」




慌てた様子のとは裏腹にエプロンで手を拭きながら至って落ち着きながら和寅は答えた。

こんな事くらいで慌てていたのでは榎木津家の使用人は務まらない。




「私と既成事実を作って!!」

「―――――はぁ??」

「だから私と寝て!!子作りして!!お願い!!」

「は?はあ??ちょっ、ちょっと待って下さい!!何を言って・・・・」

「いいから命令!拒否権無し!!行くわよ!!」





ぐいっと手を引かれ流石の和寅も慌てた。

礼二郎以上の奇行である。





「待って下さい!一体なんだっていうんです!自分が何を仰ってるのか分かって―――」

「分かってなきゃこんな事言わないわよ!!和寅私があんな男と結婚させられてもいいの!?」

「あ、あんな男って――――」

「金持ちに生まれたってだけで威張りくさってるような男よ!!イヤ!死んでもイヤ!!」







は心底嫌悪したように身震いをした。

どうやら意に添わぬ結婚を迫られているようだ。

しかも今回のは当主も本気らしい。






「それで既成事実ですかい?でもなんで私の所に―――・・」

「馬鹿かお前は!!そんな事もわからないのか、この間抜け面め!!」





バンと豪快に扉が開かれて、仁王立ちしていたのは確認するまでもなく榎木津礼二郎だった。

さすがにあの騒ぎで起きたらしい。

思いっきり不機嫌そうに和寅を睨む。





「全く三年前にといい、どうしてこう間抜けなんだ!!それじゃあどこぞの間抜け猿じゃないか!僕は猿を二匹も飼った覚えはないぞ!!」

「せ、先生・・・・・三年前って」

「そんな事もわからないのか!、僕は今日修ちゃんの所へでも行くからあとは好きにしろ!益山にも連絡しておいてやる! この僕がここまでお膳立てするのだ!据え膳を食わなかった日にはどうなるかわかってるだろうな、和寅!!」

「ありがとう、礼ちゃん!!」




言いたいことだけ言って榎木津は事務所から出て行ってしまった。

残された和寅は腕に絡んだままのを見る。

はじぃっと和寅を見返した。







「三年前って・・あの、先生との縁談のことですか・・・?」

「うん、そう」

「縁談断わったってのは・・・・」

「私が和寅の事が好きで、礼ちゃんもそれを知ってたら破談になったの」

「そ、そんな事は一度も―――・・・」

「何度も言おうとしたの!!でも和寅・・・私なんて眼中にないみたいに、他の女の人の所に遊びに行ってるし・・・・」





そこまで言っては顔を伏せた。

和寅も閉口する。

いくら親しくしていたとはいえ、良家のお嬢様が自分を想ってくれているとは誰が思おう。

四民平等とはいえ、確実に身分の差は存在するのだ。

眼中にいないのはむしろ自分、なのだ。









さん・・・あの・・・」

「和寅は・・・・私の事嫌い・・・・・?」








うっすらと頬を赤くしてその両瞼には涙さえ浮かんでいる。

嫌いなはずがない。許されるなら今すぐ抱いてしまいたい。

だが、それでどうなるというのか。

一時の感情で抱いたとしてもその先一体何が残るのか。








「・・・和寅・・・・・」








だがしかし。

据え膳食わぬは・・・・と先ほど榎木津に言われたばかりだ。

手を伸ばせばすぐそこに女性らしい丸みを帯びた体がそこにある。








さん・・・・・ほ、本当に私でいいんで?」

「・・・・うん・・・和寅がいい・・・・」







ここまで言われて拒む男がいようか。いや、いるはずがない。

の腰に手を廻し、その細い体を抱きしめる。

香水のような匂いがして、和寅はその首に貪りついた。










その瞬間がニヤリと笑っていた事を和寅は知らない。










嵌められたと気付くのはもう少し先の話である。















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ヒロインは計算でぶりっこしてます。和寅落す為に(笑)
和寅のイメージは何処にでもいる助平男です。姑獲鳥はそんな感じですよね?
和寅の言葉遣いって敬語と江戸弁が混じってるようなので・・ようわからん。