警察とはなんと因果な商売かと思う時は大体決まっている。

覗いてはいけない他人の一面を垣間見てしまった瞬間。

たった六畳の部屋の中に転がる被害者の遺体を見て、青木は眉を顰めた。








――――酷いのは果たしてどちらなのだろう。







垣間見る世界で僕は君を想う












床に転がっているのは青木と同年代の暴力団風の男性。

実際この部屋は女の名義でどうやらヒモだったらしい。

それにも関わらずこの男は他の女をこの部屋に連れ込んでいた。

そしてその現場を帰ってきた部屋の持ち主の女が見て逆上し―――この有様だ。



木場ならば男の自業自得だ、というだろう。

それはそうだと思う。思うが、同情せずにいられないのは、女の態度だ。





「別に愛してたわけじゃない」





言ったのは犯人の女ではなく、その浮気相手だ。

男が殺された時、浮気相手の女は当然それを見ていた。

その時そう言ったのだそうだ。

命乞いをする為に。







憐れな男だと思う。

無論、全面的に被害者が悪い。だが、それでも同情せずにはいられにない。

何がどう、可哀相なのかうまく言えないが、とにかく後味の悪い事件だ。

浮気相手の女が警察に通報しても、女は逃げる様子もなくあっさりと縄についた。

だから殺人事件と言っても、ほとんどやる事はない。

後は鑑識と担当刑事が取り調べるだけである。

事件があったにも関わらず早く帰れる――――けれど、浮かれた気持ちにはならなかった。









―――――会いたいな。








無性にの顔が見たくなった。












青木の彼女であるは花屋で働いている。

その近くで捕り物があり、それが縁で知り合った。

夕刻時、まだ店が閉るには早い時間。

顔を見るだけでもいいか、と車のキーを回す。

軍事下がりの、酷く安い値段で手に入れた車は低いエンジン音と黒い煙を吐き出した。











三十分ほど車を走らせると目的の店が見えてきた。

白に紅色で店名が書かれた西洋的な看板はひどく目立つ。

そろそろ日が暮れる。あと一時間もすれば仕事も終わるだろう。

店先でちょこまかと動くが目に入る。



どうも顔を見るだけでは満足出来そうにない。



仕事が終わるまで眠ろう、と青木はシートを後ろに倒した。












コンコン、コンコン。


次に青木が目を覚ました時には日は完全に暮れていた。

慌てて時計を見る。七時。

音の主は苦笑しながら窓を叩いている。






「どうしたの、まさか張り込み?」

「いや、仕事が早く終わったんだ。の店が終わったら声掛けようと思ってたんだけど、寝過ごしたな」

「びっくりしちゃった。車は青木君のだと思ったんだけど、いつまで経っても降りてくる様子もないし。思い切って車の中覗いてみたら寝てるんだもん。」

「悪い。とにかく乗って?」

「うん」




助手席に彼女を乗せ、車を走らせる。

ここからなら彼女の家の方が近い。

何も言わずにの家の帰路を走ってしまったが、それについては何も言わなかった。

すぐにのアパートの前に着く。





「夕飯食べるでしょ?」

「うん」

「じゃあちょっと待っててね。すぐ用意するから」






家に入ってすぐ、は台所に立った。

疲れているだろうに、それを全く見せない。

我ながら、いい女に巡り会ったと思っている。









「なぁ、

「うん?」

「俺が浮気したらどうする?」

「え?何!?急に・・・・」

「いや・・・今日さ・・・・」





そこまで言って口を噤んだ。

警察官としては捜査情報を洩らすわけにはいかない。

例え犯人が既に捕まっているにしてもだ。


黙ってしまった青木には訝しげな顔を見せる。




「もしかして――――事件の話?」

「うん、まぁ・・・・」

「珍しいね。そういう話するの」

「なんか――――後味の悪い事件でさ」

「男女間のもつれあいが原因?」

「・・・・・あぁ」







しばらく沈黙した。

トントン、と包丁の音が部屋に響く。

どうにも気まずい。

ラジオでも付けようかと思った時、卓袱台に焼き魚の皿が置かれた。





「青木君は・・・・・私が浮気したらどうする?」



完成した料理を並べながら、が言った。

一瞬動揺した。



「どうするって――――怒るかな」

「怒って?その後どうするの?」

「え?」

「別れる?」






別れる・・・・・そんな選択支は果たしてあるのだろうか。

ない、と言い切っていいと思う。に限っては。






「別れない」

「そう」





そう言うと、は少しはにかんだ様に笑った。

少し恥ずかしくなり、頂きますも言わずに味噌汁に手をつける。

その様子には笑いながら、ご飯をよそった。







しばらく沈黙が続く。

黙ってもくもくと食べる。


ふと、





「結婚しようか」







そんな言葉が口から出ていた。