目が覚めたら妹が横でお腹が痛いと寝込んでいた。

「生理?」と聞いたら当然のように「うん」と答えて。




それからしばらく経って気付いた。




私・・・・・前回の生理は何時だった?










もしも私が妊娠したら〜〜伊佐間一成の場合〜〜













ちょっと待って、冷静に考えよう。

確か予定日は25日前後で今はもう月末で?先月の25日には・・・・そういや遅れてるって思っててそのまま来てないんじゃなかったっけ?いやいやよく考えろ。忘れてるだけかも、あ、手帳見てればいいんじゃないのって自分手帳なんか付けてないやんけ。






「・・・・・・・嘘」






もしかしてこれって妊娠!?

うそうそだって一成さんいつもちゃんと(しなくていいって言っても)避妊してくれてるし、第一月に一度か二度私が迫ってやっと手を出してくれるくらいだし!!

っていうかもし本当に妊娠だったら会社どうすんの!?一成さんにだって迷惑掛けちゃうし、結婚だって・・・・一成さんは妊娠したって言えばきっと結婚しようって言ってくれるけどそれってなんだか脅迫みたいじゃない!

彼のお人好しに付け込んで結婚なんてしたくないし、いや、結婚するなら絶対一成さんじゃきゃ嫌だけど彼もそう思ってくれてるなんて保障何処にもないし、求婚されるならもっとちゃんとした形でされたいし。

いやいや問題はそこじゃなくて要は出来てなければいいわけで確認しなくちゃいけないけど、病院なんて行きた行ってくないし助産婦さんもこの辺にはいないし下手に親にバレたら大問題だし〜〜〜





「ど〜〜〜しよ〜〜〜〜」






今までお気軽に生きてた私には問題が大きすぎてぐるぐる色んな事が頭を回ってる。

やっぱりまず一成さんに相談しなきゃいけないよね?

でも・・・・・・・






すごく怖いよ。











そこまで考えてふと伊佐間の友人の顔が浮かんだ。

中禅寺秋彦さん。

ものすごい物知りでこの人に解決出来ない事なんてないんじゃないかと思うくらい。

嫌な顔されるかもしれないけれど、きっと相談にくらい乗ってくれるだろう。






幸い今日は日曜日。

思い切って出かけてみよう。






そこまで考えたらなんだかすごくすっきりした。

こういう時の男の人の意見を聞いてみたい。

千鶴子さんだっているわけだし、何か助言してくれるかもしれない。



そそくさと着替えて時計を見る。

十時十五分。お店はもう開いている時間だ。

迷惑にならないようにお昼前に帰ってくればいい。

私は意を決して「出かけてくる」と母親に告げた。



















どこまでも続いているような錯覚をおこしてしまうほどの長い坂を登るとそこに京極堂がある。

門に『骨休め』の札が下がっていないことを確認して、開け放してある店の扉をくぐる。

黴臭い本が敷き詰められた本棚の間を掻い潜って前を進むといつもの場所に店主が本を開いて座っていた。






「こんにちは」

「おや・・・・珍しいね。一人かい?」

「はい、あの、ちょっとお話がありまして」

「・・・・・僕にかい?それもまた珍しい。まぁ上がりたまえ」







読み難そうな和綴じの本を閉じると中禅寺さんは私を奥へ案内してくれた。

時間が早いからか、いつもは誰かしらが座っている居間も今は誰もいない。

座るように促されて、卓袱台の前に座ると奥から細君が顔を出した。





「まぁ、さん、いらっしゃいませ。今お茶をお淹れしますね」

「あ、あの・・・お構いなく。それよりもあの・・・千鶴子さんにも聞いて欲しいんですが」

「はい?私も、ですか?」

「千鶴子さんと中禅寺さんのお二人に・・・その・・・お話したい事というか・・・相談したい事がありまして」

「・・・一体なんの話なのか・・・検討付け難いが・・・まぁ、伊佐間君の事なんだろうね」

「はい・・・・そうなんですが・・・」




歯切れの悪い私に中禅寺夫婦は顔を見合わせる。

千鶴子さんはすぐに戻ってきますからと奥へ行き、温かいお茶を淹れてきてくれた。

それを一口飲んで――――おもっきり息を吸い込んで覚悟を決めると私は二人を見た。






「その・・・・私・・・・に、・・・・妊娠したかもしれないんです」






この一言を言うまでにどれくらいの勇気を要したのだろう。

はぁ、と息を吐いて二人を恐々と見る。

中禅寺さんは一見何処も変わらないかのように腕を組んで、千鶴子さんは少し驚いたように口元に手を当てていた。






「それで・・・・どうしたら良いか、わからなくて・・・・・」






なんだか情けないけど言葉を紡ぐごとに涙声になってしまっていて、まともに顔を上げれなくなってしまった。

もう25なのに、本当なら真っ先に一成さんの所へ行かなきゃならないのにそれが怖くて第三者に頼ろうとしている駄目な私。






君、当然考えられる相手は伊佐間君なのだろうね?」

「も、勿論です!!」

「ならば此処へ来る前に伊佐間君の所へ行くべきだよ。君は来る場所を間違ってる」




中禅寺さんが険しい顔で言う。

そんな事は分かってる。分かってるけれど―――・・・・






「待って下さい、あなた」

「千鶴子?」

さんもそんな事はわかっていらっしゃるでしょう。 けれどさんは此処に来た。きっと不安なのでしょう。伊佐間さんが受け入れてくれるかどうか」

「しかしどこぞの三文文士ならいざ知らず、伊佐間君ならきちんとけじめを取ってくれるだろう。 あの男が君を拒絶するなんて事は有り得ない」

「それはそうでしょう。けれど不安なのです。それは理屈ではありませんわ。相手が受け入れてくれるかの不安もおありでしょうが―――自分の身体が変わっていく妊娠への不安、先の不安、殿方には分からぬ不安が女にはありますわ。結局痛い思いをするのは女自身ですもの」

「まぁ・・・・そうだろうがね・・・」





こんな時だけど誰かに言い負けた中禅寺さんというものを初めて見たかもしれない。

さすが中禅寺さんの細君、と言った所だろうか。

問題が問題だけにやはり男性よりも女性の方が頼りになる。





「大丈夫ですよ、さん。伊佐間さんならきっとあなたの不安ごと抱きしめてくれますわ」



そう言って微笑んだ千鶴子さんはとても綺麗だった。

横で中禅寺さんも頷いている。



「ありがとうございます、千鶴子さん、中禅寺さん」






なんだか勇気が出てきた。

話して良かったと思う。

二人にお礼を行って私は目指す先を変えた。




目指すはいざ。









伊佐間屋へ