夜の帳が下りて、狭い部屋には二人きり。




邪魔するものは何一つなく―――――??











もしも初夜が訪れたら〜伊佐間一成の場合〜














「あの・・・・・伊佐間さん」

「うん」








さっきから繰り返されるのは相槌ばかり。

なんとなく・・・なんとなく二人の間に敷かれた布団から目が離せない。

二人の吐息以外には激しい雨音しか聞こえない。








「くしゅ!」







濡れた髪から雫が落ちて、はくしゃみをした。

それを聞いて伊佐間が顔を上げる。






「とりあえず・・・寝ようか」

「・・・・・はい」





そうは言ったものの二人は動かない。否、動けない。

そもそもどうしてこうなったかと言えば、事は簡単。

とある湖畔に釣りに出掛けた伊佐間に付き合ってがついて行ったが、その帰りに雨が降り急いで駆け込んだ旅館が実は出会い茶屋・・・・要するにラブホテルだったのである。




想いが通じて半年、手を繋いで唇が触れ合う程度の付き合いの二人とってこれは絶好の機会であり、また最悪の事態でもある。

据え膳食わぬが男の恥とは言うものの、伊佐間にそんな甲斐性があるはずもなく。

とりあえず濡れた身体を温めて・・と風呂に入ってそのまま半刻。

部屋の隅に小さく灯った明かりが頼りなく揺れる。







ちゃん」

「はい」

「布団使って。僕はその辺で寝るから」

「え?・・・でも」

「疲れたでしょう。お休み」







そう言っての頭を一撫ですると、伊佐間は立ち上がった。

はとっさにその裾を掴む。




ちゃん?」

「・・・・・」




と、掴んだはいいもののどうしたら良いか分からない。





遅すぎる程遅い二人の関係をとうとう進展させる事が出来るのだ。

けれど伊佐間にはそのつもりはないらしい。

自分に女としての魅力がないのか、伊佐間が最初からそのつもりがないのか。

どうにかしたいけれど、誘うなんて真似出来様はずかない。






「伊佐間さん・・・あの・・・私は構いませんから・・・」

「・・・・・・ううんと、」





今度は伊佐間が沈黙する番だった。

伊佐間とて男だ。抱きたい気持ちはある。

だが抱いた後で二人の関係が変わってしまうのが怖い。

自分が変わるのかが変わるのかはわからないけれど。

二人ほのぼのとしたまま穏やかに時を過ごせればそれはそれで良いのだ。






けれど、は触れ合うことを望んでいる。

望んでくれている。それはとても嬉しい。






ちゃん」

「はい」





視線が交わってどちらともなく目を閉じた。

唇が触れ合って、吐息が溶け合って、やがて一つになる。

薄い浴衣の下に帯びた熱を感じながら、伊佐間はをきつく抱きしめた。

布団の上にゆっくりと押し倒しながら唇を味わう。















雨音が鼓膜に鳴り響いて。

やがてそれすらも聞こえなくなって。






ドクドクと煩い程の心臓の音は果たしてどちらのものなのか。

二人を分かつ境界線すらわからなくなるほど、熱く溶け合う。










愛しい人に抱かれる事の喜びを感じながら、は目を閉じた。

掛かる息すら愛しくて――――










「一成さん」













初めて彼の名を呼んだ。














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挫折・・・・・・・・・・・無念。